第22話

 放心していたシザーはそのままに、あたし達はザーナの別荘に戻った。そんなあたし達を、パンとラーザが心配して寝ずに待っていた。

「お帰り!」

 パンがザーナに飛び付く。

「無事で良かったわ。その様子だと、うまくいったようね。」

 ラーザはホッとしたように微笑むと、アンジュの頬にキスをし、あたし達を労うように肩を抱いた。

「タイちゃんはトンガさんと寝てるわ。起こさないであげて。さっきまで、あなた達が帰るまで起きてるんだって頑張っていたんだけど。」

 

 あたし達は別荘の中に入り、居間でくつろいだ。

 ラーザがお茶をいれてくれ、パンが軽食を作ってくれた。

「ザーナがキンダーベルンを継ぐことになったからな。」

 パンの目が見開かれ、表情が固くなる。

 アンジュとラーザに説得を頼んでいたのだが、実はパンのほうが頑なに拒んでいたらしい。ザーナは、ホランに半分脅かされて渋々承諾したものの、パンがOKしてくれなければ無理だと半べそをかいていたみたい。

「そう…。あの、話しがあるんだけれど。」

「今さら嫌だはなしだぜ。」

 パンの深刻そうな表情に、ラーザはアンジュを引っ張って部屋から出ていった。

 

 パンの隣りに座っているザーナは、心配そうにパンの手を握った。

「話しによっては、そういうことになるかもしれない…。」

「おいおい…。」

 パンは、ザーナの手を握り締め、キュッと唇を噛んだ。それから、ため息を一つ吐き、話し出した。

「私がザーナの婚約者に決まったのは、私が二十、ザーナが十四のときだったわ。」

 姉さん女房っぽいと思っていたけど、本当に年上だったのか。

「私が二十歳まで嫁ぎ先が決まらなかったのは、わけがあるのよ。」

 二十歳で結婚って、かなり早いと思うけれど、成人が早いこの世界では、もしかすると行き遅れなのかもしれない。

「ザーナのお母様がこの婚約を決めたのだけど、お母様が私を選んで下さったのは、私が…石女だからなの。」


 石女?

 なんだそれは?


 あたしがきょとんとしていると、パンは少し表情を弛めた。

「石女はね、子供が生めない女のことよ。私は、ザーナの子孫を残してあげれないの。お母様は、ザーナにキンダーベルンを継ぐ意思がないことを、私を嫁にすることで示そうとしたのよ。」

「別にいいんじゃねえか?キンダーベルンがなくなったって。跡継ぎができなきゃ、国預かりになるだけだろ?」

「そういうわけにいかないわよ。かといって、あんた達の父親みたいに妾を囲うことを許せそうにないし…。たぶん私、この人が浮気したら、グーで殴り続けちゃうわよ。」

「僕は浮気なんかしないさ!」

「信じてるわ。」

 ザーナとパンは、見つめあってウルウルしている。

 ザーナは、パンの手をしっかり繋ぎながら、珍しくキリッとした顔つきでホランに向き直った。

「ホラン兄さん、実は僕からお願いがあるんだ!もし、これがダメなら、僕はキンダーベルンを継がないよ。」

「継がないよって、どうするんだよ。」

「兄さんのが僕より年上なんだから、兄さんが継げばいいじゃないか。僕はパンがいればいいんだから。」

「はあ?!」

 ホランは、苛々半分ウンザリ半分って顔だ。

「で、お願いって?」

「トンガに聞いたんだ。タイは僕達の弟なんだろ?」

「まあ、そうかもしれねえな。わからねえけどよ。」

「なら、タイを養子にしたいんだ。キンダーベルンの血は繋がるし、ベストだと思うんだよ。僕らを親にしてくれないか?」

「お願いします!私が命にかえてもタイちゃんを守るから!私、子供なんて一生抱けるなんて思わなかった。母さんって呼ばれることはないんだって…。でも、もしタイちゃんにそう呼んでもらえたら!」

 ホランはあたしを見る。

「花梨はどう思う?タイの名付け親はおまえだし、俺を父親に任命したのもおまえだろ。」

 パンとザーナが、真剣な眼差しをあたしにむける。

「悪い話しではないと思うよ。タイに父親と母親が揃うんだし、きっと可愛がってもらえるはずだしね。でもさ、これはあたし達が決めたらダメなやつだよ。タイにきちんと話さないと。」

「だな。今の保護者は俺らだけど、タイの意思が一番だな。明日、話してみるさ。タイが嫌だって言ったら諦めろよ。」

「…わかった。」

 

 あたし達はしばらく無言のまま、お茶をすすった。

 タイとは付き合いは短いけど、実の弟のように可愛くて仕方ない。獣に育てられたせいなのか、タイの言動は素直で本能的だ。裏表がないから、一緒にいて安心できる。

 タイと離れたくないのが本音だ。でも、タイが幸せになるのなら!とも思う。

 眠さも交じって、思考がぐちゃぐちゃしてきた。

「とりあえず寝るわ。」

 あたしは立ち上がり、パンにバグした。

「うん、今日は大変だったのに、私達の話しまでして本当にごめん。よく休んで。」

「おやすみ。」

 あたしはこの場を撤収した。


 もう、瞼が半分降りてきている。力を使ったせいか、眠さが半端なかった。

 とりあえず、考えるのは明日だ。

 明日、タイに…。

 あたしは寝室に行き、ベッドに入る前に寝落ちしてしまった。あまりの眠気に、ベッドに入ろうと、すがるように床に倒れ込んだみたい。

 朝になったら、なぜかベッドにいたんだけどね。

 

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