第21話

 「ふ・せ!」

 あたしは窓から中に飛び込み、赤い瞳で叫んだ。

 みな、机に突っ伏すようにして動かなくなる。

 もちろんポーも例外じゃない。


「な、なんだ?これは!」

 みんな、反応が似通っているのよね。この手の魔法は、どうやらあたし以外存在していないみたいだ。そのせいか、みな動けないことに恐怖を感じるらしい。

「よっ、久しぶり。」

 ホランの気の抜けたような挨拶に、あたしの力も少し弛む。みんな、顔が動かせるくらいの拘束になったようだ。

「おまえは?」

「ホラン…。」

 ホミンは、股関を押さえながら、恐ろしげに言う。

「ホラン?ホランが生きていたのか?!」

 ザハが驚いたようにホランに視線だけを向ける。

「ああ、運良くな。あんたらは変わらんな。あまりに変わらなすぎて、反吐がでそうだ。」

 ホランは、父親と兄達を見下ろしながら、冷たい視線を向けた。

「悪いが、あんたらはもう終わりだ。国にあんたらの悪事をばらしたんだよな、ポー?」

「ああ、ホジュン兄さんは人身売買で、ホミン兄さんは女性誘拐監禁の罪でね。」

 ホジュンとホミンは、信じられないといったようにポーを見る。

 ザハがゲラゲラと笑いだした。

「なるほど、血だな。キンダーベルンの血だ。で、残るはホラン、ポー、ザーナだが、ザーナは論外、ホランは?」

「ケッ!」

 ホランは、唾をはきだした。

「なるほど!つまりはポーの独り勝ちってわけだ。どうせ、俺とホデンのことも売り飛ばしたんだろ?」

「父さんごめんよ。」

 キンダーベルン伯は顔を赤くして叫びちらし、兄二人もポーを罵倒した。

 ザハは相変わらずゲラゲラ笑いながら、顔だけをポーに向けた。

「やるな小僧。でも、おまえだけ無事でいられるかな?少なくとも、みなおまえの悪事を叫ぶだろうよ。もちろん、俺もな。」

「あなたに発言権はないと思いますよ。仲間とともに、即刻打ち首です。今、他の仲間も捕らえている最中ですから。」

「俺は言うぞ!キンダーベルンの長男だ。盗賊のように簡単に処刑されたりしないはずだ。おまえが影でやったこと、全部暴露してやる!」

 

 最初は父親の前で猫をかぶってとか言っていた二人だが、すでに素に戻りになっていた。

「どうぞ。」

 ポーは、薄笑いすら浮かべている。

「な…っ!」

「兄さん達の悪事の証人なら、それこそ星の数ほどいますから。みんな、殺したいくらい恨んでいるはずですよ。」


 それは確かだわ。愛する恋人や妻、大切な我が子を連れ去られ、二度と会えなくなった男達が、この領地には溢れかえっているだろうから。

 

 ポーはクスクス笑う。

「それに対して、僕のことを証言できるのは、兄さん達くらいじゃないかな?でも、罪人の言うことを誰が信じる?」

 ホランは、大きくため息をついた。

 ポーは、ハッとしたようにホランを見た。まだ、ホランには可愛い弟だと思われてないといけないということを、すっかり忘れていたようだ。

「ホラン兄さん、兄さんならわかってくれるよね?キンダーベルンで生き残るためには、仕方ないこともあるんだ。僕だって、兄さん達の悪事の片棒なんて担ぎたくなかったよ。でも…。」

 泣き崩れながら、ホランを上目使いで見上げる。

 

 なんか、計算され尽くしてるな。あたしだって、どうすればユウに可愛く見えるか、涙ぐんだときの角度とか、とにかく細かく研究したもの。可愛いだけにあぐらをかいていたらダメなのよ。そういう日々の努力が…、やばい違うこと考えてたら力が弛んじゃう。

 

 あたしは、おなかに力を入れて力を維持することに専念することにする。

「わかった、わかった。」

 ホランがうんざりしたように言うと、ポーは安堵したように涙ぐんだまま微笑んだ。

「おまえも兄貴達と同類ってことがな。」

 ポーの笑顔が固まる。

「おい、いつまでも隠れてるんだ。出てこい!」

 ホランが呼ぶと、アンジュに小突かれながらザーナがオドオドしたふうに出てきた。

「ザーナ兄さん?」

「やあ、ポー。父さん、兄さん達今晩は。いい月夜ですね。」

 何とも間の抜けた挨拶だ。

「父さん、ここにキンダーベルンをザーナに譲るための公式証書がある。サインしてくれ。」

 ホランは、懐から証書を取り出すと、キンダーベルン伯の前に置いた。

「はあ?なぜ私がこいつにキンダーベルンを譲らないとならん!誰にもやらんと、さっき言っただろ!」

 ホランは机にあったポーの短剣を握ると、キンダーベルン伯の前に突き立てた。

「あんたは終わりだと言ったろ?処刑されなくても、たぶん一生牢獄の中だ。牢獄の中なら女も抱けないから、あんたの大事な一物は用をなさないよな?もういらねえよな?」

「馬鹿なことを!」

 ホランが短剣を机から引き抜きいて握ると、ホミンのほうを見ながら短剣をひらつかせた。

「ホミン兄さん、俺は口だけじゃねえよな?兄さんが一番よく知ってるはずだぜ。」

 ホミンは真っ青になる。

「奴はやる!絶対やる!!」

 ホランはニッと笑い、短剣をキンダーベルン伯の陰部に押し当てた。

「止めろ!止せ!わかった。サインする。サインするから。」

 キンダーベルン伯のだけ力を解除した。

 

 キンダーベルン伯は、いきなり動けるようになり、震えながら椅子に座りなおした。

「サインを間違ってみろよ、あんたは女性の仲間入りだ。」

 キンダーベルン伯は、机に置いてあった羽ペンを手に取り、インクをつけた。

「兄さん、ザーナ兄さんはまともじゃないんだよ!毒で頭がおかしくなってるんだ。ザーナ兄さんにキンダーベルンは勤まらないよ。」

「こいつはまともだよ。頭がおかしくなったフリをしていただけだ。まあ、ちょっと気が弱くて消極的だけどよ。」

 ホジュンもホミンもポーも、みな一斉にザーナを見た。

 ヘラヘラ笑って頭をかくザーナは、少し頭が弱く見える。もう少しシャンとできないものだろうか?

「とにかく、こいつは大丈夫だ。嫁さんがしっかりしてるからな。ホミン兄さんお墨付きだ。」

「嫁?」

「パンだよ。ザーナ兄さんの婚約者だったんだろ?」

 ホミンはああ…と、納得した様子だ。

「ほら、早くサインしろよ。」

 サインを書いたキンダーベルン伯は、全てを失ったことに放心したのか、椅子に寄りかかり、なにもない真正面をぼんやりと見ていた。

「そんなの無効だ!」

 ホジュンが叫ぶ。

「なんで?ちゃんと、国が定めた方式にのっとって、証書を作ってあるぜ。証人は俺とアンジュだ。」

「第一、兄弟で犯罪者じゃないのがこいつだけなんだから、しょうがなくね?」


 ちょうどそのとき、外が騒がしくなった。

「早かったね、警備兵が到着したみたい。」

 兵士達は正面玄関から突入し、続々と中に入ってきた。

 あたし達のいた部屋の扉が勢いよく開き、十人以上の兵士が雪崩れ込んでくる。

「私は王室近衛隊隊長のゾーエン。キンダーベルン伯はどちらでしょうか?」

 先頭にいた立派な羽のついた帽子をかぶった獣人が、敬礼しながら言った。

「近衛がきたか!まあ、貴族を捕まえるんだから、そりゃそうか。前キンダーベルン伯はそこにいるぜ。」

「前?」

 ホランは、さっきサインさせた証書をゾーエンに見せた。

「なるほど、これは正式な証書ですね。では、前キンダーベルン伯ホデン殿、一緒にきてもらいましょう。」


 キンダーベルン伯…いやホデンは両手を拘束され、連れていかれた。

「前キンダーベルン伯の第一子ホジュン殿は?」

「ホジュンはそっち。」

 兵士がホジュンに縄をかけるため、ホジュンを立たせようとしたが、ホジュンはびくともしない。数人がかりで引っ張っても動かない。

「抵抗は止めろ!というか、なんで動かないんだ?」

「花梨。」

「あ、そうか。」

 あたしは力を解く。

 ホジュンは数人に引っ張られていたため、思い切りひっくり返った。

 

 次にホミンが連れていかれ、ザハとロイドはかなり乱暴に引きずられていった。

「ポー殿は?」

「僕です。」

 もうポーは自由に動けるはずだが、ポーは下を向いたまま微動だにしなかった。

「ご協力ありがとうございました。」

「いえ…。僕も…。」

 ポーは、震えながら手を前に出した。

 この世界では成人してるとはいえ、まだ十三才の少年だ。頭がよく、兄達を手玉にとっていたとしても。

「ポー、俺はお前のこどたけが心残りだったんだ。おまえを置いて、家をでたことがな。」

「兄さん…。」

 ホランは、頭をワシャワシャとかきむしりながら、大きな声で叫んだ。みんな、びっくりしてホランを見る。

「おまえは、多分そんなに罪にはならんだろうぜ。おまえの言っていた証拠とやらがないだろうから。でもよ、おまえがやったことは悪いことだ。悪いことなんだ!それは償ってこい。そんで、俺がいることを忘れるな!」

 ポーはこっくりうなずくと、ゾーエンに自分のしてきたことを語り出した。

 

 ゾーエンは黙って聞いていたが、自分だけでは判断できないから、ポーも王都へ連れていき、取り調べの上、裁判が行われるだろうと言い、縄をかけることなくポーを連れていこうとした。

「ポー様!」

 そこへ、息急ききってシザーがやってきた。

 ポーは小さく頭を横に振り、前だけ見てシザーの横を歩いて行った。


 部屋には放心したシザーが残り、兵士達が撤収した後、外を見ていたアンジュが、アッと大きな声をだした。

「どうした?」

「逃げちゃったよ…。」

「えっ?」

 ホランとあたしも窓に近寄る。

 窓の外には、大きな立派な馬車と、荷台に檻のついた荷馬車が数台あり、その荷馬車のほうで兵士達が騒いでいた。

 馬車にはキンダーベルン一族が、荷馬車には盗賊達が乗せられていたようだが、どうやら盗賊が数名逃げ出したらしい。

「あれ、ザハだと思うよ。あと二人はロイドとフロイかな?近衛もたいしたことないな。こりゃ降格ものだね。」

 アンジュは、アララ…と盗賊達が逃げて行った先を目を凝らしながら見て言った。

「大物逃がしやがったな。せっかく捕まえてやったのに。」

 ホランも呆れ顔である。

「ホラン、手伝いに行ってあげれば?」

 ホランはケッ!と横を向く。

「そこまでの義理はねえよ。ほとんどの賊は捕まえたんだから、壊滅でいいんじゃねえか?また手をだしてくるようなら、それはまたそのときだ。ザーナがつけこまれなきゃいいだけだしな。」

 ザーナはかなり不安そうにオドオドしている。

 かなり挙動不審だ。

 

 パンがいるとはいえ、本当にこの人に領主が勤まるんだろうか?


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