第18話

 ホームが旋回しながらザーナの別荘の上空を飛び、庭に出ていたホランの腕にとまった。

 ホランは、ホームを使ってトンガと連絡をとっていたのだ。


「よし、いいこだ。お疲れさん。」

 ホランはホームに干し肉をやり、足に巻き付いている手紙をとる。

 ホランの存在はばれてしまい、屋敷に近寄れない状況になっているとか、アンジュも仲間扱いされているようだとか。また、ザーナは人質として誘拐されたことになっていて、女の人達はもとからあの屋敷にはいない存在だからか、話題にはあがっていないみたいというようなことが書いてあった。

「トンガさんは大丈夫なの?あんたをかくまってたってばれてるわけでしょ?」

「あのジジイなら大丈夫だ。昔から、俺のとこにきた刺客を撃退してたからな。」

「そうなの?で、いつまでここに隠れているの?とりあえず金の鬣をぶっ潰すんじゃないの?」

「簡単に言うなよ。あいつらは百人以上いるんだぞ。」

「馬鹿ね、全員相手にするつもりなの?盗賊の頭っていうの?トップを狙えばいいじゃない。」

 ホランはため息をついた。

「そこまでたどり着けたらな。」

「だから馬鹿ね。あたしがいるじゃない。あんたに道くらい作ってあげるわよ。」


 あの能力を使えば、十五人はこの前いけたから二十人…いや三十人くらいは身動きとれない状況にはできるだろう。もしかしたら、もっといけるかもしれない。

「まあ、そうだな。そのときは頼むさ。…花梨の魔法は、人数っていうより、範囲に効くような気がするぜ。なるべく多くが狭い場所に集まるのが理想的だな。」

「そうね。でも、動けなくさせるだけなんて、冴えない魔法だわ。氷とか炎とかがバンバンでたらかっこいいのに。」

 ホランは呆れたように、あたしの頭を小突いた。

「なに言ってやがる。最強じゃねえか。相手は動けないんだから、反撃できないし、やりたい放題だ。それに、花梨が調整してるだけで、やろうと思えば圧死させられるよな?多分、一瞬で。」

 あたしは肩をすくめる。

「そんな物騒なことしないわよ。そうだ、あんたに聞きたかったんだけど。」

「なんだ?」

「その…あの…あれよ。」

 純情な女子中学生には、ちょっと口にだしにくいわね。頬が赤くなる。

「なんだよ?」

「ほら、あんたのお兄さんのなにを切ったって、何があったのよ?なんとなくわかる気もするけど、よっぽどだったんじゃないのかなって…。」

「ああ、あれね。メイドでさ、俺の面倒をよく見てくれた姉ちゃんがいたんだよ。その姉ちゃんに手をつけやがったんだよ。姉ちゃんには婚約者がいたんだけど、破談になっちまってよ。で、悲観して…。」

 ホランは首を吊る動作をした。

 

 まあ、予想通りだけど、もしかするとホランの初恋の相手だったのかな?じゃなきゃ、他人のことでそこまでしないわよね。


「ちょんぎった後に、次は首を切るぞって脅してやったよ。あいつもそれを覚えてるだろうから、俺が生きてるってわかった限り、そう悪さはできないだろう。まあ、俺を暗殺しようと躍起になるだろうがな。」

 ホランは豪胆に笑った。

 そこに、アンジュがやってきた。

「私の仲間に、金の鬣の動向を探らせていたんだけど、三日後会合があるらしいよ。キンダーベルン伯やあんたの兄弟達も出席してね。今回のことで、ホミンが女を横取りしていたのがバレたみたい。かなり怒っているみたいね、あんたの父ちゃん。」

 ホランは肩をすくめる。

「だろうな。基本、女にしか興味ない奴だから。」

「最低!」

「多分、ホミンは勘当させられるんじゃないかって噂だよ。今度こそ、長男のホジュンが正式な跡継ぎとして発表されるだろうってさ。領民はみんな、夜逃げの準備してるよ。」

「ポーがそうさせないんじゃない?」

 ポーは、二人に相討ちして欲しいのであって、ホジュンの独り勝ちは阻止するだろう。

 あたしは、ポーになったつもりになって、色々考えてみた。

「ポーは、あんたにターゲットを変えるかもよ。」

「はあ?」

 ホランはすっとんきょうな声をあげた。

「考えてみてよ。ホジュン、ホミンの相討ちを狙ってたんだからホミンの弱みも握っているはずよね。でも、根回しが必要だって言ってたわ。」

「まだ時期じゃない?」

「そう。だからホミンの自滅に焦っているはずよ。で、そんなときにホランが生きてるって情報が入るとするわ。あんたの性格を知っているなら、あんたにホジュンの悪事をばらせば、あんたの性格から…。」

「金の鬣とホジュンをぶっ潰す!」

 アンジュが手を叩いて言った。

「そう。多分、かなり協力もしてくれるはず。で、あんたはキンダーベルンを継ぐ気は?」

「あるわけねえだろ!」

「それはきっと予想できるわよね。残るは気がふれたと思っているザーナと自分だけ。父親は誰を選ぶ?」

「ポーだろうな。」

「そこで、ザーナには直前まで、気がふれたふりをしてもらうの。ザーナのキチガイぶりは、ポーも疑っていないようだから。ギリギリで正常に戻ってもらって、ザーナに跡を継いでもらいましょう。」

「あいつで大丈夫か?」

「まあ、単体ならかなり不安かもだけど、パンも一緒だから大丈夫よ。」

 ホランは口をへの字にして、やれるかな?とつぶやいている。

「あの気の弱そうな坊っちゃんが、継ぐって言うかしら?」

「そう、それ!アンジュとラーザには、まずパンを説得して欲しいの。パンがOKなら、なんとでもなるわ。ザーナのことはパンに任せればいい。あたし達は、トンガさんの小屋に戻って、ポーに情報が入るようにする。後は、ポーが勝手に接触してくるでしょう。」

「あたし達って?」

「あたしとタイとあんたよ。」

 ホランは、やっぱりかと空を仰ぐ。

「俺だけでよくねえか?タイはこっちにいたほうが…。」

「一緒のほうが安心よ。それに、あたしとタイはトンガさんの小屋から誘拐されたんだから、あんたの関係者だって思われてるわ。この際、あたしはあんたの嫁さん、タイは息子ってことにしておきましょう。」

「花梨が嫁…。」

 ホランは微妙な表情を浮かべる。

「あら、なにか不満?可愛い嫁の故郷に戻らないといけないから、キンダーベルンを継ぐつもりはないって言えば、ポーも信用するでしょうよ。あたし達も戻らないと、きっとポーは不審に思うわよ。」

「そうかなあ?」

 ホランは納得がいかないといったふうだ。

「いいから、トンガさんに口裏を合わせてもらうよう手紙書いて。アンジュは、あたし達がトンガさんの小屋に戻ったみたいだって、ポーの回りに噂を流せるかな?」

「できると思う。仲間に頼むわ。」


 アンジュの仲間、それは傭兵時代の仲間らしい。彼女を助けるために、各地から集まったということだ。現時点で四人。あと五人も向かっている最中とか。

 アンジュいわく、みなアンジュ並みの強者だとか。

 傭兵は使い捨てにされることが多いらしく、傭兵同士の繋がりは家族並みに深いということだ。


「この別荘の護衛も頼みたいんだけど。」

「それは大丈夫だけど、そっちは二人じゃまずくない?いくらホランが強くても…。」

「いざとなったら、お願いすると思う。それまでここのみんなをよろしくね。」

「わかった。無理はしないんだよ。」

 アンジュは仲間と連絡をとるからと、一度別荘に戻ると、変装して戻ってきた。

「じゃ、行ってくるね。」

「アンジュも気をつけて。」

 アンジュは、髭をたくわえ、でっぷりと太った商人の格好をしていた。

「凄い、男にしか見えねえ。」

「変装成功ね。」

 アンジュは笑いながら別荘を出ていった。


 それからあたし達は別荘にいるみんなに説明し、アンジュが戻ってくるのを待った。アンジュが戻ってくると、入れ替わりにあたし達はトンガの小屋に向かう。

 今回は、わざと回りに噂をばらまくためにも、隠れることなく堂々と道を歩く。

 タイはホランの肩車でご機嫌だ。

 あたし達を見た人達は、振り返って二度見する。それくらい、女と子供が隠れることなく歩いているのが珍しかったみたい。

 これなら、アンジュの仲間が広めてくれるだろう噂の後押しになるだろう。

 トンガの小屋に、正面から堂々と入った。

「よっ、ジジイ。今帰ったぜ。」

「客だ、おまえにな。」

 小屋の中にいたトンガは、渋い顔で椅子に座り、客の相手をしていた。二人の獸人が扉に背を向けて座っている。


 一人が勢いよく立ち上がると、半べそかきながらホランに抱きついてきた。

「ホラン兄さん!本当に兄さんなんだね?」

「ポー…。」

「信じられないよ。兄さんが生きていたなんて。」

 ホランはタイを肩から下ろすと、あたしのほうにタイを押しやった。

 それにしても、ずいぶん早く引っかかってくれたものだ。

 何も知らずに見たら、腹黒さなんか微塵もない、純朴そうな青年なんだけどね。

 ホランも微妙な表情でポーを見ている。

「兄さん?」

 あたしが後ろから背中を小突いた。

「いや、実感がわかなくてな。あの小さかったポーが…。」

「兄さんこそ、だいぶ変わってしまって。昔はこんなにごつくなかったよね。最初見たとき、気がつかなかったもの。なんで名のりをあげてくれなかったんだい?」

「死んだことになってたからよ、名のるつもりはさらさらなかったぜ。」

「そうか、そうだよね。兄さんはキンダーベルンを嫌っていたものね。でもね、兄さん、兄さんはキンダーベルンの跡を継がないといけないよ。僕は、それを言いに来たんだ。」

「嫌なこった。」

 ホランは、嘘偽りなく拒否する。

「でもね、今回のことで、ホミン兄さんは勘当されると思うんだよ。ホラン兄さんがホミン兄さんの悪事を暴いたようなものじゃないか。」

「だからって、なんで俺なんだよ?」

「ホジュン兄さんは、盗賊と結託して、子供や女を誘拐して売りさばいているんだ。そんな人がキンダーベルンを継いでごらんよ。ここは地獄になるよ。」

 自分が率先してやっているくせに、シレッとした表情で兄のせいにしている。あたしより若いくせに、なんていうか腹黒すぎだ。

「どうせホジュンのやってることは、クソ野郎ちちおやは見て見ぬふりなんだろ。女を回せくらい言ってそうだな。」

「そうなんだ。僕が兄さんくらい強ければ、こんなことになる前に止められたんだろうけど…。」

 ポーは、ハラハラと涙を溢す。

 

 凄い演技力だわ!

 

 思わず、肩を抱いて慰めたくなる。ホランも葛藤しているのか、握りしめた拳がわずかに震えていた。

「なんとしても、父さんやホジュン兄さんのやっていることを正さないといけない!でも、僕には力が、兄さんみたいな力がないんだよ。」

 暗に、ホランにやっつけてくれって言っているようなものだ。

 

 でも、ここはのるところよね。

 

 ただ、相討ちさせられないように、キンダーベルンを継ぐつもりがないことを強調しとかないとだわ。

「ホラン、キンダーベルンを継ぐつもりがないのだから、せめてキンダーベルンがよくなるように尽力する義務があなたにはあると思うわ。」

 

 あたしは、ここぞとばかりに前にでる。

「あなたは?」

 あたしは、にっこり笑ってポーに手を差し出す。

「はじめまして。ホランの妻の花梨です。この子はホランの息子のタイ。」

「兄さん、家族ができたの?」

 ポーは、あたしと握手をしながら、信じられないようにあたし達を見た。

「まあ、そんなとこだ。」

 ホランは、苦虫を噛み潰したような表情で答える。

「奥さんは、妖精族?ハーフなのかな?妖精族は若く見えるって言うものね。」

「まあね。ところで、本当に申し訳ないんだけど、この人はあたしについてきてくれると約束したの。あなたの家にはあなたの家の事情があるように、あたしのとこにも事情があるわ。理解してもらいたいのだけど。」

「えっと?兄さんは、お義姉さんの実家を継がないといけないってこと?」

「ええ、だって、三番目だし、他にも兄弟がうじゃうじゃいるから、自分は家を継ぐつもりはないって、自由なんだって、あたしに言ったのよ。だから結婚もしたわ。子供だって!いまさら自分の家を継ぐって言われても!」

 あたしも負けじと泣き真似をする。かなり号泣だ。

「お義姉さん、わかりましたから、わかりましたから泣かないでください。」

 あたしは涙をピタリととめた。

「理解してもらえて嬉しいわ。もちろん、愛する夫の故郷が荒廃するのを見過ごすことはできない。ねえ、あなた、悪い人達を退治しましょうよ。」

「いや、まあ、そうだな。」

 あたしにあなたと言われ、居心地悪げにしつつも、ホランはうなずいた。

「兄さんが味方になってくれて心強いよ。三日後に、金の鬣と父さん兄さん達の密会があるようなんだ。場所は、ホジュン兄さんの別荘だよ。このとき、金の鬣の頭領とその取り巻きが十人くらいくるらしいんだ。」

「なるほど、そこに乗り込めば、盗賊どもを取っ捕まえることができると。」

「そうなんだ。国王にも報告しようと思う。父さんや兄さん達の悪事を訴え、盗賊達と一緒に裁いてもらうんだ。そうすれば、ここは平和な土地になるだろう?」

「そうだな。」

「警備兵がくるのがいつになるかわからないから、私設の兵隊に残りの盗賊を捕まえてもらうつもりだ。そのために集めていたんだし。兄さんは、盗賊十人、相手としてはどうだい?」

「問題ない。」

 ホランが即答すると、ポーはにっこり笑った。

「さすがホラン兄さん。心強いね。ところで、師団長の女性…アンジュと言ったかな?彼女は兄さんの仲間なの?」

「いや、あいつの妹がホミンに捕まっててな、助けに来たあいつとたまたま利害が一致したんだ。それだけさ。」

「そう…。あと、ザーナ兄さんは?ホラン兄さんが連れて行ったの?」

「騒いでうるさかったから、ホランが連れてきちゃったの。なんか、あの人頭がおかしいみたいなんだけど…。言ってることがメチャクチャだし。」

「ああ、ザーナ兄さんは、ホミン兄さんに毒を盛られて、頭がおかしくなってしまったんだよ。」

 ポーは、心底同情しているというような表情で、うつむき加減で言う。

「そう…なんだ。彼は、安全な場所に保護してるわ。」

「そうか、それなら安心だ。心配していたんだよ。じゃあ、兄さん、また近くなったら連絡する。お義姉さん、落ち着いたらゆっくりとお話ししたいです。では、トンガ、邪魔したね。」

 ポーは最後にホランにバグをし、あたしと握手をして小屋を後にする。お付きできていたシザーが、何か言いたそうにホランに話しかけようとしたが、先に出ていたポーに呼ばれ、ホランにお辞儀だけして、ポーの後を追った。


「予想通りだね。」

 ポー達が屋敷を入るのを見守ってから、あたしはホランを突っついた。

「そうだな…。」

 ホランは、ずっと渋い表情で、ポーの後ろ姿を見ていた。たぶん、昔のポーの姿と今のポーの姿を重ねているんだろう。

 ホランにしたら、複雑だと思う。唯一、兄弟のうちで心を許していたのがポーなんだろうし、泥々した血縁関係の中で、彼が救いだったのかもしれない。

 ホランは、そんな思いを吹っ切るように頭を振ると、小屋の中に入って扉を閉めた。



 

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