第16話
トンガの小屋へ戻ると、すでにホランは戻ってきていた。
「あれ?何だっておまえ。」
「あなたこそ。」
アンジュとホランは顔を見合わせた。
「ホラン、アンジュも手伝ってくれるって。」
「ホラン?」
「本名だよ。」
アンジュは、えっ?とホランとあたしの顔を見る。 説明を求めている表情だ。
「でも、あっちではダーナで呼べよ。ホランはまずいからな。キンダーベルンの子息と同じ名前じゃな。」
ホランは、キンダーベルンの実子だとは告げないつもりみたいだ。
「…わかった。まあ、詳しいことはいいや。あんたは、この子の見方なんだね?」
「見方ってえか、子分だよ。」
「子分って、こんな可愛い女の子に。」
アンジュは勘違いしているらしい。ホランは面倒くさそうに手を振った。
「逆だ、逆。俺がこいつの子分なの。」
アンジュは、訳がわからないと肩をすくめる。
「今はそれはどうでもいいよ。ホラン、あんたには信じられないかもだけど、一番の悪党はポーみたいなの。」
あたしが、再度ホミンの部屋での会話を話すと、ホランは唸りつつ聞いていた。
話し終わると、しばらく目を閉じていたが、大きなため息をついて目を開けた。
「俺は、あいつの本質が見えていなかったんだな。クソッ!シザーの奴まで!」
ホランは机を拳で叩く。彼にしたら軽くなのかもしれないけれど、ミシッと音が鳴り、机にヒビが入った。
「シザーの母親なんだが、かなり前から重い病でな、高価な薬が必要らしいんだよ。」
トンガが、みんなにお茶をだしながら、ボソッと言った。
「薬代?そんなもん、キンダーベルンが出すのが当たり前じゃねえか!ポーの乳母だぞ。ほとんど母親同然だったじゃねえか。」
「そうなんだが…。シザーが恩義に感じているのは確かだろうよ。」
「だからってよ…。」
しばらく沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、ホランだった。
「で、花梨はわざと誘拐されるんだろ?」
「そうよ。よくわかったわね。」
「まあな。」
「まあなって、危ないから止めろとかないの?」
アンジュが呆れたように言う。
「こういう奴だから、しょうがねえよ。それに、俺が後をつけるから大丈夫だ。」
「あたしも、ホミンの部屋をはるよ。あいつは、女達を屋敷のどっかに隠してるはずなんだ。一番怪しいのは奴の部屋にあるだろう隠し部屋だから。」
「頼む。」
「じゃあ私は屋敷に戻って準備してるよ。花梨、無茶は駄目だからね。必ず、ホミンの近くで待機してるから、危なくなったら呼ぶんだよ。」
アンジュは、私を抱き締めると、小屋を出ていった。
あたし達は軽い夕飯を食べると、あたしだけタイが誘拐された部屋でスタンバる。
タイに会ったら食べさせるようにと、トンガがサンドイッチを作ってくれた。あたしは、それを衣服の中に縛り付け、ベッドに横になる。
窓は割られてしまったから、布を垂らしているだけで、その外にある木に登り、ホランは隠れて見ているはず。
いつでも来て!って感じ。
下手に起きていて、眠り薬など使われたらやっかいだから、とにかく寝たふりをしろと言われた。
寝たふりをしているうちに、いつの間にか本当に寝てしまった。
月が真上から西に傾いた頃、窓の外に気配がして目を覚ました。寝返りをうつふりをして、窓のほうに目を向ける。
薄目で見ていると、窓にかけた布が揺れ、男が三人部屋に入ってきた。
「本当に女がいたぞ。」
「黙れ、トンガが起きたらやっかいだ。ジジイとはいえ、腕がたつからな。」
「とにかく、口を縛れ!起きたら薬を使え。」
あたしは、寝たふりをしたまま、口を塞がれ、手足も縛られた。手を縛られるとき、わずかに力を入れて、手首を離した状態にしておく。こうすると、罠抜けできるのよね。
「すげえな、爆睡かよ。」
「都合いいじゃねえか。それにしてもいい女だな。」
男が一人、あたしに手を伸ばそうとしたが、他の一人にひっぱたかれる。
「よせよ。起きたらやっかいだ。触るんじゃねえぞ。」
あたしはそのまま担がれ、窓から外に出される。
男達が向かったのは、キンダーベルンの屋敷の裏口だった。裏口から入ると、階段を上がり二階へ。そして、予想通りホミンの部屋に運ばれる。ホミンはいないようだ。
「とりあえず、あの部屋に入れておけってよ。」
「こんな夜中に、ホミン様はどこにでかけたんだ?」
「知らねえよ。貴族様は忙しいんだろ。遊びで。」
「違いねえ。」
男達はあたしを一旦ソファーに下ろすと、壁の棚においてある調度品を動かし始めた。
右上に置いてあった時計を右下に、左下に置いてあった動物の置物を右上に、真ん中に置いてあった人形を左下に、真ん中上段にあった大きな宝石を真ん中に。
その石を押し込むようにすると、棚が回転して開いた。
仕掛け棚だったわけだ。
あたしは再度担がれて、棚の奥に入っていく。すると、下に続く階段になっていた。
階段を下りると、男が一人扉の前に立っていた。
「新入りを連れてきた。」
「こりゃまた上玉だな。」
男が扉の鍵を開けると、あたしを中に運び入れ、縄をほどいた。
「すげえな、まだ寝てやがる。」
男はあたしをそのまま放置し、部屋から出ていった。
扉が閉まり、鍵がかかった音がして初めてあたしは目を開いた。部屋は暗く、扉の覗き窓から入る灯りしか光源がない。けれど、ずっと目を閉じていたせいか、そのわずかな光源でも薄ぼんやりとだけど、部屋の状態がわかった。
部屋は広く、物が何もおいてなかった。奥の方に人が固まっているようだ。そっちは真っ暗であまり見えない。
「タイ、タイはいる?」
人のいるほうに呼び掛けてみる。
「花梨…花梨?!」
小さい影が走りよってくる。
飛び付いてきた影を抱き締めると、体温がジンワリ伝わってきて、心底ホッとした。思わず息が漏れる。
「タイ、大丈夫?痛いことされてない?おなかは?トンガがサンドイッチ持たせてくれたの。食べる?」
トンガのサンドイッチにかぶりついたタイは、凄い勢いで食べきってしまう。
「旨かった!花梨も拐われたのか?」
「自発的にね。」
タイはわからないと首をかしげる。
「ここには、他に何人いるの?全部女の人?」
「十人いる。みんな綺麗なお姉さんだ。」
十人か、その中にアンジュの妹はいるだろうか?
「ラーザって人はいますか?」
なるべく声を潜めて、暗闇に声をかけると、人が動く気配があり、女の人達がかたまってあたしのほうへ歩みよってきた。
「ラーザは私です。」
みな、とても美しい獸人の女性達だった。ラーザは特に群を抜いて美しかった。
「アンジュの妹で間違いない?」
「アンジュ姉さんを知っているの?」
「アンジュもあなたを助けにきてるの。すぐにここからだしてあげるからね。ところで、女の人はここにいる人達で全員なのかしら?それとも別の場所にいたりする?」
「わからないわ。でも、この部屋にきたのはもっと沢山いたはず。戻ってこない子達がどこに行ったのか…。」
ラーザは首を振った。
「あなたもここに戻ってきたかったら、うまくやんなさい。」
切れ長の目をした黒髪の女性が言った。
「うまくって?」
「うまくはうまくよ。あいつの言うことに逆らわず、思い切りが必要よ。」
意味がわからず、ラーザのほうを見ると、ラーザは眉を寄せながら言葉を足した。
「ホミンには、変な性癖があるのよ。叩かれたり罵倒されると興奮するの。あたし達に手を出すことはないわ。足を舐めるくらいかしら。」
ドMってやつか。
そういえば、ここにいる女性はみな、可愛いというよりきつめの美人ばかりだ。
「好きな設定は、ママに怒られる息子かしらね。」
「あたしもその設定多いわ。」
「私は先生と生徒が多いわよ。」
「私もそのパターン。」
ここにいる女性が、ホミンとのプレイを次々に暴露し始めた。その内容は眉をひそめるものばかりだったけれど、最悪の被害がでている女性はいなかった。
「ホミンの趣味はわかったわ。自分の趣味に合う女性を、ここに閉じ込めているわけね。じゃあ、なんでタイまでここにいるの?ロリ趣味もあるわけ?」
「なんか、最終的に女を呼び寄せる餌にするとか言ってたわね。女って、たぶんあんたよね?」
「たぶん…。」
ということは、あたしが捕まったことで、タイの利用価値はなくなったわけだ。
悠長にしていると、タイと引き離される危険性がでてくる。
次が動き時だ。
あたしは、扉の外の見張りに聞こえないよう、声を絞って聞いた。
「あの、まさかと思うけど、ここに残りたい人はいる?」
一応確認する。
ここにいれば、とりあえずは衣食住は確保できるようだし、ホミンのゲスな趣味に付き合いさえすれば、より酷い目には合わない。もしキンダーベルン伯に連れて行かれたら、女性の尊厳も凌辱されるだろうし、ホジュンに誘拐されたら、どこに売られるかわからない。
それを考えたら、今の境遇のほうがマシと思う人がいてもおかしくないと思ったから。
でも、誰もうなずかなかった。
「次にこの扉が開いたら、ここから脱出するつもりなんだけど、強要はしないわ。脱出したい人のだけついてきて。」
「私は行くわ!」
「私も!…でも、脱出って言っても、見張りはいるし、どうやって?」
みな、ヒソヒソ声で話す。
「大丈夫、あたしの仲間もすぐそこまできてるし、ラーザのお姉さんのアンジュも来てるから。二人とも、師団長になるくらい強いんだから。二人とも、潜入するために師団長になったのよ。」
師団長という言葉に、女性達の固かった表情がホッとしたように弛む。
「アンジュは確かに強いわ。ちょっと獸人離れ…、女性とも思えない…、いえ誉めているのよ。とにかく最高に強いわ。男に混じって、傭兵で生き残っているんだもの。」
ラーザも太鼓判を押す。
「外に強い味方がいるのはわかったわ。でも、ここからはどうやって出るつもり?助けを待つの?」
黒髪の女性が聞いてくる。
「あら、私達は十人、新入りさん二人合わせれば十二人もいるのよ。一人や二人相手なら、なんとかなるんじゃない?」
ラーザはさすがアンジュの妹、やる気満々になっている。
「あたしは花梨、こっちはタイよ。あたしもそこそこ強いから大丈夫。二人くらいなら、一人でも相手できるわ。」
「花梨は、ホランより強いんだ。」
「ホラン?」
「あ、あたしの仲間ね。やあね、まぎらわしい名前で。ちょっと前まで盗賊の頭だったの。今は改心してあたしの仲間になったわ。」
なんか、墓穴だったかも…。盗賊という単語に、みなの表情がまた固くなる。
「…とりあえず、私はあなたを信じる。私はパン。ここに一番長くいるわ。」
黒髪の女性が名乗った。どうやら、彼女がここのリーダーっぽい存在みたいだ。
それから、ホミンがあたしを呼びに誰か寄越すんじゃないかと、しばらく耳を澄ませて待っていたが、聞こえるのは見張りのイビキだけだった。
今晩はこないのかと、みなウトウトし始めた頃、扉が大きな音をたてて開いた。
「そこの姉ちゃん、ホミン様がお呼びだ。あと坊主、おまえはもう用なしなんだよ。こっちこいや。」
獸人が二人入ってきた。
二人とも、下品な笑みを浮かべている。
「花梨…。」
あたしは、安心させるようなタイに笑いかけると、タイを背中に隠すようにして獸人達に歩み寄った。
「オッ、ずいぶん物わかりがいいな。」
あたしは、獸人の前に立つと、そいつの腰に差してあった剣を抜き取り、柄でみぞおちを思い切り突いた。
獸人は前のめりに倒れ、悶絶している。
「な、なにしやがる!」
中の騒ぎに、見張りの一人も中に入ってきた。
あたしは素早く剣を振るい、一人は首、一人は胴を切りつける。もちろん峰打ちだ。片刃の剣で助かった。
倒れた獸人に、女性数人が飛びかかり、衣服を裂いて作っておいた紐で縛り上げた。
「あんた、本当に強いんだね。まさか、三人相手にねぇ…。」
パンは感心したように言うと、くだけた笑顔を浮かべた。
きついイメージが、一瞬にして消える。
「じゃあ、外に出ましょう。」
パンは、見張りの獸人から鍵を奪うと、みな部屋から出たのを確認して、獸人達が追ってこれないように鍵を閉めた。そして、自ら最後尾に回ってくれた。
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