第13話
ホランは旅の傭兵を装い、酒場に訪れた。
酒場は昼前にも関わらず、それなりに人が溢れていた。腕に覚えがありそうな男達がゴロゴロいて、ホランがまじっても違和感を感じない。
ホランはエールを頼むと、とりあえず回りの会話に耳を傾けた。
「兄ちゃん、ずいぶんガタイがいいけど、あんたもあの噂を聞いてやってきたのかい?」
エールを持ってきてくれた店主が声をかけてくる。
「噂?」
「ほら、キンダーベルン様のとこの五番目のご子息の発案らしいがね、この領地私設の兵隊を組織するとか。腕に覚えがあれば、かなり高額で雇ってくれるらしいじゃないか。」
「そうそう、そんな噂を聞いてやってきたんだ。でも、どこに行けばいいんだ?」
「丘の上に屋敷があるだろ?あそこの門番に言や、通してくれるさ。なんでも、昼過ぎに腕試しの試験があるとかで、この店にきてる奴は、ここで時間潰してるんだよ。」
「なるほど、それじゃあ俺も後で屋敷とやらに行ってみよう。でもよ、私設の兵隊作るって、国に対してやばくないんか?反乱を企ててるって思われそうだけどよ。」
「名目は盗賊討伐のためみたいだな。」
「名目は…ってことは、なにか違う理由があるのかよ?」
店主は、辺りをキョロキョロ見ると、声を潜めてホランの耳元で言う。
「ここだけの話し、キンダーベルン家と盗賊は切れない繋がりがあるとか。これは公然の秘密になっているがね。だから、盗賊討伐なんて、さらさら考えてるわけないんだ。」
「ああ、まあ、偉い奴らってのは、黒い部分が多いもんだからな。」
「キンダーベルン様は成人したご子息が数名いるんだが、長男の勢力がでかくなったから次男が兵士を募ってるとか、親方様が子息達を恐れて兵士を募ってるとか、色々噂はあるな。五男のポー様は相続を拒否されてるから、表向き兵士の徴収をするにはちょうどいいんだろうな。だれの命令かはわからんがね。」
ホランはそれからしばらく酒場で時間を潰し、酒に酔い潰れていない奴らが移動を開始すると、その中に紛れて屋敷に足を向けた。
屋敷につくと、中庭に男達が沢山集まっていた。ホランは、マントのフードを深くかぶり、 その中にまざって立っていた。
しばらくすると、屋敷の門が閉まり、屋敷の二階の窓が開いて、ベランダに二人の獸人がでてきた。
右に立っている者は、懐かしい面影を残している。年齢のわりに背も低くほっそりしていて、十三才のはずだが、それより幼く見える。ただ顔つきは凛々しく、利発そうだ。
「立派になったな…。」
ホランはボソッとつぶやき、その横に立つ人物に視線を向けた。
たぶんシザーだろう。ポーの乳母の息子で、ホランとも親しかった。温厚で、気のいい奴だ。
「私兵徴収に賛同してくれた諸君、キンダーベルンの名において感謝する。私はキンダーベルン伯爵の第五子、ポーである。キンダーベルン軍を統括する役目を任されている。これから、入団試験を行うにあたり、詳しい説明はこちらの者が行う。では諸君、また後でお会いしよう。」
ポーは部屋に戻り、シザーが説明を始めた。
まず、兵士として雇われるのは半数であるということ。二人一組で闘い、気絶するか参ったというまで闘う。勝ったほうは雇われることが決定し、さらにトーナメントを行う。ベストフォーに入ると幹部候補生になれ、高給が保障されるということだ。
みな、出身地と名前や年齢差を書かされ、模造刀を渡された。
ホランはダーナと名前を偽って登録した。年齢と出身地も適当に書く。
ホランは瞬殺で最初の相手を気絶させ、その後も順調に勝ち進めた。さすがに全勝するのも目立ち過ぎるかと思い、ベストフォーに入ったところでわざと負けてみせた。 勝てる相手にわざと負けるというのは、なかなか難しいことだった。
「一位タンゼント様、二位ヤナ様、三位四位アンジュ様ダーナ様。上位四名は私についてきてください。他の方々は、隊編成しますのでこちらにお残りください。」
ホランがわざと負けた相手は一位になったタンゼントで、かなりふんぞりかえってシザーの後をついていった。その後ろを悔しげな二位のヤナセが続く。
「あんたさ、わざと負けたでしょ?」
アンジュがホランの横に並んで歩きながら言った。
アンジュは、 ホランよりは二回りくらい小さいものの、かなりガタイがよく、一見女性には見えない。見えないが、正真正銘女性であった。
「おまえもな。」
アンジュは肩をすくめる。
「女が一番になったら可愛げがないじゃない?」
「ま、そういうことにしておこう。俺も目立つのは嫌いでな。控え目な性格なんだ。」
「そういうことにしておきたいのね。あたしはアンジュ。サラボッシュ村出身よ。」
「隣り村か。俺はダーナ。よろしくな。でも、女がこの領地に留まるのはどうかな…。ここの領主は病的な女好きだぜ。」
「ご心配どうも。」
まあ、アンジュみたいなタイプは大丈夫だとは思うが…。
シザーは第三応接間に四人を案内して一旦退出すると、ポーを連れて戻ってきた。
「皆さん、お疲れ様でした。皆さんには、その実力に見合った報酬と地位を用意させていただきます。また、宿舎ではなく、戸建ての住まいと従者もつきます。すでに三師団編成されており、皆さんには新たに今日雇った兵士を四師団に分け、その師団長になっていただきます。以上ですが、ポー様、付け足すことはございますか?」
シザーは流れるように話し、最後確認のためポーを見る。ポーがうなずくと、一歩下がった。
「現在七師団になるわけだが、これから十五師団まで増やす予定だ。また、随時兵隊を補充する。団長は固定ではなく、より強い者が現れれば、降格もあり得る。みな、日々の鍛練に勤しみ、また兵士の鍛練にも心してほしい。以上だが、なにか質問は?」
アンジュが手を上げる。
「あの、戸建てって、この屋敷の敷地の中?」
「いえ、兵士達の宿舎は敷地内にありますが、団長の家は違います。」
「私、戸建てはいらない。みなと一緒でいいわ。広い家は落ち着かないし、なるべく寝てたいから。遠くから通うのはちょっと。」
「なら俺も。野宿生活が長かったから、屋根があるだけでじゅうぶんだ。従者もいらねえよ。自分のことは自分でできらあ。」
「私も従者はパス。」
「そうですか?そちらのお二方は?」
「俺は貰える物はなんでも貰うぜ。」
「俺も。」
タンゼントは、こいつらバカか?と言わんばかりにホランとアンジュを見た。
「あのよ、ポー様に質問なんだけど、いいか?」
シザーが口を開こうとするのを、ポーは身振りで制する。
「ダーナと言ったか?聞こう。」
「兵隊を作って、あんたらは何をするつもりだ?」
「盗賊討伐だが?」
「そいつは表向きだろ?俺らは、誰に雇われたんだ?何をさせられるんだ?」
ポーの顔つきが、スッと無表情になった。今まで柔和に微笑んでいた目が、冷たい光りを宿す。
「それを知りたかったら、キンダーベルンに忠誠を誓うことだ。以上だ。」
「忠誠…ね。」
ポーは、そのまま踵をかえし部屋から出ていった。
なにか、ホランは違和感のようなものを感じ、頭をかきながらポーが出ていった扉を見つめた。
◆◇◆◇
「そんなわけで、師団長とやらになってきたぞ。ジジイ、これ手付金とやらだ。やる。」
ホランは、金貨の入った袋を机に放った。
「いらんわ!おまえの金の世話になるほど落ちぶれとりゃせん!他に使い道があるだろ。」
「ったく、頑固ジジイが。…あのよ、ポーってあんなんだったっけ?」
「あんなって?」
ホランは、頭をワシャワシャかきむしりながら、うなり声をあげる。
「なんつうか、…俺の覚えているポーと、空気感が違うというか。一癖ありそうな…。」
トンガは、ああとうなずいた。
「賢い方だからな。昔のおまえには、無邪気な面しか見せてなかったのだろう。たぶん、おまえが一番跡継ぎに近いとふんでな。」
「はあ?」
ホランは、訳がわからないというような表情だ。
「あの方は、色んな顔を持つよ。だからこそ今まで生き残れたんだろうな。」
「だって、俺が知っているのはほんのガキの頃だぜ?」
「だから、賢いと言ってるだろう。あの頃から、おまえとわしら使用人にたいする態度はかなり違ったさ。まあ、わしはおまえ寄りではあったが、おまえがいなくなってからはガラッと変わったな。それがなければ気づかないくらいに徹底しておったよ。」
「それって、かなり嫌なガキじゃない?」
トンガは苦笑する。
「まあ、キンダーベルンのご子息らしいといえるかもな。こいつみたいなのが特殊なんだよ。」
そんな話しをしていたとき、ガラスが割れるような音がした。
「なんだ?」
「タイ?」
ホランは慌てて立ち上がり部屋を飛び出す。あたしも後に続いた。
タイがいる部屋の扉を開けると、そこにはいるはずのタイがいなかった。
床には積み木が転がっていて、窓が開いている。ガラスが中側に割れているから、外から割られたんだろう。
つまり…。
「タイが拐われた!」
ホランはガラスの欠片も気にせず、窓から飛び出して行った。
「どうした?坊主は?」
「…あたしのせいだ。あたしがさっき表に出たから、きっと盗賊とかに見られてたんだわ!」
じゃなきゃ、拐われるわけがない。
「とにかく、ホランに任せよう。あんたは、隠れていたほうがいい。こら、どこに行く!?」
あたしはトンガの静止も聞かず走り出していた。
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