第12話

 起きたときには、太陽がすでに真上から少し西に傾いたくらいだった。

 ベッドにはあたしだけで、床に寝ていたはずのホランもすでにいない。

 ベッドから下りて、部屋のすみにおいてある水瓶の水で顔を洗い、口をゆすぐ。

 

 部屋をでて、台所を覗いてみた。

「起きたか?飯があるぞ。」

 トンガが膝にタイを乗せて、積み木のようなもので遊んでいた。

「花梨姉ちゃん、見て見て。高く積めたよ。」

「ほんとだ。タイは器用だね。ところで、ホランはどこ行ったの?」

「あいつは、日が登ったと同時に出ていったぞ。色々見てくるって言ってな。タイ、ちょっと一人で遊んでいなさい。」

 トンガはタイを一人で椅子に座らせると、あたしのためにパンとスープを用意してくれた。

「ありがとう。」

「なに、たいしたもんじゃなくて悪いな。ホランももうすぐ戻るだろうよ。食べて待ってなさい。ところで、このタイって子は賢いな。盗賊のとこにいたというが、どんな経緯で?」

「なんか、捨て子だったのかな?森で狼に育てられたって。その狼を殺した盗賊にこきつかわれてたみたい。」

「狼に?よく食われんかったな。狼…か。」

「狼が?」

「いやな、実はホランも母親が死んだ後、獣の巣穴に放りこまれたことがあったんだよ。てっとり早く始末しようとしたんだろうな。あいつは、覚えておらんだろうが、まだ小さいのに泣きもせず、狼と睨み合って巣穴にいたのさ。わしが助けに行ったときにはな。」

「そんなことが…。」

 トンガは、タイをまた膝に乗せると、一緒に積み木をしながらうなずいた。

「わしの知る限り、ホランの兄弟は十八人いたな。それが残っているのは上の五人だけだ。あいつが家を出たとき、わしが細工したから、あいつが生きているとは思われていないがな。」

「十三人は殺された?」

「腹の子供も数に入れればもっとだがね。たいがいは、誘拐されて獣に食わせたんじゃないか?」

「酷い…。」

「この坊主みたいに、獣に食われず生きている者がいればよいのだがな。」

 二人でじっと、タイを見る。

 

 ホランに似ているというタイ、狼に育てられたタイ…。


「…ホランの兄弟だったりして。」

 あたしがボソッとつぶやく。

「なくはないかもしれんな。なにか。身分がわかるものを持っておればいいのだが。」

「あっ!」

 あたしはパンを机におくと、椅子を倒す勢いで立ち上がり、昨晩入ってきた窓から飛び出した。

「これ!表にでてはいかん!」

 

 丘を駆け下り、洞穴に向かう。

 誰かに見られるかもとは考えなかった。とにかく、急いであれを取りに行かないと!

 あれ…、タイの荷物だ。

 盗賊が言っていた、タイを見つけたときに着ていたという服の入った荷物。なにか、身元がわかるものがあるかもしれない。

 荷物をとると、とりあえずそのままトンガの家に戻る。

「全く、ホランもおまえも玄関の存在を無視するな。」

 トンガは、窓から戻ってきたあたしを見て、呆れたように言う。

「これ、タイの荷物。タイが最初に着ていたものなんだって。盗賊達が、金になるかもと思って取っておいたらしいんだけど、金になるかもって思うものを着ていたってことよね?」

 

 机の上のパンとスープを横に避けて、荷物の中身をひろげた。

 ボロボロで汚れてはいるが、絹だろうか?あたし達が着ているものよりも、明らかに質の良い布地に思える。胸のところに刺繍があるのもわかった。

「これ…。」

 トンガは、衣服を手にとってじっと見た。

「キンダーベルンの紋章だ!」

 トンガの叫び声に、タイは積み木を手にしたまま、何事かとあたしとトンガの顔を見上げる。

 

 うわーっ!

 ホランとタイ、兄弟?!


 あまりにびっくりして、声にならない。

「なに騒いでやがる?」

 ホランが窓から入ってきた。

「おまえ!これ?!」

 さすがに窓から入ってきたことは咎めず、トンガはタイの赤ん坊のときの衣服をホランに差し出した。

「ああ、それね。」

 ホランは、全く動じることなく、くだらなそうに衣服を袋にしまった。

「あんた、知ってたの?」

「そりゃ、最初に見るだろうよ。タイの身元がわかるかもしれないものなんだから。」

「なんで言わないのよ?!兄弟なんでしょ?」

「多分な。でも関係ないだろ?こいつは俺のこと父ちゃんって呼んでるし、兄ちゃんだろうが父ちゃんだろうが、どっちでも変わらんよ。」

「タイには大きな違いだよ!貴族の息子だったんでしょ?」

 ホランは、厳しい視線をあたしに向ける。

「身分を公言して、どうなるんだ?命を狙われるだけだぞ。それに、タイにはあんな奴を父ちゃんって知らせたくはねえな。俺のが百万倍ましだ。」

 確かに、確かにそうかもしれないけど、義理の父親って思うのと、血の繋がった実の兄って思うのと、どっちがいいんだろう??

「落ち着いたらな。きちんと話すさ。な、タイ。」

「父ちゃん。」

 タイは、笑顔でホランに手を伸ばし、ホランは軽々と肩にかついだ。

「よし、タイはベッドの部屋で遊んでな。父ちゃんは、ジジイや花梨に話しがあるからな。」

 タイはうなずいて下に下りると、積み木を洋服にくるんで持って行った。

「ジジイ、茶!」

 トンガは今度は素直にお茶をだしてやった。ついでに、パンと干し肉も机におく。

「ポーに会ってきた。」

「ポー様に?よく会えたな。」

 ホランはニカッと笑い、干し肉にかぶりつきながら喋り出した。



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