第11話

「ホランってさ、弟がいるって前言ってたけど、兄弟は他にもいるの?」

 ただ歩いていても暇だから、最初はタイに薬草とかのことを聞いていた。

 いずれユウを見つけた後、もとの世界に戻れるとは限らないし、こっちの世界で生きるには必要な知識だと思ったから。傷に効く薬草、胃腸に効く薬草、痛み止めになる薬草は見分けることができるようになった。

 タイはあたしに教えるという行為が嬉しいらしく、詳しく教えてくれた。

 今は疲れたのか、ホランの肩車で寝てしまっている。ホランの頭にヨダレを垂らしてね。

 

 で、暇になったあたしは、さっきの質問をホランにしたわけだ。

「あー、いるな。上に二人いる。腹違いになるけどよ。」

「お母さんが違うの?」

「俺は妾の子だからな。」


 …もしかして、聞いたらいけない話しだったかな?


「次男と四男が正妻の子供で、長男と俺、五男以降は妾の子供だ。腹が一緒の兄弟はいねえな。」

「あんたの父親って…(どんだけ色呆けジジイなの?!)。」

「貴族なんてそんなもんだ。」

 さらっと言うホラン。

「貴族?あんたが?」

「俺じゃねえよ。父親がだ。俺は跡目争いが嫌で、家とびだしたからな。父親の跡目継げるのは一人なのに、子供が十人以上いやがるんだぜ。バカだろ?争いになるの目に見えてんのに、やりたい放題やって、パカパカ子供作りやがってよ。」

「まあ、そうね。」

「上の二人はひどくて、暗殺者差し向けたり、毒盛ったりよ。まあ、ことごとく返り討ちにしてやったけどな。」


 うわー、なんか兄弟間ドロドロしてる。


「俺の後をチョロチョロしてたのは五男のポーだ。生まれつき身体が弱くて、跡目候補に上がらなかったから、生き残れたんだ。あいつは身体は弱いけど賢いから、きっと生き残れるだろうよ。」

 ホランは急に歩みを止めると、タイを肩車から下ろしあたしに渡した。

「静かに、隠れてろ。」

 あたしはタイを抱っこして、茂みの中に身を隠す。

 ホランは木に登った。


 そんなあたし達の前を、ホスーに乗った獸人達が走り抜けて行った。

 二十人以上いただろうか?

 通りすぎた後も、土煙が凄くて辺りが見えない状態だった。

「なにあれ?」

 ホランが木から下りてきて、あたしの横に立った。

「あれは、金の鬣の奴らだな。」

「金の鬣?」

「この国で一番デカイ盗賊団だ。国も手を出せないって言われてる。」

 ホランはなにやら考えているのか、しばらく黙った後、おもむろに口を開いた。

「ちょっと、寄り道していいか?」

「寄り道?」

「ちょっと、確かめたいことがあるんだ。」

 

 ホランはそれ以上話すことなく、タイを片手に抱え、盗賊達が走り去った方向に歩きだす。

 珍しく厳しい顔つきで、ちゃかしたらいけない気がした。

 どのくらい歩いただろうか?

 太陽が沈みかけ、わずかに紫色の光りを雲に投げかけ、青から紺に空の色が変わってきていた。

 森を抜け、草原が広がり、パラパラと家があった。小高い丘があり、屋敷のような物も見える。その周りに家が密集しているようだ。

 前に見た村と違い、村を囲う柵もなく、規模も遥かに大きいように思われる。


「村?町?」

「ここはキンダーベルン領。」

「キンダーベルン?」

「この一帯を治める貴族の名前だ。村なんかとは違い、税金を貴族に払わないといけないが、そのぶん貴族の庇護のもと生活できる。まあ、搾取は盗賊並みだけどよ。」

 ホランが寄り道したかったのは、ここなんだろうか?

 いつもは軽口をたたいて陽気なホランが、いまだにブスっとして見るからに不機嫌だ。

「ねえ、これからどうするの?」

「夜を待つ。」

「待ってどうするの?」

「屋敷の裏にある家に忍び込む。」


 屋敷とは、あの丘の上の屋敷だろうか?たぶん、そのキンダーベルンとかいう貴族の館なんだろう。ホランがこんなに嫌そうにしている貴族ということは…。

「もしかして、あそこって、あんたの実家?」

 ホランは、大きく息を吐く。

「そうだ。屋敷の離れの小屋に、ジジイがいるはずだ。まだ生きてればな。」

「ジジイって?」

「俺を育てたジジイだ。あそこの庭番をやってる。俺の母ちゃんは俺の弟か妹をはらんだときに、正妻に毒殺されちまったから、庭番のジジイが俺をかくまって育ててくれたんだ。」


 また、けっこうな出来事なのにシレッと言うわね。


「とりあえず夕飯にするか。タイ、腹減ったろ?」

 ホランは、丘の裏の斜面まで移動すると、洞穴のようになっている場所に入った。

 四隅に松明を入れる場所があり、ホランが火を灯した。

「ここはさ、誰も知らない俺の隠れ家だったんだ。」


 入り口は草で隠されていて分かりにくく、中は思った以上に広くなっていた。手作り感満載の木のテーブルや椅子があり、お絵かきしたような紙が散らばっていたり、竹馬のような玩具があったりした。

「あんたも子供だったんだ。」

 怪獣のような絵が描いてある紙を拾い、クスクス笑った。

「可愛い子供だったぜ。」

 ホランは干し肉をちぎりタイに手渡すと、自分もかぶりついた。

 あたしは水筒の水を飲み、やはり干し肉を口に入れる。

「ねえ、なんでここに来ようと思ったの?あんたを育てたおじいさんに会いたくなったとか?」

「バッカ、ちげえよ。ここには、二度と帰ってくる気はなかったさ。でも、さっきの盗賊らの先頭に、見覚えのある顔を見つけてよ。」

「だれよ?」

「一番上の兄貴だ。」

「あんたの兄ちゃんも盗賊になったってこと?」

「なわけあるかよ。俺と違ってヒョロヒョロで、剣だって振り回せやしねえ。気が小さいくせに態度ばっかりでかくてよ。…あいつら、なにか運んでいたみたいなんだよな。それがちょっと…な。」

 

 お家騒動を懸念懸念して、様子を見に来たというところかしら?家を出たといっても、やはり気になるのね。

 

 それから、さらに夜が深くなるまで洞穴に潜んだ。館の灯りも消え、辺りが静まりかえってしばらくしてから、やっとホランは腰をあげた。

「ちょっくら行ってくる。」

「あら、あたしも行くわよ。」

 ホランは、あたしの言葉を予想していたのか、小さく舌打ちすると、タイに視線を向けた。

「タイはどうするんだよ。寝ちまってるぞ。」

「あんたがかつげばいいじゃないの。」

 ホランはそれ以上口を開かず、タイを背負って洞穴を出た。

 屋敷の裏側、洞穴のある丘を登ってすぐのところに、納屋のようなほったて小屋がポツンと建っていた。そこだけは、入り口に灯りがともっている。

「ジジイ、また火を落とすの忘れやがって。そのうち火事になるぞ。」

 ホランは玄関から入るのではなく、裏手に回って窓に手をかけた。

「やっぱり、まだこの窓の鍵直してねえな。」

 窓を開け、中に入る。台所だろうか?あたしも悩んだけど、同じように窓に手をかけた。

 

 なんか、泥棒になった気分。


「うちには盗める物なんかねえぞ!」

 家に入った途端、ホランに向かって棍棒が振り下ろされた。

「ジジイ、待ちやがれ!俺だよ俺。」

 棍棒をつかんで攻撃を回避すると、ホランは指先から炎を出し、辺りを照らした。

「俺なんていう知り合いはおらん!」

「ホランだよ。」

 老人は棍棒から手を離すと、ホランをじっと見た。

「ホラン?まじか?ずいぶんバカでかく、ごつくなったもんだな。」

「そうか?確かに、ここでてからちょっとばかり成長したけどよ。」

「全く、家に帰ってくるのに、窓から入ってくる奴がいるか!玄関から入らんか!」

 老人は、机にあるランプに火を灯し、初めてホラン以外の存在に気がついたようだった。タイを見ると、老人の顔つきがふっと優しくなった。

「なんだ?一人前になりおって。嫁と子供連れて帰ってきたんか?」

「違います!ちょっと縁あって一緒に旅してますけど、全くの赤の他人です。こっちの子供とも、血のつながりはないです。」

「なんだ、不甲斐ない。嫁もまだおらんのか。ほら、その子をベッドに寝かせてやりな。おまえの部屋はそのままだから。」

 ホランはタイをおぶったまま部屋を出ていく。


「あの、夜分にすみません。あたし、花梨と言います。ホランが連れてた子供はタイです。盗賊のとこにいたのを助けたんです。で、今はホランが親代わりしてます。」

「そうか、わしはトンガ。この屋敷の庭番をやっとる。ホランの育ての親みたいなもんだ。まあ、ここに座りなさい。茶くらいしかないがな。」

 トンガは、湯を沸かしお茶をいれてくれた。

「それにしても、あの坊主、ホランの幼いときにそっくりだ。」

「そうなんですか?同じ虎族だからではなく?」

「あの模様…、同じ虎族でも模様の入り方が変わるんだがな。顔つきも似てる。だからてっきり、ガキこさえて戻ってきたもんだと思ったんだ。」

「不甲斐なくて悪かったな。」

 ホランが戻ってきて、隣りにドカッと座った。

「ジジイ、茶!」

 トンガのゲンコツがホランの頭にとぶ。

「飲みたきゃ自分でやれ!」

「わーったよ。」

 ホランは、ブツブツ文句を言いながらお茶をいれた。

「ところでよ、クソ野郎の跡継ぎは決まったのかよ?」

「親方様か?」

 トンガは大きくため息をつく。

「いまだに決めてくださらないんだよ。長男のホジュン様と次男のホミン様、四男のザーナ様、五男のポー様が有力候補とされているが。」

「ポーが?なんで?!」

「本人は継ぐ気はないと公言なさっとるが。というか、それしか残っていないのだよ。みな、…色々あってな。」

 

 つまり、骨肉の争いというやつだろうか?


 ホランの顔色をうかがったが、とくになんとも思っていないようだった。

「ポーは大丈夫なのか?暗殺とか。」

「いまのところは。ホジュン様とホミン様、お互い自分の味方につけようと躍起になっておる。おまえのように目の敵にはされとらんし、うまく渡り歩いておられるよ。賢い方だ。」

「そうか…。ところで、ホジュンの奴、金の鬣とどういうつながりだ?」

 トンガは、驚いたように目を見開く。そして、まじまじとホランを見ると、大きく息を吐いた。

「…噂じゃが、ホジュン様は人の売買で資金を集めてるとか。その手足になっておるのが金の鬣だと言われてるな。」

「じゃあ、あれは人か!」

「見たのか?」

「なんか、でかい麻袋を運んでいたのをな。」

「誰も咎めることができんのだよ。ホジュン様のことも、金の鬣のこともな。親方様も、見て見ぬふりだ。いや、頓着してないんだろうな。あの方の注意は、いつも若いオナゴだけだ。」

 

 どんだけ色呆けなのよ。

 

 ホランはテーブルの脚を蹴った。

「ったく、相変わらずクソだな。あいつの血が入ってると思うだけで、ゲロ吐きそうだ。」

「人の売買って、自分の領地でですか?」

「ああ、この領地では、子供が生まれたら隠す。拐われるからな。あと、美しい女も。拐われるか、親方様に凌辱されるからな。あんたも気をつけてなさい。昼間に外を歩いたらいかん。」

「ねえ、酷すぎない?あんたの故郷…っていうか、親族?」

「…だな。俺がいた頃より、酷くなってやがる。」

「どうにもならんよ。ホジュン様は盗賊とつながってやりたい放題。ホミン様は親方様そっくりで女にだらしない。ザーナ様は頭が弱い。ポー様は身体が弱すぎる。全く、まだおまえのがマシかもしれん。ホラン、戻ってくる気はないのか?」

 ホランは心底嫌そうな顔をする。

「やなこった。でも、ザーナは普通の奴だったと思ったが?」

「毒を盛られたんだよ。それから、気がふれてしまったんだ。噂じゃ、実兄のホミン様が怪しいということだ。」

「全く、クソだな。ジジイ、しばらく泊まるぞ。花梨、タイと同じベッドでいいな?」

「ああ、うん。」

 ホランは立ち上がると、クソだ!クソばっかりだ!とブツブツ言いながら、部屋を出ていった。

「すみません、お世話になります。おやすみなさい。」

 あたしも慌てて後を追う。

 ホランは、廊下で待っていた。


「悪いな、先を急ぎたいだろうけど、少し付き合ってくれるか?」

「まあ、しょうがないよ。それで、どうするの?」

「全部ぶっ潰す!とりあえず盗賊だ。で、最終的には跡目をポーに継がせる。あいつには可哀想だが。」

 ホランは、なにか決心したように、険しい表情をしていた。

「あたしも手伝うから、殺しだけは駄目だよ。」

 ホランの袖を引っ張り、見上げるように言うと、ホランはわずかに表情を柔らかくした。

「ああ、なるべくな。」

 沢山の子供や女性が誘拐されたことだろう。これから先も、放っておけば、同じことが繰り返されるんだ。もし、ユウがこの土地に訪れることがあったら、確実に誘拐されるだろう。

 そうならないためにも、ホランに協力しなきゃだよね。

 あたしは、眠っているタイの横に滑り込み、とりあえずできることを考えたが、一分ももたなかった。

 ベッドは固く、シーツは若干カビ臭かったが、それでも地面で眠るよりは数十倍も心地よかったから。




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