第10話
「あの三本杉を右。」
盗賊のアジトに向かい、ホランの肩に乗ったタイが道案内をしていた。
タイはすっかりホランが怖くなくなったようで、朝からホランのそばを離れない。畏怖から畏敬に変わったようだ。
朝食は、川で魚をとって食べた。昨晩、朝食用にとっておいた肉を、タイに食べられてしまったからなんだけど、ついでにタイを水浴びさせ、あたしの衣服を着せた。
すっかりきれいになったタイは、黄色い毛に黒いメッシュが所々入っていて、ピンとたった耳とフカフカのしっぽが愛らしかった。ブカブカの衣服も、なんかツボに入る可愛らしさだ。
同族だからなのか、身なりを整えたタイは、色味やら模様の入りかたがホランとそっくりで、ホランと並ぶと本物の親子のようだった。タイのが百万倍可愛いけどね。
「あれ、あの茂みの奥。」
タイが指差した先は茂みになっていて、蔦が絡み合い、入れる感じはしない。
タイはホランから飛び降りると、蔦をかきわけて中に入っていった。あたし達もタイに続く。
上手い具合に茂みに道ができており、中が迷路のようになっていた。タイは迷うことなく進み、かなり開けた場所に出る。
そこにはテントが七つたっていた。
「ここだな?」
タイは、ホランの後ろに隠れてうなずく。
ホランは、大きく息を吸い込むと、ウオーッ!と叫んだ。
テントから、寝呆けた顔の獸人達が、なんだ?なんだ?とバラバラと出てきた。
総勢十五人。
そんなに大きくない盗賊団だったみたいだ。
「これで全員か?」
「うん。あれがマイル。一番偉い。」
一番立派なテントから出てきた、ガタイのいい盗賊を指差す。顔に斜めに傷があり、かなり強面だ。
「頭、昨日のめっぽう強いやつですぜ!」
「てめえ、見張っとけっつったろ!なに連れてきてんだよ。」
「ブン殴られてえのか?!」
手下が口々にタイに向かって叫ぶ。
「ここの頭のマイルってのはあんただな?」
ホランが口を開くと、マイルが顔をひきつらせながら一歩前に出る。ホランの強さは、手下から聞いているのだろう。
「おうよ!」
「まあ、気張るなや。俺は話しをしにきたんだ。」
「は…話しだと?」
「ああ、そうだ。うまくまとまれば、話しだけしたらここを離れるさ。」
「な、なんだ?」
「こいつのことさ。」
ホランは、タイの頭に手をのせた。
「そのガキがなんだ?!」
「こいつ、俺のガキなんだとさ。」
「はあ?なわけねえだろ!」
「よく見ろよ、似てんだろ?それでだ、潔く引き渡してもらいてえって話しだ。」
マイルが、胡散臭げにホランとタイを交互に見ると、地面に唾をはいた。
「意味わかんねえこと言うな!こいつは森で拾って、今までただ飯食わせてきたんだ。はいどうぞって渡せるかよ。」
「うちらの掟じゃ、足抜けは百叩きだ。」
「そうだ、百叩きだ!」
手下から百叩きコールがおきる。
「まあ、待て、待て。さすがに子供に百叩きじゃ、死んじまうだろうよ。」
マイルが手下を手で制した。
「あんたの後ろに、エライ上玉がいるじゃないか?」
マイルがあたしを顎で指す。
「花梨か?」
「その女と交換なら、ガキを渡してもいいぜ。」
「だとさ、花梨、どうする?」
「お断りよ。」
あたしは、ベェっと舌を出す。
「だとよ。俺は花梨の舎弟でな。親分はこっちなんだよ。親分が嫌ってんなら、俺にはどうにもしがたいぜ。それでだ、こいつは俺のガキだってんだから、百叩き、親の俺が代わりに受けるぜ。それでいいだろ?」
「ホラン!?」
ホランは、上着を脱ぎ、どかっと地面に胡座をかいた。
「大丈夫。俺も元盗賊だ。盗賊の掟は守る。どうだ?」
「おう!あんたが代わりに受けるってんなら、受けてもらおうじゃねえか。おら!鞭持ってこいや!」
手下が、トゲのついた鞭を持ってくる。
「ほんじゃまず、一発!」
マイルが、鞭をしならせておもいきりホランの背を叩く。手下どもが歓声を上げ、マイルが鞭を振るう度、数を数えていった。
タイは目をつぶってあたしにしがみつき、あたしは剣の柄を握りしめ、ホランから目を離さなかった。ホランが少しでも態勢を崩したら、マイルに斬りかかるためだ。
ホランは、身体強化しているわけでもないのに、百回叩かれている間、身じろぎもせず、また顔つきも変えずに耐えきった。
「…百。」
ホランの背中は血だらけになり、裂けて、所々トゲが刺さっている。
「ホラン!」
あたし達は、ホランに走りより、背中からトゲを抜いた。布を裂き、止血をする。
「大丈夫だ。これくらいなんでもないさ。タイ、男なら泣くな!」
タイはホランの腕にしがみついて、震えるほど泣いていた。
「これで、ガキは足抜けできるんだよな?!」
マイルは、信じられないといったふうにホランを見ていたが、ホランにダメージを与えられたと思ったのか、強気にもう一発鞭を振るおうとした。しかも、タイに向かって。
ホランが、その鞭を掴んだその瞬間。
あたしの怒りが沸騰した。
目の前が真っ赤に染まり、髪の毛が逆立つような感覚がして、空気が重くなる。
「土下座して謝れ!」
マイルが、他の盗賊達が、地面に這いつくばり、重いなにかに潰されているように、地面にめり込んでいく。
「な…な…なん…。」
なんだこれは?と言いたいのだろう。
無闇やたらにこの力が発動しているのでは?と、ホラン達のほうを見てみると、二人には何事もなく、盗賊達だけが地面にめり込んでいた。
つまりは、ちゃんと相手を選んで、発動してるわけだ。
あたしは、マイルに意識を集中してみる。
すると、マイルのみがメリメリとめり込んでいく。
おお!
操れてるかもしれない。
あたしは、力を強めたり弱めたり、範囲を広げたり狭めたりと、色々試してみた。
「おい、おい。もういい加減にしてやれよ。死んじまうぞ。」
ホランが、あたしの肩に手を置き、あたしは力がストンと抜けた。
マイルは肩で息をしながら、恐ろしげにあたしを見た。
「な、この姉ちゃんが一番強いだろ?」
ホランは、昨日襲ってきた盗賊に言った。みな、ウンウンとうなずく。
「花梨、目赤かった。綺麗だった。」
タイがあたしの袖を引っ張りながら言った。
「ありがとう。それで、タイ…この子は盗賊から抜けれるのよね?!」
意識すると、目の奥がまた赤くなる。赤い目のまま、マイルを睨み付けた。
マイルは、何度も首を縦に振る。
「この子の荷物はないの?一緒に持って行くわ。」
「おまえら、用意しやがれ!大至急だ!!」
手下が数名テントに走り、数分も待たずにでてきた。そんなに大きくない袋が一つ、差し出される。
「こいつは、森で拾ったときにこいつが持ってたものと衣服だ。もしかしたら金になるかもしんねえからって、とっといたんだ。」
「もしあたし達を追ってきたら…。」
「そんなことしねえよ!」
釘をさしておこうと思ったんだけど、マイルはあたしが話す前に即答した。
荷物を受けとると、ホランに肩をかそうとして、無理なことに気づく。ホランが全体重あたしに預けたら、確実に潰れちゃう。
もしあたしの力が重力を操っているのなら…。
あたしは目の前が赤くなるのを感じると、今度は軽くなるイメージをする。風船みたいな。
さっきは、土下座をイメージしてたのよね。だから、地面にめり込んだわけだ。
「ちょっ、おい!待て、自力で歩ける!」
軽くなったホランは、片手でも持ち上げられるくらいで、実際片手に乗せて運ぶ。
「まあ、遠慮しないで。」
「遠慮じゃねえよ!男の面子の問題だ!!」
「グダグダ言わない!背中から落とすわよ!」
ホランは、ピタッと話すのを止め、大きなため息を一つついた。
さっきの茂みを抜け、昨日の夜休んだ場所まで戻った。
マイルは追ってくる様子もなく、本当にあたしやタイのことは諦めたようだ。
「薬、薬…。」
ホランを地面にそっと下ろすと、ホランの手下が持たせてくれた薬が入っているはずの袋をあさった。
けれど、入っているのは枯れ葉や木の実、なんだかわからない生き物の干物などなど…。
消毒液や軟膏みたいなのはありゃしない。
「これ、どうするのよ?!」
あたしが薬を探している間、タイは水を汲んできて、ホランの背中の汚れをきれいにした。そして、近くに生えていた葉っぱをちぎると、石で磨り潰してホランの背中に塗る。その上に、きれいな布を引き裂くと、器用にまいた。
「へえ、凄いじゃない。タイ、手際がいいわね。」
「これ、傷に効く。その枯れ葉と同じだ。でも、緑のほうがよく効く。」
「よく知ってるわね。」
タイは嬉しそうにうなずいた。
「あれはおなか痛いとき、あっちは頭痛いとき、これとあれは傷に効く。疲れたときはこれ。」
あたしには、みんな同じ葉に見えた。ほんの少しだけ色が薄いとか、線が入っているとか、茎の色が違うとか、それくらいの違いしかない。それを、迷うことなくタイは見分けているらしい。
「これ、これはさっきの傷のやつよね。」
あたしが葉をちぎると、タイは首をふった。
「それ、おなかピーピーになる。」
ホランが大笑いする。
「俺、これからも手当てはタイに頼む。」
「うっさいよ!いいもん、あんたが傷だらけになったって、世話なんかしてやらないんだから!」
あたしは、葉っぱをポイと捨てると、こそっとタイに耳打ちした。
「これから、薬になる植物のこと教えてね。」
タイはニコッと笑ってうなずいた。
うーん、可愛すぎる!
癒しだわね。むさくるしいホランとの二人旅じゃ、気分が落ちる一方だもの。こんな可愛い仲間が増えて、本当に良かった!
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