第9話
「花梨、花梨。」
ホランの低い声で目が覚める。
「なに?またさっきの盗賊?」
「違うと思うんだが…。」
なにやら歯切れが悪い。
あたしは寝るのを諦めて起き上がると、ホランが顎で指す方に目を凝らした。
殺気のようなものはなく、ただ視線を感じる。
獣でもないみたいだし…。
「なに?」
「知らん。敵意はないみてえだが、ずっと見てるから寝れやしねえ。おい、おまえ!でてきやがれ!」
ホランが叫んだが、物音もせず誰も出てこない。
「あんたが怖いんじゃないの?ねえ、誰かいるんでしょ?出てきなさいよ。」
ガサッと物音はしたものの、やはり出てこない。
「ヒャッ、ヒャッ、花梨も怖いってよ。」
あたしはムッとしながら、物音のしたほうへ歩いて行く。
草陰を覗くと、獸人の子供がガタガタ震えながらしゃがみこんでいた。
「あんた、なんでこんなとこにいるの?親は?こんな時間に迷子じゃないわよね?」
あたしの後ろからついてきたホランが、無造作に子供に手を伸ばし、首ねっこをつかんでひっぱりあげる。
「そんな、猫の子供じゃないんだから…って、猫族?」
「猫じゃない!虎族!」
子供はジタバタ暴れながら叫ぶ。
「虎族?ホランと同じじゃない。」
ホランは嫌そうに鼻をならした。
子供を焚き火の側に連れてくると、とりあえず座らせる。
「食うか?」
夕飯の残りの肉を焼き直して子供の目の前にだすと、子供は喉をならし視線が釘付けになった。ヨダレがダラダラ垂れる。
「汚えな。ほら、遠慮せず食えや。」
子供の手に肉を持たせると、子供は凄い勢いでかぶりついた。
「ほら、噛んでから呑み込みなさい。喉につまるわよ。」
水を渡すと、水と一緒に肉を呑み込む。
肉を全部食べ終わると、子供はまだ食べ足りないのか、手についた肉汁を舐めたり、肉を刺していた木の枝をしゃぶったりしていた。
「あなた、名前は?」
「そこの、おい、おまえとか呼ばれてた。」
「だれに?」
「マイルの一味。」
「マイルの一味って盗賊?」
「さっき、あんたらを襲った奴ら。見張っとけって言われた。だから見てた。」
「おまえも盗賊の一味なのか?」
「…」
「あのな…。俺にはダンマリかよ。」
ホランは、そらよ!と肉をもう一塊渡した。
子供は躊躇うことなく、肉にかじりついた。
「あなたの親が盗賊なの?」
「親いない。森で狼に育てられた。その狼をあいつらが殺して食った。」
シュールだわ。
子供は特に悲しげな様子もない。盗賊を恨むでもなく、弱い物が強い物に食べられるのは、当たり前だって思っているのだろう。
片言っぽい喋り方は、獣に育てられたからだろうか?
「それで、そのあと盗賊に拾われたってか?」
「…。」
「おまえな…。」
ホランは諦めたのか、ホランの問いにだけ答えない子供に背を向け、ゴロンと横になった。
「盗賊はあなたに優しい?」
「たまに残飯くれる。あとはよく殴られる。」
よく見ると、確かに子供の身体には痣が多かった。
「そう…。」
薄汚れていたが、お風呂に入れてきれいな衣服を着せれば、きっと可愛くなるだろう。このままほっておけば、悪ければ盗賊達に殴り殺されるかもしれない。うまく大人になったとしても、ろくでもない盗賊になるだけだ。
「あなた…、名前が必要ね。虎…タイガー…タイ。タイはどう?」
「タイ?」
「そう、今日からあなたの名前はタイよ。」
「おいおい、名前つけちまって、どうする気だよ。」
ホランは起き上がって、呆れたように言った。
「どうするって、あんたの子供にでもすれば?同族なんだし。」
「嫁もいないのにか?」
「そんな親子もありでしょ。」
ホランはため息をついた。
「俺はまだ二十歳だぞ。こいつ、いくつだよ?」
「タイはいくつかわかる?」
タイは、指をおって数え始めた。右手は三本、左手は四本指をたてる。
「七つ?」
もしかすると、狼に育てられた年と、盗賊と暮らした年を表したのだろうか?
「俺が十三のときの子かよ。まあ、できなくはねえか。おい小僧、おまえ俺の子供になるか?」
タイは、いまだにホランには無言だ。
「ほれ、父ちゃんって言ってみな!そしたら守ってやる。飯もたらふく食わせてやるぞ。」
ホランがタイを高い高いするように持ち上げると、タイはひきつったような表情で、なんとか震える声を絞り出した。
「…父ちゃん。」
「おまえ、もっと食わないとだな。軽すぎるぞ。」
タイは野生の本能からか、ホランを強い雄と感じ、畏縮していたみたいだ。怖すぎて声がでなかったってことらしい。
ホランは、タイを下ろすと、ニカッと笑ってさらに肉を与えた。
「ちょっと、食べさせ過ぎじゃない?お腹痛くするよ。」
「これくらい大丈夫だよな?俺はホラン、こっちの姉ちゃんは花梨だ。わかるか?」
タイは、肉を頬張りながらうなずいた。
「父ちゃんと花梨。」
「タイは利口だな!」
ホランがタイの頭をワシャワシャ撫でると、タイはくすぐったそうな笑顔を浮かべた。
それからタイはお腹がいっぱいになるまで肉を食べると、肉にかじりついたままうつらうつら寝始めた。
「しゃあねえな。」
ホランは、肉から木の枝を抜き取ってその枝を投げ捨てると、肉にかじりついたままのタイを抱き上げ、自分のマントの上に寝かせた。しかも、ちゃんとマントでくるんでやっている。
「あんた、予想外に面倒見がいいのね。」
親子になれという無茶ぶりも、そんなに抵抗なく受け入れたのにも驚いたし。
「まあ、あれだ。子供は嫌いじゃない。」
「凄い意外なんですけど。」
「年の離れた弟がいてな、俺が家を出たとき、ちょうどこいつくらいだったかな。いつも俺の後をついてきて、可愛かったな。あいつももう十三…だな。もう成人か…早いな。似てるんだよ、なんとなく弟にさ。」
ホランの家族か。家を出たということは、元から盗賊じゃないみたいね。
「十三で成人なの?」
「ああ、だいたい十三から十五くらいで成人の儀式を受けて、都で戸籍を貰うんだ。適性検査を受けて、仕事を割り当てられる。」
「あんたの割り当てられた仕事が盗賊だったの?」
「あほか?そんな職業ねえよ。俺らは…、色々だな。仕事が合わなかったり、周りとうまく付き合えなかったり。こいつみたいに捨て子も多いな。戸籍もない奴らだ。」
「あんたは?」
「俺か?俺はなんだろうな。うんざりしたんだろうさ。周りの環境に振り回されたくなかったんだ。」
わかるような、わからないような…。
「俺のことはいいとして、こいつに名前つけちまったからには、こいつの責任を取らないとだぜ。」
「そうなるわね。」
ホランはため息をつく。
「あのよ、盗賊には盗賊の掟があってよ、うちは入るのも出るのも自由だが、だいたいのとこは足抜けは厳しい条件をクリアしないと許されないぜ。」
「そうなの?」
「手足を切り落とすなんてとこもあるな。かわいいとこで、仲間全員から袋叩きとか。」
「なにそれ?第一、タイは入りたくて入ったわけじゃないじゃない。こんなに小さいのに、痣になるくらい殴られたり、食事だって、満足に食べてないみたいだし。」
「だとしてもだ、数年は生き延びることができてるんだ。ここは、子供が一人で生きられるくらい、甘い世界じゃねえよ。」
「じゃあどうするのよ!タイの手足をちょんぎらせるの?!袋叩きなんて、死んじまうわ。」
ホランは、笑ってタイの横に寝転んだ。
「そんなことさせねえよ。覚えはねえけど、父ちゃんになっちまったしな。明日になったら、なしつけに行くさ。」
ホランはすぐにイビキをかき始め、タイはそんなホランの上に転がっていき、本当の親子のような寝姿になる。
そんな呑気そうな姿を見ていると、きっとなんとかなるだろうって思えた。
あたしも欠伸をすると、睡魔に襲われるまま横になった。
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