第6話

 獣道を進んで二時間。

 高い崖を背に、テントのようなものが十個ほど並んでいた。崖には洞穴のようなものがある。


「あれがガイルのアジトだ。村人達がいるとしたら、洞穴の中だろうな。多分、裏にも入り口があるはずだ。たまに盗賊狩があってな、警備兵の奴らがやってくるんだが、そのときに逃げる隠し通路があるはずなんだ。」

「じゃあ、そっちを探そう。」

 あたし達は、大回りをして崖の裏側にきた。

 崖の裏側には、見張りだろうか?獸人が二人座っていた。

 二人ともよほど退屈なのか、カードのようなもので遊んでいる。夕飯のおかずをかけているらしく、負けたほうが 、

「俺の肉が~!」

 と叫んで、またカードを配りだした。

「だらけ過ぎだな。すきだらけだ。」

 ホランは、ギリギリまで彼らに近づくと、素早く襲いかかった。

 その爪が一人を捕らえ、地面に叩きつける。

 もう一人は首をつかみ、持ち上げた。

「殺しちゃダメよ!」

「気絶させただけだ。」

 グタッとした獸人を下ろすと、二人まとめて縛り上げ、口には彼らの衣服を裂いて作った猿ぐつわを咬ませた。

「素早いわね。」

「まあな、盗賊業が長いからな。花梨はこいつら見張っててくれ。ホームが戻ってきたら、この鳥笛を吹きな。多分、仲間を先導しているはずだから。」

 

 獸人達を草むらに隠すと、ホランは一人洞窟に入っていった。

 しばらくすると、鳥の鳴き声がして、空を見上げると、鷹が旋回していた。たぶんホームが戻ってきたんだろう。

 あたしは鳥笛を吹いた。

 鷹は旋回を止め、あたしの目の前に下りてきた。

「確か、干し肉をあげてたわね。」

 干し肉を取り出し、鷹にあげてみる。

 鷹は最初肉をついばんでいたが、特に害がないとわかると、一口に飲み込んだ。

「あんた、頭いいね。

 触ろうと手を伸ばしたら、口をあけて威嚇されてしまった。

「姉さん!」

 ホランの手下達がやってきた。

「ハブにトロだったかしら?」

「はい姉さん。」

 あたしは、ポリポリと頭をかく。この“姉さん”はどうにかならないものか?

「女の人達は?」

「先に村に連れていきました。でも、最初は帰らないってごねて大変でしたぜ。」

 

 盗賊との生活のほうがいいんだろうか?謎だわ。


「今ね、ホランが洞窟を見に行ってるの。だから、少し待機してて。」

「頭が斥候ですかい?!」

 ハブ達がざわめいた。

 そうしている間に、ホランが洞窟からでてきた。その後ろからゾロゾロと村人達もでてきた。見事に若者がいない。老人が半分以上、あとは中年の女性と子供。赤ん坊を抱いた数人の若い女性だった。

「見張りが一人しかいなかったから、助けてきちまったぜ。」

 老人の一人が前にでてきた。多分、村の長だろう。

「あの、どういうことなんでしょうか?」

 それはそうだ。

 数週間前に自分達を襲った盗賊が、今度は自分達を助けてくれたのだから。

「あの、こいつらが迷惑かけました!」

 あたしは、ホランの背中をどつきながら、村長に向かって頭を下げた。

「ほら、あんたも謝る!奪った食料や金品はもうないみたいなんだけど、女の人達は村に帰したから。こいつらしばらく護衛に使って下さい。それでチャラにはならないかもしれないけど。ごめんなさい。」

 ホランもあたしに押されながらも、素直に謝る。

「まあ、その、悪かった。」

 ホランの手下がざわめいた。

「いや、まあ、助けてもらいましたし、どうぞ頭をあげて。」

 村長は、いまだによくわからないという表情ながらも、あたしの肩に手をあてた。

「とりあえず、ここは移動したほうがいいぞ。いつ、村人達が逃げたってばれるかわからんからな。」

「そうね。」

 子供達や足の弱い老人は手下達がおんぶし、みなで村に向かった。

 

 村には、確かに老婆ばかりが十人ほど、ホランの手下数名と談笑しながら待っていた。かなり打ち解けた様子で、帰りたくないというのは、どうやら真実っぽかった。

「マジカ婆さん!無事だったか。他の者達も!」

 村長が、老婆に駆け寄る。

「村長かい。あんたら、他の盗賊に捕まってたんだって?」

「ああ、でも助けてもらってな。」

「そりゃ良かった。この子達は、確かに盗賊だけど、そんなに悪いもんじゃない。」

「でもマジカ婆さん…。」

「あたしらは、この子達の世話をやこうと思うんだよ。村には戻らないつもりだ。それを言いにきたのさ。」

 言わされているわけではなく、どうやら本気らしい。

「あの、すみません。なんで、盗賊と暮らそうと思ったんですか?」

 マジカ婆さんは、肩をすくめる。

「旦那も死んじまったし、子供達も大きくなって村を出ちまった。村じゃ一人なんだよ。自分のために作るご飯は、そりゃ味気ないもんさ。この子達は、あたしらのご飯を、美味しいってたいらげてくれる。洗い物も洗濯物も、そりゃ大量に出すんだ。」

 ニカッと笑うマジカ婆さんは、なんだか凄く嬉しそうだった。あたしだったら、絶対面倒くさいけどな。

「一人で暮らすよりは、こいつらの面倒を見てたほうが楽しい…そういうことですか?」

「その通りさ。この年で盗賊になるのも洒落てるだろ?」

 

 そういうのもありなのかな? ありかもしれないな。


「だそうです。村長さん。」

「はあ、まあ、本人達がそう言うならば。」

「なあ、村人達を一時的に避難させたほうがよくないかい?そろそろ奴さん達が気がつくだろうぜ。」

「そうね。きっと、ここに攻めてくるわね。村長さんあと足の速かったあなた…。」

「トロでさ。」

「トロね、村長を護衛して、一緒に警備兵?とかを呼んできてちょうだい。」

「警備兵ですかい?!」

「そうよ。捕まえてもらわないと、また何度でもくるわ。」

「俺達も捕まっちまうよ。」

「それはうまくやりなさいよ。あんたら、みんなお尋ね者なわけ?」

「いや、たぶん頭とハブ兄くらいかな。」

「じゃあ大丈夫よ。村長さん、こいつら村人ってことでよろしく。あと、ハブと数人で村の人達を安全なとこにかくまって。残りは家に潜んで盗賊を迎え撃つわよ。」

「姉さん、さすがだ!」

 みな、あたしの言う通り動き出した。

 

 村にいた馬みたいな動物…ホスーと言うらしい…に乗って、村長達は村を出て、村人達はハブについて避難を開始する。

「なあ、花梨は避難しないのか?あの力があるにしろ、もし万が一奴らに捕まったら、女の花梨は酷い目にあうぜ。」

「あんたが最初あたしにしたみたいに?」

 ホランは顔を真っ赤にさせる。案外、純情なのかもしれない。

「バッカ、あれはそんなんじゃねえよ。あんなのただ動きをとめようとしただけだ。女なら衣服やぶいちまえば、動けなくなっちまうからな。」

「そうなの?まあ、いいわ。そういうことにしといたげる。あたしは、まあ多分大丈夫よ。あんたの手下よりは、素手でも強いから。」

 本当は、指示だけして逃げたくなかっただけ。なんかずるいじゃない?口だしだけして逃げるなんて。

「じゃあ、あんまり俺から離れんなよ。」

 

 もしかして、気づいてる?

 あの力がまだ自由に使えないってこと。

 なら、なんであたしについてこようとしたんだろう?

 まあ、いいや。そのうちわかるわね。

 

 あたしはホランと同じ家に潜み、盗賊の奇襲を待った。この家には五人が隠れた。

 夜になり、フクロウが鳴く時間になっても、まだ盗賊達はやってこなかった。

「おかしいわね。もうきていてもおかしくないのに。」

 ホランが窓から顔が見えないように外を見ると、ニヤリと笑った。

「いんや。奴ら、もうきてるぜ。こっちの様子を伺っていやがる。」

 

 あたしも窓際に移動して、窓からこっそり覗いてみた。

 けれど、暗闇があるだけで、なにも見えない。月もたまに雲の間から顔をだすものの、たまにしか月明かりが漏れないため、ほぼ漆黒の闇夜である。

 獸人だから、夜目がきくのだろう。それならば、相手だって同じはずで、あたしにはかなり不利だ。

「ダメだわ。なにも見えない。せめて、月明かりがあれば…。」

「人間は不便だな。」

「全くね。で、なんで攻めてこないのかしら?」

「さてね。俺が気絶させた奴らが、俺が敵だって伝えたからじゃねえか?この辺りで、俺に逆らう奴はいないからな。俺がいないか、探っているんだろ。」


 早く旅にでたいし、襲ってくれないと困る。こんなとこで、盗賊とにらめっこなんてしてる場合じゃない。

「ねえ、盗賊の武器って、弓矢とか使う?」

「基本、剣だな。あと斧とか槍。弓矢は動物狙うときくらいかな。なんでだ?」

「じゃあ、若い女は?盗賊の獲物としてはどう?」

「そりゃ、獲物としたら極上だろう。売るにしろ、そうじゃないにしろ。」

 

 なら、いきなり飛び道具で殺されることはないわね。きっと、生け捕りにしたいだろうし、売るつもりなら、傷物は価値が下がるはず。


「そう…。次に月明かりがでたら、あたしが奴らを誘き出すわ。あとはよろしくね。」

「おいおい。」

 家にあった前掛けをつけ、その下に剣を隠し、扉の前にスタンバイした。

 窓から月明かりがこぼれる。雲も広範囲に途切れている。

 

 今だ!

 

 あたしは扉を大きくあけ、外に出る。手には桶を持ち、水を汲みにでてきたふうを装った。

 

 さあ、ここにあんた達の獲物がいるわよ。隠れてないででていらっしゃい。

 

 水を汲み、わざとらしく重さによろけるふりをする。

「こんな村に、こんな上玉が隠れていやがった。しかも妖精族ときてやがる。」

「親分、妖精族にしては耳が短いですぜ。」

「混血なんだろうぜ。」

「なんにせよ、上玉には違いねえ。」

 人相の悪い獸人達が、バラバラとでてきた。十五~六人くらいだろうか?親分と呼ばれている獸人を先頭に、下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。

「あなた達は?!」

 わざと怯えたふりをし、後退りながら前掛けの下の剣の柄を握る。さりげなく、ホランが潜む窓の前に移動した。

「泣く子も黙るガイル盗賊団だ。」

「ダサッ…。」

 思わずつぶやいてしまう。

「え?」

「いや、…えーと、やめて、近寄らないで!」

 

 ああ、なんかどんどん棒読みになっていくな。いくら顔が可愛くても、女優はむかないわね。

 

 ガイルは首をかしげながらも、あたしを捕まえようと、手下に顎で合図をした。

 手下が三人近づいてきて、あたしの間合いの中に入る。

「きやあー、やめてー。」

 わざとらしい悲鳴をあげながら、剣の柄で正面の獸人の腹を突く。獸人はグッ!と短くくぐもった声をあげると、そのまま前のめりに倒れた。


 窓が勢いよく開き、ホランが一番に飛び出してくる。

 その鋭い爪で二人をいっきに捕らえ、壁に叩きつけた。

「ホランだ!」

「ホランだ!!」

 ガイル盗賊団がざわつく。

 後退り、逃げようとする奴までいた。そこへ、隠れていたホランの仲間がでてきて、大乱闘が始まる。

 あたしも加勢し、数人の盗賊を気絶させた。もちろん、剣は峰打ちだ。

 最後、ホランとガイルの一騎討ちになった。というか、ガイル以外の盗賊はみんなのびてしまい、端から縄で縛られ、木につながれた。

「ガイル、二度とこの村に手出ししないと約束しろ!」

「どういうこった!?俺達の獲物を横取りしやがって!盗賊には盗賊の掟があるだろ。」

 ホランは、ボリボリと頭をかく。

「いやな、まあそうなんだが、俺達は盗賊は辞めたんだ。」

「ああ?」

「辞めたんだよ。で、SPとやらになった。」

「エスピー?なんじゃい、そりゃ?」

「私設の警備兵みたいなもんだ。そんなわけで、まあおとなしく捕まってくれ。」

「馬鹿か?!捕まれって言われて、ホイホイ捕まる奴がどこにいる。」

 ガイルは、ホランと視線を合わせたまま、逃走経路を模索する。あたしが一人立っているところが穴だと判断したんだろう。いきなり、あたしに向かって突進してきた。

「きゃあ、いやー!なんちゃって。」

 ギリギリのところで身をかわし、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。

 ガイルは予想外の攻撃に、アホ面のまま地面に転がった。なんで一回転して空を眺めているのか、理解できないというふうだ。

 ホランの手下が数人がかりでガイルに縄をかけた。


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