第4話

 どれくらい寝ただろう?

 

 すでに辺りは真っ暗で、焚き火の回りだけが明るい。あたしは枯れ枝がパキッとなる音で目が覚めた。

 起き上がり、辺りに目をこらす。

 視線は辺りを探りつつ、近くに置いておいた木の枝に手を伸ばす。一応、小学生のときから、剣道と合気道をやってる。何度痴漢を撃退したことか。


「だれ!?でてきなさい!」

 背中を大岩に預け、枝を竹刀のように構えて立つ。

 暗闇の中から、三人の男が現れた。焚き火に照らされたその姿は、人間のものではなかった。

 獸と人間が交わったようで、大きな獸の耳やフサフサしたしっぽがはえている。


「こんなとこに、妖精族がいやがるぜ。」

「妖精にしちゃ、耳が短けえな。」

「混血なんじゃないか?」

「捕まえて売れば、かなり高値がつくんじゃないか?」

「混血だぞ。」

「とりあえず、頭のとこに連れて行ってみようぜ。」

「それがいい。」

 

 あたしを捕まえることで話しがまとまったらしい。

 男達は手にナイフを持ち、あたしを囲むようにジリジリと近寄ってくる。

 あたしの間合いに入ってくる。

 小さく掛け声をだし、一人のナイフを払いあげ、突きを繰り出す。男は後ろに吹き飛ぶ。 そのまま、もう一人に面を決める。二人は気絶してしまったらしく、倒れて動かない。が、木の枝は折れてしまった。

「この野郎!」

 素早い動きで飛びかかってきたが、その勢いを利用して投げ飛ばす。男は顔面から大岩に突っ込み、鼻血を出してうずくまった。


 とりあえず、こいつらを縛って…。

 

 後ろ手にして、弦で縛り上げる。

 そうしているうちに、空が白々明けてきた。

 三人目を縛り上げたとき、砂利がなる音がした。振り替えると、熊のような大男が、その身体に似合わない俊敏さで突進してきた。 さっきの三人と違い、大ぶりの剣を持っている。

 紙一重で剣を避けると、男の腕をねじりあげた。男は苦痛に顔を歪め、剣を手から落とした。落ちた剣を思い切り蹴飛ばし、川へ落とす。

 その一瞬、掴んだ手がわずかに緩んだのを男は見逃さなかった。

 身体を回転させ、あたしの手から逃れると、力任せにあたしを押し倒し、マウントポジションをとる。

 しこたま背中をうちつけ、一瞬息が止まる。

 さすがに、ウェイト差があり過ぎた。もがいても男から逃れることができない。


「離して!」

「あんたは狂暴すぎっからな、誰が離すかよ。うちの手下、三人ものしてくれて。」

 男の手が、あたしの胸にのび、制服を引き裂こうとする。ボタンが千切れ飛んだ。

「やめて!」

 胸ポケットに入っていた写真が落ちた。

「なんだ?これ、絵か?」

「返して!触らないで!それだけはダメよ!」

 ユウの写真を取られた怒りで、 目の前が真っ赤に染まり、髪の毛が逆立つような感じがした。

 

 いきなり、辺りの空気が重くなったように感じる。

 

 そのとたん、男が弾けとんだようにあたしの上からいなくなり、岩にへばりついた。上からギューギュー押されているように、男の顔が歪む。

「な…なんだ、これ!」

 あたしは胸元を押さえて立ち上がると、男の手からユウの写真を奪い返した。多少折り曲がってしまったが、破れていないことを確認すると、胸ポケットに大切にしまった。

「く…苦し…い。俺の負けだ!あんたに全面的に従うから、この魔法を解いてくれ。」


 魔法?

 これ、あたしがやってるの?

 

 確かに、いまだに景色が赤く見えている。普通の状態でないことは確かだ。

「もう襲ってこない?」

「俺の剣に誓って。」

 あたしは目をつむり、気持ちを落ち着かせた。怒りが引いていくと、目の前の赤さもスーッと引いていく。

 男が岩から離れ、ドサッと落ちた。

「ふう…、助かった。」

 男は地面にあぐらをかくと、頭をボリボリかいた。

「参ったな。自慢じゃねえが、生まれてこのかた、負けたことなんてなかったんだけどよ。ひ弱な妖精族に負けちまうなんて。まあでも約束だ!あんたの舎弟になるぜ。俺はホラン。姉さんは?」

 約束って、そんな約束してないし!

「あたしは花梨。佐藤花梨。ひ弱な妖精族ってなによ。」

「花梨姉さんか。」

「姉さんはやめて!か・り・ん!で、妖精族ってなんなのよ。」

 第一、こんなムサイの相手に、姉さん扱いは勘弁だ。

「妖精族は妖精族さ。俺は獸人族。ほら、耳としっぽがあるだろ?花梨姉…。」

 あたしにギロッと睨まれ、ホランは慌てて言い直す。

「花梨…は、妖精族じゃねえのか?確かに、耳が妖精族よりは短いみたいだな。でも、見た目は妖精族みたいだけど。あいつらは、細っこくて、整った顔をしてやがるんだ。魔法が、特に治癒系が得意だな。攻撃系もたまにいるけど、花梨…みたいな魔法は聞いたこともないぜ。」

「あたしは人間よ。妖精なんかじゃないわ。」

「人間!まじか?!」

 ホランは、びっくりしたように目を見開いた。

「この世界には、人間もいるの?」

「人間か、俺は初めて見たぜ。話しには聞いたことがあるがな。たまに流れてくるらしいな。」

 

 流れてくる?

 流された記憶なんてさっぱりないけど。


「ここはどこ?」

「ザイール国さ。もうちょい南に行けば、アインジャ国との境になるけどよ。」

「人間は、よく流れてくるわけ?」

「さあなあ?珍しいんじゃないか?俺は二十年生きてっけど、会ったことはないな。都に行けば、いんのかもしんねえけど。」

「そう…、わかったわ。で、都ってどっち?」

「北寄りだな。あっちの方角だ。」

「ありがとう。」

 

 鞄を持って、ホランが指差した方向に行こうとすると、ホランが慌ててあたしの腕を掴んだ。

「ちょいちょいちょい。待った待った。気の早い姉さんだなあ。そんなかっこうで、たいした荷物も持たずに都まで旅するつもりかよ。」

「そんなかっこうって、あんたがやったんじゃない。もう、ボタンはとれちゃうし、制服は破れちゃうし。針と糸なんてないんだから、どうしてくれんのよ。」

 女子力的にはどうかとは思うけど、料理や裁縫はからきしできないのよ。できないから、持ち歩くこともしていない。

「それは悪かった…じゃなくて、都まではまだこの山を下って、森やら林やらを越えないとだし、盗賊の俺が言うのもなんだけどよ、他の盗賊やら熊や狼とかの獣もでるんだぜ。花梨の能力がありゃ、へでもないだろうけどよ、ちょいとは武装したほうがよくないかい?」

「確かに一理あるわね。でも、あたし、お金持ってないわ。あんた、…なんだっけ?」

「ホランだよ。」

「ホランね、ホランは盗賊なのね?」

「ああ、頭をやってるぜ。」

 あたしは、パカンとホランの頭をはたいた。

「あんた、あたしの舎弟なのよね?なら、他人から物を盗むのは禁止よ。あたし、そういうの大嫌い!人に迷惑かけんじゃないわよ。人の役にたちなさい。」

「はあ…。」

「武装のことは、おいおい考えるわ。そうだ、あんたの手下、ほどいてあげなさいよ。じゃ、そういうことで。」

 盗賊なら、あまり関わらないほうがいいだろうし、実のところ盗賊の舎弟なんてほしくもない。

「待てって!俺はあんたの強さに惚れたんだ。俺もついてく。」

「お断りします。あたしは好きな人がいるの。惚れられても困るし。」

 

 こんなゴツくてムサイのから告白されてもね。


「花梨、都に行くんだろ?こっちのことはわかんねえだろうし、案内人がいたほうが絶対いいって。盗賊だってよ、すっぱりきっちりやめてやらあ。」

「頭~!」

 いつの間にか気絶から覚めた手下三人が、縛られたまま情けない声をあげた。

「そういうことだから、おまえらも達者でな。みんなにもよろしく。」

 ホランは、川へ落とした剣を拾うと、手下達を縛っていた弦を切ってやった。

「待ちなさいよ。あんた、手下って何人いるのよ?」

「えーと、三十人くらいじゃねえかな?」

「頭、四十三人です。」

「ああ、まあ、それくらいだな。」

「あんたね、自分の仲間のことくらい把握しなさいよ。そんなにいるなら、あんたには頭としての責任があるはずよ。盗賊はみんなでやめて、義賊になりなさい。困ってる人を助けるの。」

「姉さん、それで俺らはどうやって生きていくんだい?」

 

 姉さんって、手下までなんなのよ。

 

 あたしは、なんとかこいつらと離れたくて、色々考える。

「そうね…。盗賊や獣がでるのなら、それから人々を守るの。そのお礼として、お金や食べ物を貰えばいいわ。お礼を貰うなら義賊じゃないわね、SPみたいな仕事かしらね。」

「SP?」

「護衛、警備、そんな感じよ。」

「わかりました!俺ら、そのSPとかいうのやってみます。頭が戻ってくるまで頑張りますから。」

「頭、気をつけて行ってきてください!」

「おまえら!おう、花梨姉…花梨についていって、もっともっと強くなるからよ。おまえらも、立派なSPとやらになりやがれよ。」 「はい、頭!」


 あー、もう、うざいな!


「わかったわよ!勝手についてくればいいでしょ。あたしは、人を探してるの。邪魔だけはしないでね。」

「姉さん、誰を探してるんで?」

「ユウよ。青木ユウ。あたしの幼なじみなの。ほら、この子よ。」

 あたしは、ユウの写真をみんなに見せた。

「へぇ、こりゃまた清楚な感じの娘さんで。」

「お・と・こ・の・こ!あたしの一番大切な人なんだから。」

 写真を大切にしまった。

「花梨、やっぱりそのかっこうじゃ、旅はむかないぜ。トロ、ひとっ走りして、色々揃えてきてくれないか?衣服やマント、花梨が持てそうな武器、あと保存食もな。」

「わかりやした!」

 トロと呼ばれた男は、すぐに走って行ってしまった。

「あいつは、うちの仲間ん中じゃ一番の駿足だ。すぐ戻ってくるから、少し待ってくれ。」

「わかったわよ。ああ、もうお腹すいた!あんたらの相手してたら、すっかり朝になっちゃったじゃない。」

「タグ、おまえ木の実とってこい!サブ、おまえは魚だ!」

「おう!」


 あたしは、石の上に座り、足を組んで獸人達が朝食の準備をするのを待った。


 ホランもサブと一緒に魚取りをしている。釣るって概念がないのか、ひたすら熊みたいにつかみ取りだ。でも、なかなか取れない。二人ともかなり俊敏なんだけど、水の中の魚にはかなわないみたいだ。

「…しょうがないわね。」

 あたしは、昨日作った釣竿(紐にヘアピンつけただけだけど)を鞄から取り出すと、彼らより上流で釣りを開始した。

 

 五匹ほど釣り上げたあと、魚を弦で縛ってホラン達のもとに戻ると、二人で三匹の魚をゲットしていた。木の実を取りに行っていた獸人も帰ってきている。

「ほら、魚。あら、あんた達も三匹とれたのね。でも、火を起こさないとだわ。焚き火、消えちゃったものね。あんたら、火打ち石みたいなのは持ってないの?」

「火打ち石?火なら、ほら。」

 ホランが指をならすと、指先から青い炎がでてきた。その炎で焚き火に点火する。

「なにそれ?マジック?便利ね。」

「魔法だ。俺は火の魔法と相性がよくてな。でも、攻撃するくらい強力なのは無理だ。出せてこれくらいだ。身体強化魔法が主だな。」

「どんななの?その身体強化魔法って。」

 

 ホランはウオーッと叫ぶと、大きな身体がさらに大きく盛り上がり、爪が鋭く伸びた。黄色と黒い体毛が逆立ち、身体を鎧のようにおおった。

「へぇ、変身?みたいな?あなた、虎の獸人なのね。みんな、そんなふうに変身するの?」

「いや、身体強化魔法を使える奴だけだな。」

「凄いのね。」

「花梨のが凄いぞ。あんな魔法、初めてみた。見えない手で潰されてるみたいだったぜ。」

 

 見えない手…?潰される…?

 もしかして、重力みたいなものかしら?昔見たアニメに、重力を操って戦うなんていうのがあったような。もし重力なら、重くすることも、軽くすることもできるかも。

 

 そんな話しをしているうちに、魚がいい具合に焼けた。

 とりあえず、みなで焚き火を囲んで朝食に魚を食べる。

 

 なんか、変な感じだ。

 

 盗賊と焚き火を囲んで、女子中学生が魚をかじる。しかも盗賊達の見た目は人間じゃないし。

「頭、遅くなりやした。うちのかかあの持ってきたんすが、色々聞いてきてうるさくて。あと、ハブの兄貴が…。」

「頭!!どういうことだ?!」

 凄く身長は高いけど、ヒョロッとした見た目の男が、凄い剣幕でホランに詰め寄った。

「おう、うちの賊はおまえに任すぜ。俺は最強の奴に出会ったんだ。俺は負けたのさ。」

 ホランがハブと話している間、トロがあたしに持ってきたものを見せてくれた。


 衣服は、頭からかぶるようなもので、ウエストのところで紐を縛るだけみたい。ズボンのようなものもついてる。ポケットがないかわりに、ウエストを縛る紐に通して使うポーチみたいなのがあった。衣服の上にマントを羽織るのは、日除けや防寒という意味もあるんだろうけど、野宿するときに下に敷くためでもあるらしい。

 

 あとは干し肉とかの保存食や、短刀とか水筒だろうと思われる筒、それらを入れる斜めがけの鞄。それに細みの剣まで。

「これ、全部もらっていいの?」

「もちろんでさ。衣服とかはうちのかかあのお古でわりいな。ちょいとデカイかもだけど、縛れば大丈夫。」

「この剣は?」

「姉さん、剣の使い手だろ?木の棒で俺達のしたくらいだかんな。こいつは、この前奪った…いや、頂戴したんだよ。」

 

 盗品ってことね。聞かなかったことにしよう。


「ありがとう。全部、頂戴するわね。」

 あたしは、草陰に入って衣服を着替えた。ユウの写真をポーチにしまうと、制服をどうしようか悩んだ。こんなにビリビリでは、もとの世界に戻れたとしても、なおせないだろうし、なにがあったのか親が心配するだろう。なにより、持ち歩くのは邪魔だ。

「ねえ、あたしの洋服と荷物、預かっておいてくれない?」

 鞄に制服をつめると、トロに渡した。

「わかりやした。命にかえてもお預かりしますぜ。」

「いや、そんな重く考えなくていいから。」

「花梨姉さん!」

 ホランと話し終わったのか、ハブがあたしの前に来てガバッと地面にひれ伏した。

「花梨姉さん、頭のこと、よろしくお願いいたします!俺らは、花梨姉さんの教えの通り、盗賊から足洗って、姉さんと頭の帰りをお待ちしますから。」

 

 お待ちって…、待たれても困るし。


「ま…、とりあえず行くわ。洋服とかありがとね。火の始末しといてね。じゃね。」

 

 うっとおしいから、早くここから離れてしまおう。


「姉さんの探し人、俺らもあたってみますんで!」

「あ、それはよろしく!」

 あたしは手をヒラヒラ振って歩きだした。

 ホランも後ろを何度も振り返り、手下にブンブン手を振りながらついてきた。

 

 この世界のことはなにもわからないし、案内人がいるのは悪いことじゃないだろう。腕はたつみたいだし、護衛にもなる。

 とりあえず、目的地もできたことだし、よしとしよう!

 あたし達は都へ向けて歩きだした。

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