第1階層 マテウス=ケルナーの場合⑬
「飛び級を望む理由は?」
胸の裡での疑念から、思わず口を衝いていた問い。ただの小悪党ならともかく、零落した
とは言え元は武門の頭領の誉れ高いケルナー家の継嗣、堕ちた先が地獄であろうとその
気概は失われてはいない筈。父同様、ともすれば頑固者と揶揄されるような生真面目さを
持つ彼が選んだにしては余りにも安易な逃げ道。
己を律し、内省することで自身を保つきらいのあった兄が敢えてこの道を選んだ理由を――
仕事と言うより、弟として知りたいと思った。まだ自分の知らない兄の顔があるのかも
知れない。だが質問の後、訪れる長い、間。
考え込んでいるのか、口にするのを躊躇っているのか、インカムの先からの応答は以降、
幾ら待てどもまるで返らず。問い掛けに密かに後悔し始めた頃――
「……弟に、謝りたい」
そして叶うなら次こそは普通の兄弟として共に生きてゆきたい。
俺のせいであいつの生は奪われてしまったから、来生ではそうならないよう俺が、護って
やりたいんだ。
……俺に、謝る? 長い間の後に紡がれた理由に合点がいかず、どういうことかと更に
空いている方の耳を片手で塞ぎインカム越しの声に耳を澄ます。
謝らなければならないのは、どちらかと言えば自分の方だ。なのに何故。
「地獄の罪人は――」
天寿を全うするまでは次の生へ行けないだろう? ……俺の天寿は50年だ。
罪状欄の「反乱及び自死」を複雑な思いで見据えながらじっと耳を傾ける。
どちらもきっとあんなことにならなければ刻まれることのなかった罪だ。ぎり、思わず
噛み締めた歯が嫌な音を立てる。だが元々500年の天寿が50年になっているのだから、
本当は50年をきちんと勤め上げて来生へ向かうのが正しい道だ。……それも十分解ってる。
「だがそれでも」
きっとあいつは先に天界に逝っているだろうから、これ以上遅れて次の生で一緒に
居られなくなる可能性を減らしたい。もうあいつを独りにさせたくないんだ。だから。
「……飛び級しかないと、思った」
人にも数えられるようになったと言っても50年の寿命は短いようで長い。
追いつきたい相手が居るなら猶更だ。縮めることが出来るというなら、何だってするさ。
それが地獄に堕ちてまでも、幾度も誰かを押し退けながらひたすら登り詰めようとした
理由だから。
そう告げて再びインカム越しに笑う気配。けれどそれは先程の暗い響きを持つものとは
違った、自身の決意を載せたもの。静かだが揺るぎない意志に満ちた言葉に、胸が苦しく
なると同時に、こみ上げる感情があった。
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