第4話
私が勤めている会社には、メンタル室というものがある。社員がストレス等で心の健康が崩れないようにと、数年前に開設されたらしい。此処では、仕事に関わる予備知識や社会人としての礼儀等の教育も行っている。それを通じて心の健康を保つのが目的だとか。教育を行う講師を、先生と呼んでいる。講師も社員だ。講師の中に、とても個性的な先生が居る。
その先生は『俺が一番』タイプな人だがその、俺が一番、をそのまま発言している人だ。実際、私達が知らない計算式やプログラムの構図をほぼ理解していて、それを私たちに授業で教えてくれる。自分があんなに難しいプログラムを解読できるのかと、驚く程だ。だから誰も先生には逆らわないし、陰口も云わない。最初は怖い人かと思ったけれど、授業を通じて先生の本質に触れてゆくと、段々先生を好きになる。
○
私は疲れた時にこのメンタル室に来る。心も体も疲れた時、愚痴りたい気持ちになる。愚痴らないと決めた筈なのに抑えられなくなりそうな事もある。そんな時に此処に来る。先生に、会いたくなる。けれど先生に会ったら、愚痴なぞ恥ずかしくて云えなくなる。そんなのは低次元だって思うような話を、先生は繰り出す。多分、私の顔色を見てどんな気持ちで来たのか解るのだろう。私は本能的に救いを求めて此処に来るのだろうか。
メンタル室の本棚に、私が持っている哲学の本と同じ物を見つけた。何だか嬉しくなって、本の話をした。そうしたら先生の座右の銘は、唯我独尊だと云った。私は昔からその四字熟語が理解出来なかった。
人は自分だけでは自分の存在を確立出来ないというか。他人が居てこそ、比較する何かがあってこそ成り立つのではないか。そもそも自分しか居ない世界で確立する必要が無いのではと。第一、世界に自分一人だけなんて恐ろしすぎる。
先生は幾つか唯我独尊の根拠を述べたけれど、多分根本から考え方が違うのか、私には最後まで理解出来なかった。私と先生は、絶対的に何かが違うと思っているので、納得したような気もしたけれど。昔からある四字熟語の解釈が出来ない自分に少し、落ち込んだのも事実だ。
○
休日は一人で過ごす事が多い。先日新しいパソコンを買ったので、予定のない日はSNSを見たりする。友人達の愉しそうな写真がチクリと刺さる。仲の良い友人はA市とC市に住んでいる人ばかり。私が住んでいるB市は、どちらからも車で四十分以上かかるので滅多に夜遊びが出来ない。A市かC市に住んでいたらバスやタクシーに乗って、気軽にお酒を飲めるのに。縮まらない物理的要素。住んでいる土地から、スタートラインが違うのだと感じた。
○
職場では、私の仕事が多い気がする。新卒でこの会社に入りアラフォー超えの女性が多いこの職場で私は若い世代になる。ちょっと資料が必要な仕事になると、若い人の方が向いているわねぇ、などと云ってサボろうとするオバサンが結構居る。その辺は上司も勘づいているらしく、オバサンに任せて放棄されるよりは、と私に仕事を頼んでくる。
結果的に単純な仕事はオバサンに行き、責任感の度合いが高い仕事が私に来る。仕事だからやる。出来ない事情があるからではなく、やりたくないから、が通用する職場もどうかと思うが。
これが新卒で入社して、三十年以上同じ会社に居るおんなの姿か、と一つの形を見る。この人達って就職で苦労してこなかったから、経済的に苦労した事も無いんだろうな。旦那も居て、安心して太れる生活なんだろうな。嫌味ではなく、本当にそう思う。ナンデ私バッカリ。云いたくないけれど、出てしまいそうになる。
フリーターやハケン生活の方が長い私に、きっと忍耐が足りないのだろう。自分が不満だからといって、先に他人をけなしてはいけない。まず自分に原因が無いかを探るのだ。オバサンのあら探しをしていたら、私がそちらの世界に近づいてしまう。考えるのをやめよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます