第3話

 高校を卒業してからはフリーターやハケン生活を送り、二十七歳の時に今の会社に就いた。いわゆる就職氷河期を経て、やっと就職したという感じなので、新卒で採用されて黙っていても昇給するようなオバチャン達のような愚痴などは云わないと決めていた。


 ライブハウスに通い始めたのは二十歳位の時。ライブハウスでお酒を飲んでみたい、と友達と行ってみたのがきっかけだ。その時に見たバンドが物凄く印象的で好きになってしまい、その後のライブも見に行っている。

 ほぼ毎週通う内に、知っている顔も増えてきた。一緒に行っていた友達は違う趣味を見つけたのかバンドに興味が無くなったのか、気づいたら一人でライブハウスへ行くようになっていた。


 嫌な事もあった。男漁りに来ているようなブリッ子女子に気に入られて、毎日のようにメールが届いたりした。内容が無い、当時で言うゴミメールが。多分私が、バンドをやっている知り合いが増えているので近づきたかったのだろう。彼女は就職だか結婚だかで地元の関東地方に帰っていったらしい。

 ストーカー気質の気持ち悪い男に気に入られて頻繁にメールが届いた事もあった。気持ち悪いバンドマンだった。幸いだったのか、そいつのバンドメンバーと私は仲が良かったので何とか解決方向に向かった。私はメールが嫌いになった。


                  ○●


 会社では入社三年目で、中々微妙な立ち位置だ。新人でもないし、新卒で入社して何年も社員をやっている人ほどのキャリアもない。新入社員に質問されたら答えられる程度だ。

 それでも自分の担当の仕事にはそこそこ慣れてきたので、同じ職場の人と話す余裕は出来てきた。


 話す内に仲良くなったメンズがいる。どうやら彼も音楽に多少興味があるらしい。今世界中で人気のある歌姫がお気に入りだと云った。私は、その歌姫の曲はテレビでチラッと聞いた位だ。以前のアルバムはテクノ要素が入っていると聞いて興味が沸いた。

「聞いてみる?」そう云って彼は、その歌姫のアルバムをCD‐Rに焼いてくれた。 

 本当はこのCDを焼く、という行為はあまり好きではないのだが、貸し借りする手間や返すのが気になって落ち着かない、等という心持ちを考えたら合理的なのだろう。確かに職場相手の彼には、こちらの方が気は楽だ。


 帰宅して、早速彼がくれたCD‐Rを聞いてみる。パソコンを持っていない私の為だろう、手書きで曲順を書いた紙が同封されていた。一枚十曲以上収録のアルバム四枚分の。

 彼の筆跡を眺めていたら、彼の使っている香水のにおいがした。頭の中に、職場で接する彼の映像が蘇る。よく考えたら中々の美形だよねぇ……気持ちが良くて頭がくらくらする。男はキザな位が丁度いいと思った。

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