第10話

 「ああ、これは夢か」


 ユートはやつれた顔で天井を見上げそう呟いた。目の前には紙の山が沢山置かれている。


 「現実逃避は良いですから手を動かしてください」


 そう言うリヒスもやつれた顔をしている。ユートとリヒスは今、ユートの自室という名の執務室で五つ紋議会の外交担当としての仕事をしていた。

 ユート達が鉱石を採って帰ると依頼通りギルドは増築されていた。そして、部屋割りも決めた後ユートが自分の部屋をあけると天井まで届いた紙の山が沢山置かれてあった。ユートはリヒスに泣きつき二人で作業したおかげで分量は1ヶ月で半分ぐらいまで減っていた。


 「リヒス、休んでいい? 俺頑張ったよ」


 ユートがそう言うとリヒスが恐い顔になった。


 「ギルマスより数倍早く仕事してるんですけどね~!」


 ユートが怒らしてしまったリヒスをどうなだめようか思っているとドアが開いた。


 「ナハトちゃんがお使いに行ってきたよ~」


 ナハトは自分の身長よりも高い紙の束を降ろし机の上に乗せた。そして部屋から出て行った。


 『…………』


 二人は黙って置いていかれた紙の束を見ていた。そして


 「じゃあ、私昼ごはん作ってきますね」


 そう言ってリヒスはユートの部屋を出た。後にはユートと大量の紙の山が残っていた。



 「私、もう疲れました」


 ルミアはお昼ご飯を食べながらそう言った。ルミアもユートと同じように仕事をしていた。


 「だよね~ここ最近もずっと仕事してるもん。ナハトちゃんもうお使いにも飽きたよ~」

 「イビル……もぉ……」


 そう言う二人を眺めていたユートは一人足りない事に気がついた。


 「あれ? エウロパは?」

 「エウロパちゃんはずっと自室にこもってなんかやってたよ~」


 そんな話をしているとルミアがふと……


 「海に行きたいな……」


 そう呟いた。すると、その意見にナハトが食いついた。


 「ナハトちゃんも海行きたい! 行こうよ~ギルマスゥ」

 「俺も行きたいけど、どこに行けばいいんだろう?」


 ユートがそう言って頭を悩ましていると大きな音を立てて玄関のドアが開いた。


 「話は聞かせて貰った! このお姉ちゃんに任せとき!」


 そう言ってティーナが入ってきた。後ろにはフィナが書類を持って立っている。


 「どこから聞いてたんですか?」


 ユートは玄関のティーナに向かって言った。


 「ルミアちゃんが疲れたって言った所から」


 ティーナはそう言って目の前のソファーに座った。フィナはユート達の部屋に書類を置きに行った。


 「だから、場所を教えてあげる!」


 そう言うとティーナは鞄から地図を取り出した。


――この人用意良すぎないか?


 ユートはそう思ったが何も言わずにティーナが挿している場所を眺めた。


 「ここが一番のお勧めやね」


 ティーナが指差した先には[ビネンメーア]と書かれている。ここからそこまで遠くは無さそうだ。


 「ねえねえ。何でここが良いの?」


 ナハトは無邪気にティーナにそう聞いた。


 「ここはね、かにが沢山居て美味しいんよ」


 ルミアがそれを聞くとクレイドほうを向いて聞いた。


 「かにってなんですか?」

 「そういえば王室の食事には出ませんでしたね」


 クレイドは紙に絵を書いて教え始めた。

 

 「ありがとうございます」


 ユートは地図を直し始めているティーナに向かって言った。


 「お礼なんてええよ。その代わり私達も行きたいな~って」


――そこが目当てか


 ユートはそう思った。そしてティーレ向かって聞いた。


 「良いですけど。どうやって行くんですか? 僕ら朽ちた竜ボーンドラゴンで行きますけどそんなに人乗れませんよ」

 「それは大丈夫です」


 いつの間にか戻ってきたそう言って、フィナが鞄から巻物を取り出して机の上に置いた。


 「これはこれは転移ワープの巻物です」


 ユートが転移ワープの巻物について質問する前にナハトが口を開いた。


 「転移ワープの巻物ってなに?」


 フィナではなくティーレ口を開いた。


 「そのままやで。使ったら転移ワープ出来るんよ」


 ユートがプレイしていたゲームには転移ワープの巻物などは無かった。そのためユートには物珍しかった。


 「それなら直接それで行けば良いんじゃないですか?」


 しかしその疑問に答えたのはフィナだった。


 「原則として、この巻物に登録されたところから巻物がおかれた所までしか転移出来ませんし巻物に登録されたところから巻物がおかれた所までの一方通行なんですよ」


ーーそんなに便利じゃないな。


 「で、これをどうすればいいんですか?」

 「これには私のギルドが登録されているから、ビネンメーアに行って設置して欲しいんよ」


 そう言うことならとユートは了承した。その話が終わった後ティーレとフィナは出て行った。するとリヒスが思い出したようにユートに言った。


 「エウロパにも言ってあげないと」

 「それもそうだな」


 ユートはそう言ってエウロパの部屋がある二階に上がり扉のドアを開けた。

 そこにはエウロパが倒れていた。ユートは急いで起き上げた。


 「おい! どうした!」


 ユートは何か異変があったのかと思ってエウロパに聞いた。


 「腹が……減ったっす……」


ーーこいつほり投げようかな。


 ユートはそう思ったがすぐに思い直しエウロパを一階まで運び昼ご飯を食べさした。


 「いやーお腹いっぱいっす。ここ三日間何も食べてなかったっすから」

 「そう言えば最近見てませんでしたね」


 リヒスがそう言うとナハトがエウロパに言った。


 「そんなにこもってなにをしてたの?」

 「それは内緒っす」


 エウロパはそういってにやっと笑った。

 そして、ユートは海に行く予定のことをエウロパに話した。

 

 「私も行くっす」


 エウロパの賛成も得られたらのでユートは準備をしようと思いふと思い立った。


ーーそういえば俺達水着なんか持ってないな。


 するとフィナからフレンドリィチャットが入った。

 

 「水着が無いのでしたら、私にお任せを!」


ーーこの人は俺の心の中が読めるのかな?


 ユートはそう思ったがほかに頼る人もいなさそうなのでフィナに頼むことにした。


 「じゃあお願いします」

 「わかりました! じゃあ今からイビルちゃん、ナハトちゃん、ルミアちゃん、エウロパちゃんを私のギルドまでこさせてください。もちろん他の人の分も作りますよ」

 「了解です」


 ユートがそういうとチャットが切れた。そしてユートは四人に今話されたことを伝えた。


 「わかったっす。みんな行くっすよ」

 「わかりました」

 「ナハトちゃん行きたくないな~」

 「イビル……もぉ……」


 ナハトとイビルがそういったがうまくごまかしてギルドまで向かわした。そしてユートのギルドには三人が残った。


 「ギルマス、じゃあ再開しましょうか」

 「そうだな」


 そう言ってユートとリヒスは仕事を再会するため部屋に戻った。


 「では、私もそうしますか」


 そしてクレイドも仕事をするため部屋に向かった。



 日が暮れかけた頃四人が戻ってきた。顔はやつれている。手には全員分も水着を持っていた。


 「もう行きたくないっす」

 「ナハトちゃんも」 

 「イビル……も」


 そう言って三人は地面に座り込んだ。ルミアは他に普段着ももらったらしくクレイドに見せに行った。


 「まあまあ、これで準備もできたし良かっただろ」


 ユートがそう言った時リヒスが夜ご飯の良い匂いがしてきた。すると瞬く間に三人の顔が明るくなった。


――まあ、食べたら嫌な事忘れるだろ。


 その匂いに釣られてかルミアとクレイドも部屋から出てきた。


 「ルミアちゃんその服かわいいですね」


 キッチンで支度をしていリヒスがルミアに向かって言った。


 「フィナさんに貰ったんです。フィナさん優しい人ですね」


 ルミアがそう言うと四人は首を千切れるんじゃないかと思うぐらい早く横に振った。しかしルミアはクレイドのほうを向いている。


 「とりあえず夜ご飯にしましょうか」


 リヒスがそう言ったのでユートも手伝いをしようとキッチンに向かった。ルミアとクレイドも三階から降りてきている。

 ユートがリヒスを手伝っているとナハトが料理を乗せた皿を持ってユートの目の前を通り過ぎた。すると……


 「あ~~~~~」


 そう叫んでナハトが持っていた皿をひっくり返した。


――またやらかした。


 ユートはそう思いながら落ちていく皿を空中で受け止めた。料理は一切こぼれて居ない。

 この後海に行く話しをしながら夜ご飯が始まった。



 「まだ、ギルマスゥ起きてないよね」

 「大丈夫だと思うっすよ」


 ナハトとエウロパはユートの部屋に忍び込んでいた。二人とも今日の出発が待ちどうしくて早く起きてしまった。そのため暇な時間をユートに対する嫌がらせで潰そうとしている。


 「じゃあ、せーのっ!で行くよ」

 「了解っす」

 「じゃあ、せーのっ!」


 その掛け声と共に二人は跳ねた。そして着地点はユートの上だ。


 「ぐふっ」


 と言う声を立ててユートは飛び起きた。そして目の前に居る二人を見て何が起こったのかを察した。そして自分の上に居る二人に言った。


 「とりあえず重いから降りてくれ」

 「は~い」

 「しかたないっすね」


 ユートはのそっと起き上がった。


 「それで、何しに来たの?」

 「早く起きちゃったから、どうにか時間潰そうと思って」

 「それで、俺を起こしに来たと」

 「そう、嫌がらせにね!」


――こいつ、嫌がらせって言い切ったな。


 ユートはこの二人を置いておくわけにもいかないので二人と共に他の人が起きてくるまでリビングで待った。

 そしてこの二人は朽ちた竜ボーン・ドラゴンの上ですやすやと眠った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る