第47話

 マリアの運転は、まるで長年ハンドルを握って来た人であるかの様に、全く危なげが無かった。

 こと、機械ものの操作に関してはマリアには恐ろしい程のセンスと云うか、適性が有ると隆は感じていた。

 運転しながらの魔物のも、まるでやり慣れた作業であるかの様にこなしている。

 ふと、スピードメーターを見ると時速80kmの辺りを指しているが、徐々に加速したせいか、誰も怖がっていない。

 後ろの席からエルシドがちょっと引き気味ではあるが感心したように言った。

「さ、流石はマリア様ですね! と、とても初めて運転されているとは思えませんね!」

「……ん、……止まり方、……忘れた」

「「「「「「「「!!!!ま、マリア様(嬢)!!!!」」」」」」」」

「……冗談」

 冗談に聞こえない恐ろしいマリアの冗談だった。

 あっという間に草原地帯を抜けて、川沿いに南下する道へと入る曲がり角も危なげなく減速して曲がって行った。

 丁度休憩所に居た商人達のキャラバンと護衛の冒険者たちは何事かと大慌てで道沿いに出てきたが、爆走する馬の居ない馬車に驚いて立ち尽くす彼らの前をマリアは軽く手を上げただけで素通りしていった。

「マリア、本当に運転がうまいですね……」

「……ん、……レベルアップ、……恩恵?」

 マリアは運転中にも関わらず隆の方を見てから、一寸考える仕草をして続けて言った。

「……動き、……気配、……よく判る、……予測、……簡単」

 隆も向こうで運転した時に思っていたことなので、マリアの言っていることは凄く良く判った。

 ちょっと集中すると、まるで自分を中心にした周囲の出来事が見えて居ないところまでも、全て把握出来てしまう様な感覚があるのだ。

「ああ、判ります、これってレベルアップの影響だったのですね……」

「……ん」

「タカーシ様、わたくしも運転を覚えたいです……」

 隆の隣に座って、マリアの運転する姿を羨ましそうに見ていたシルビア嬢が言った。

「そうですね、城に帰ったら練兵場で練習用の小さめの車を出しますね、それで皆さんも練習してみて下さい」

「私が一番で良いですね?」

 シルビア嬢がちょっと甘える様に隆にしな垂れかかって言った。

「ももも、勿論です!!」

 左腕に感じるシルビア嬢のぬくもりと柔らかさにドギマギしながら頬を真っ赤にした隆は答えるのだった。




 フロンテラを出て30分弱、目の前には既にフォルタレッサの第二城壁と北門が見えて来ていた。

 途中で運転を変わろうと思っていた隆だったが、結局最後までマリアが運転してここまで来てしまったのだった。

「驚きましたな、本当にフロンテラからたった30分で戻って来てしまうとは……」

 伯爵は関心と呆れが半々な表情でそう言うと、隆より先にイサベル夫人がにこやかに返事を返した。

「でもあなた、フロンテラで何かあった際には、素早い対応が可能になると言う事ですから、とても良い事ですわ」

 それに頷きながら隆は続けて今後の計画について考えていたことを話し始めた。

「そうですね、将来的には燃料の備蓄場所設置も含めて、有事の連絡用としてこちらとフロンテラと両方に最低一台ずつ配備する必要がありますね」

「それから、一番重要な事ですが、さっきフロンテラでマリアが走って見せた様に、事故防止の為には周りに人がいる場所、または人が出てくる可能性がある場所では、絶対にスピードを出さない事を守る様、徹底する必要があります」

 一寸考えてから隆は続けて言った。

「自分の国では、自動車による事故で命を落とす人が年間で4000人以上出ています……」

 その死亡者数を聞いて一同は息を呑んだ。

「……タカーシ様、それほどの死者を毎年出しているのですか?」

「はい、運転は免許制になっているにも拘らず残念ながらそんな状況です……」

 日本では自動車が登録されているだけで8千万台以上、運転免許証所持者数も同数以上なので、運転者数に対する死亡事故確率は10万分の5程度なのだが、まあ、あくまで確率論なので、確率が低いからと言って安心していてはいけない。

 現に隆は知らない事だが、日本以外では年間自動車事故死亡者数が数万に達する国も多々あるのだ。

 今後のこの領の事を思えば、ここは自動車は危険であると云う印象を残す必要がある。

「とにかく、死亡事故を起こす可能性がある以上、運転は慎重にと言う事です」

「ふむ、免許制ですか? こちらでも、技術面と倫理面で優れたものにのみ免許を与える事にした方が良いかもしれませんな……」

 伯爵はちょっと考え込む仕草でそう言った。

「そうですね……、この自動車でも運転者が出そうと思えば最高で馬車の15

~20倍近くのスピードまで出てしまうのですよ……」

「……最も、舗装整備されていないここの様な道でそれをするのは自殺行為なのですが……」

「……『』を標語にするとか、出しても良い最高速度を決めるかですかね~」

「タカーシ様、その標語はちょっとおかしいです♪」

 シルビア嬢が隆の隣で本当におかしそうにクスクスと笑っていた。




 北門に着くと、キャンピングカーを収納して、馬車に乗り換えて城に帰る事にした。

 まだ見慣れないキャンピングカーを街中で走らせるのは要らぬ混乱を住人に与える可能性が有ったので止めることにしたのだ。

 現にフロンテラでは凱旋パレードの様になってしまったのだから、フォルタレッサの規模でやったら洒落にならないとの判断だった。

 マリアは先ずは一人で実家に報告に行くと言っていたので第一城壁内に入った時に馬車を降りて帰って行った。

 そこで隆も一旦馬車を降りて冒険者ギルドにに行く事にしたのだが、エレナさんが付き添いで付いて来ることになったので、図らずもエレナさんと2人きりという、デート気分を味わう事になってしまった。

 活気に満ちた城下町を歩いてギルドに向かったのだが、メイド服のエレナさんは何故か普通に隆の左腕をその大きな胸に挟む様に抱き込んで歩いているので気恥ずかしさが半端ない。

 マリアの胸も大きいが、エレナさんの方が体格が大きいので比例して胸もマリアよりボリュウムが増している。

「え、エレナさんちょっとくっ付き過ぎではないですか?」

「……エレナです~、さん付けはダメです旦那様~」

「だ、旦那様……」

 タジタジだった。

 無言で真っ赤になりながら俯いてしまう隆だった。

「エレナさ……、エレナ、一寸だけ離れてもらうと、もっと歩きやすくなると思うのですが……」

「ダメです~、旦那様にはもっと女性に慣れて頂く必要があります~」

「…………」

 甘い物が関わらない時のエレナさんには全く勝てる気がしない隆だった。




 そんな羞恥プレイ? を何とか耐えきった隆は、エレナさんを左腕に付けたまま冒険者ギルドの戸を潜った。

 ギルド内は相変わらず騒がしく、人の出入りも激しい活気に満ちた場所となっている。

 1階は酒場兼食堂になっていて常に一番人が多く賑わっている。

 右手の奥には依頼やクエストが大量に貼られた巨大な掲示板が壁に掛けられており、今も数人の冒険者が依頼の確認をしている。

 因みに、エレナさんによると、難易度は奥に進めば進むほど高くなる様に表示されているらしい。

 建物に入ってすぐ左手には2階、3階へと昇る広い階段があり、各種手続きやクエストの受注や報告の受付、素材や魔石の買取カウンターなどは2階に、3階にはギルドの職員の執務室や会議室、更に先日訪れたギルドマスターの執務室が配置されていた。

 そして今日、隆が用があるのは2階の受付だった。

 隆は未だこちらの世界での身分証を何も持っておらず、冒険者ギルドに登録して冒険者票を貰うのが一番簡単で、問題の無い身分証の入手方法と聞いて登録しに来たのだった。

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