第44話
「思ったほど大きな音では無いのですね……」
スタンピードの際に、シルビア嬢は隆と一緒にガソリン爆弾を爆発させていたので、特にあの音が忘れられなかった様だ。
「そうですね、エンジンという原動機の内部で爆発を制御しているので一気に燃やした時の様な音は出ません、ただ、油を燃やしていますので、納屋の様な締め切った部屋では酸素……、空気の中の呼吸に必要な成分が無くなりますから、絶対にエンジンを掛けないでくださいね」
「タカーシ様、馬を繋ぐ場所が見当たりませんがどうやって動かすのですかな?」
流石、伯爵は目の付け所が違う。
「カルロス様、これは自走するのですよ、試しに乗ってみますか?」
「よろしいのですか? 勿論乗ります!!」
「タカーシ様、わたくし達も乗りたいです……」
シルビア嬢も期待でいっぱいの目をして隆を見てちょっと甘えた声で言った。
「大丈夫ですよ、座席は有りますので、皆さん乗ってください」
座席は真ん中に後部居住区画へ行くための通路が通っており、運転席の横の助手席は背凭れが独立可動式の2人掛けのベンチシートがあり、2列目、3列目も通路を挟んで同じものが設置されていた。
要は観光バスの2人掛け座席が2列4つと助手席に1つの合計5つ付いている感じだ。
前列にカルロス伯爵とイサベル夫人、2列目左側にシルビア嬢、マリベル嬢、右にマリアとエレナさんが座り、その座り心地の良さに皆驚いていた、スピードは出す予定はないが、念のためシートベルトの付け方を教えて装着してもらった。
「では、行きますよー」
オートマチックのシフトレバーをDレンジに入れブレーキをリリースするとキャンピングカーは静かにするすると動き出した。
「おおぉぉ!?」
オートマチック車特有のクリープ現象によりゆっくりと進む車はほとんど振動も無く車内の静音性も高い為、エンジン音もほとんど気にならず、滑る様に滑らかに動くキャンピングカーに皆無言だった。
四阿を一周して元の位置に戻るとブレーキを掛けて止まりシフトレバーをPレンジに入れてサイドブレーキを踏みこんだ。
「……っと、こんな感じで走ります」
「タカーシ様……、これはどの位のスピードが出るのですか?」
「そうですね、街中の様に整備された道であれば最高で馬車の10倍ぐらいのスピードまで出せますが、街道などの外の道では安全を考えて馬車の4倍位まででしょうか?」
「フロンテラまでとしたら? 1時間前後ですか?」
「はい、その位ですね、でもあの道であれば、30分位で着けると思いますよ」
「……今から行って頂いてもよろしいですか!? 実際に体感してみたいのですが!!」
伯爵の言葉に、マリアを除く全員が頷いている。
「そうですね、丁度マリアのスマホの充電に掛る時間なので良いかもしれませんね……、うん、いい感じのドライブコースになりますので行ってみましょうか?」
「ぜひお願いします!!」
「では、まず、マリアのスマホを充電器にセットしますね」
取り出したのはシガライターから電源を取れる非接触型スマホ充電器だった。
それをダッシュボードの上、今は使えないナビ画面の上に設置した。
「スマホの電池が切れたら、エンジンを掛けてから此処に置いて頂くと約2時間で充電できますので皆さんも使ってくださいね?」
充電器にマリアのスマホをセットしたまま一旦降りてキャンピングカーを収納すると、馬車で北の第2城門、先日スタンピードの際に戦った場所に向かった。
そこで改めて車を出すと、衛兵たちは驚いていたが、何も言わずに自分の職務を遂行していた、立派な職業意識だと隆は感心してしまった。
しかし、順調と思えたドライブ計画もまだ出掛ける前だというのに、ここでひと悶着起こってしまった。
「ご領主様、護衛なしでフロンテラに行くなんて無謀すぎます! どうぞご再考ください!!」
此処まで護衛してくれていたエルシドを含む騎馬兵達だった。
「そうは言うがな、このタカーシ様の乗り物はフロンテラまで30分で行ってしまうらしいのだが、馬でついてこれるのか?」
「こんなに大きな乗り物がですか? ……タカーシ様何とかなりませんか?」
問いかけるエルシドに隆は頷いて答えた。
「エルシド様の言う通り護衛は必要ですよね、ではあと4名乗れますので護衛は4名に絞って一緒に乗って行くのではどうでしょう?」
「それでは護衛になりませんが……、いや、いざとなった場合には対処できますかな……、あと、タカーシ様、私の事はどうぞエルシドと呼び捨てにして下さいませ」
どうやら、馬車の護衛の様にキャンピングカー自体を外から護衛したい様でごねている感じだった、しかし、エルシド君、物凄くへりくだった態度になっていた。
そこで、一寸しびれを切らした伯爵が言った。
「そのへんが妥協点だろう、4人だけついて来るのだ!」
仕方ないと諦めたのか、エルシドは3名の精鋭を選んで皆に続いてキャンピングカーに乗り込んだ。
4人とも、車内を物珍しそうに眺め、席に着くと座席の柔らかさに驚いていた。
隆が全員のシートベルトを確認すると運転席に座りエンジンを掛けた。
「それでは出発しますー、そこそこのスピードは出ますので、窓の外を見ている時は出来るだけ遠くを見る様にして下さいね? 近くをずっと見ていると酔ってしまいますからね?」
するすると非常に静かに、そして馬車の様な揺れも無く進みだしたキャンピングカーに外で見守る護衛も驚きを隠せず見守ってる。
城門を出たキャンピングカーは、スピードを上げて馬車の巡航速度まであっという間に加速したが、まだまだ加速を続けて、あっという間に時速60キロに達した。
さすがにエンジン音はちょっと気になる程度は響いているが、うるさいというほどではない、全力疾走の馬車と比べれば逆に静かかもしれない。
「これで馬車の6倍程度の速度ですね、皆さん大丈夫ですか?」
「タカーシ様、これは驚きです! 振動や音などはほとんど気にならないので、そんなにスピードが出ているとは思えませんが、景色を見ると確かにすごいスピードで流れて行きますね!」
マリアは平然としたものだが、他の女性陣は窓の外を流れる景色に視線が釘付けできゃいきゃいとはしゃいでいる。
エルシドを筆頭とした護衛騎士たちは無言で固まっていた、馬より早いスピードで地面を舐める様に進む乗り物になど初め乗ったので、未知の経験に反応が付いてこないのだ、ただし、この速度に追いつける賊などいないとは判った様だった。
「このぐらいのスピード迄でしたら問題はあまりないのですが、さすがにこれ以上で走ると道の凹凸を拾った際に跳ねますから、席から投げ出されない為にもシートベルトは付けて走る必要があります」
「た、タカーシ様、もっとスピードが出ると言っているように聞こえるのですが?」
エルシドが顔を引きつらせながら聞いてきた。
「はい、今のスピードがだいたい半分よりちょっと下のスピードです」
それを聞いた助手席のイサベル夫人は物凄くワクワクした声で言った。
「タカーシ様、今、その……、もっとスピードを出せますか?」
ちらっと見るとマリア以外の女性陣は期待いっぱいの目で隆を見ている。
マリアは時速200Kmオーバーの世界を見てるので問題ないだろう。
男性陣は顔を引きつらせて堪えている感じだが、まぁ、問題ないだろう。
「それじゃ、一寸だけですよ?」
隆はそう言ってアクセルを踏み込んだ。
「「「「「「「「「!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
キャンピングカーは明らかに今までと違うブロロロロというエンジン音を響かせて一気に時速100Kmオーバーまで加速した。
マリアを除く女性陣はキャー! と黄色い声を上げているが、明らかに楽しんでいる。
さすがにこのスピードを出すと地面の凹凸を拾ってしまう為、だいぶ揺れるのだが、それすらも楽しむ女性陣の強さが垣間見える反面、伯爵やエルシドを筆頭とした騎士達は意識を飛ばしそうになっている。
が、しかし、真ん中の通路側の席で退屈そうにあくびをしているマリアを見てしまい、ギリギリのところで堪えていた。
体感時間では永遠に思える超スピードの世界は、実時間にして2、3分で草原地帯が見えて来た為、終わりとなったのだった。
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