第42話

「えっと、エレナさん? ……も?」

「はい、末永く宜しくです~」

「! こ、こちらこそよろしk……って、え? あれ? どういうことですか?」

「エレナは、わたくし付のメイドとして仕える事になった時の誓約として、一生をわたくしに捧げると誓ってくれました、それに対してわたくしもわたくしの持つをエレナと分かち合うと誓ったのです」

「全てですか……、もしかして物だけでなく?」

「そうです、わたくしの夫となる方もエレナと分かち合う対象になります、勿論エレナが嫌な相手であれば強制はしないつもりでしたが……」

「……」

 隆は無言で視線を送ると、エレナさんはにっこりと微笑んで言った。

「もともと、お嬢様付きのメイドは、お嬢様の純潔を守ると同時に、初夜にはお嬢様がお手付きに成った事を確認しなければならない役目があるのです~」

 エレナさんはちょっと、頬を染めて続ける。

「で、その際、その場にいるメイドもお手付きに成ったと世間では判断されるのですね~」

「……もしかして、その事実が有っても、無くてもですか?」

「そう言う事です~ なので後に他の方と私がまともに結婚できる可能性は、非常に低くなります~」

「ひどい、習わしですね……」

「そうではありますが、ある意味、流れでそうなる事が非常に多いのは否定できません」

「でも、お嬢様とした約束があればお嬢様の夫に娶ってもらえるのと同じです~」

 エレナさんはここで意味深に隆の方に向いて、さらに続けて言った。

「私が認めるであればですが~」

「!!!! じ、自分はエレナさんのお眼鏡に適ったのでしょうか?」

 エレナさんは一瞬隆から目線を下に切ると、上目使いで見つめ直して言った。

「エレナです……」

「えっ!?」

「今後は、エレナと呼び捨てにしてください、旦那様~」

「だ、旦那!? ぜ、善処します……」

 いたずらっぽい笑顔を浮かべてエレナさんは言ったが、なんだかはぐらかされた感で一杯の隆だった。

 残念ながら、隆にはエレナさんに好かれる様な事をした記憶が無かったので、エレナさんにまで愛されてると己惚れる様な事は出来なかったのだ。




「……それで、先ずはカルロス様とイサベル様にご挨拶をしないといけないのではないですか?」

 隆が言うとシルビア嬢はすぐに頷いて言った。

「そうですね、帰還された報告もありますし、今ならお茶の時間ですので行ってみましょう」

 そう言ってシルビア嬢は隆の右隣に移動して右腕を抱え込んだ。

 左腕にはマリアが居る為、これで隆の両手は塞がり右斜め後ろにはエレナさんが控えており、隆包囲網は完成したと言っていいだろう。

 因みに、移動時はエレナさんが先導する形で前を歩き扉を開け閉めしてくれるので、とりあえずは両腕が使えない事での不便は感じなかったが、いかんせん、居心地が非常に悪いのは、隆がこの状況に慣れていないと云うだけでは無いはずだった。

 考えてみて欲しい、三人で腕を組み廊下を歩いてくる人たちが居たら、絶対に迷惑この上ないはずだ。

 隆たちが伯爵達が居らっしゃるだろう居間に向かう間も、数人の使用人とすれ違ったがみな一様に立ち止まると廊下の端に寄り頭を下げて隆たちが通り過ぎるのを待っているのだ。

 これで、居心地が悪くないという人がいたら会ってみたいとすら思い始めた隆だったが、何とか耐えているとやっと伯爵の待つだろう部屋にたどり着いた。

「お父様、シルビアです」

「入りなさい」

シルビア嬢がノックをして声を掛けると部屋の中からは伯爵の声が返ってきた。

「丁度良かった、これからお茶にしようと思ってお前も呼びにやるところ……おぉ、タカーシ様とマリア嬢も戻られましたか!」

 伯爵の隣にはシルビア嬢の母親であるイサベルさんと妹のマリベル嬢もにこやかに微笑んで座っていた。

「はい、ただいま戻りました」

 隆がそう言って頭を下げると伯爵は大楊に笑って答えた。

「あちらでのご用事は滞りなく済まされましたか?」

「完全にではありませんが、問題になりそうな件は粗方済ませて参りましたので、あとはこちらでの生活が落ち着いてから、また向こうに戻った時にでも片付ける事が出来ると思います」

「タカーシ様、この城に用意した部屋は自分の部屋と思って何時迄でもご自由にお使いください、何でしたら、一生使って頂いても構わないのですよ?」

 数日前、ギルドからの帰りにシルビア嬢が言っていた通りのことを伯爵は言い出した。

「ありがとうございます、皆様、今後ともよろしくお願いいたします」

「ところでタカーシ様、そんなに簡単に異世界に渡れるのですか?」

「まだ、一度往復しただけですが、特に問題なく世界を繋げる事が出来る様です、ただ双方の世界に全く影響が出ないのかどうかは未知数なのであまり頻繁に行き来するのは控えた方が良いかもしれません」

「そうですか……、いや、次は出来れば私もタカーシ様の世界に行ってみたいと思ったので……」

「ずるいです、お父様、私も行って見たいのに……」

 シルビア嬢だけでなくイサベル夫人もマリベル嬢も頷いている。

「大丈夫です、次は都合を合わせて皆さんで行きましょうね?」




 ここまでの話しで挨拶が済んだと判断したシルビア嬢は、自分にとって重要な方の話を進める事にした様だ。

「お父様、もう一つお話がございます……」

「うむ、その表情から察するに良い話のようだな?」

 伯爵がそう言うと、シルビア嬢は顔を両手で包み込む様に当てて赤らめた頬を隠して俯いたが、気を取り直して伯爵を見つめてはっきりとした声で言い直した。

「お父様、タカーシ様とマリア様は婚姻の儀を済まされて既に実質ご夫婦となられたそうです……」

「……ですが、先ほどこちらにお帰りになってすぐ、わたくしとも結婚してくださると言って下さいました……」

「……それで、わたくしとしましては1か月後にマリア様と合同の結婚式を挙げる為に布告などの準備を進めたいと思いますがいかがでしょう?」

 それを聞いた伯爵は満面の笑みで言った。

「でかした!! シルビア!! よくぞタカーシ様を射止めた!!」

 隆は思った、カルロス様それ女の子に言うセリフでは無いですよね……。

「シルビア、おめでとう、もうき遅れるのではないかと心配していたのですよ?」

 イサベル夫人、もうちょっと言葉をオブラートに包みましょうよ……。

「お姉さま、おめでとうございます、お幸せになってくださいね?」

「お父様ありがとうございます、お母様はちょっとひどいです、マリベルも、ありがとう」

 まともに祝福してるのは妹のマリベル嬢だけな気がする……。

 なんだか、隆の両親もそうだが、ちょっとずれてる親しかいない気がするが、きっと、多分、気のせいだ……。

「あ、あの、自分はこちらでも、あちらでも普通の平民なのですが身分的な問題は大丈夫なのでしょうか?」

「あぁ、タカーシ様、確かに通常であれば陛下に叙爵じょしゃくして頂くか、だれか相応の貴族の養子となって頂く必要があるのですが、今回のタカーシ様の場合は、全く問題ありません」

「?……」

 意味が判らない隆は疑問を浮かべた顔で首をひねっている。

「マリア嬢です、マリア嬢と婚姻された時点でタカーシ様は精霊の眷属となります、精霊と貴族どちらが身分が上かなど、比べる迄もありません」

「あ、それでマリアは婚姻の儀式を急いだんですか? シルビアの為に?」

「……ん、……ん? ……そう?」

 どうやら違うらしい……、残念な方向で正直なマリアさんだった。

「まぁ、マリア嬢の意図はどうあれ、おかげで煩わしい手続きの一つが回避出来たと思って良いのですよ、ははははは」

「とにかく、身分を理由にこの婚姻に異議を申し立てる輩はこれで回避できますな、後は、自分こそがシルビアの夫に相応しいと思って居そうな者共が、5、6人

いや7、8人来るぐらいでしょうから、1ヶ月も猶予を与えれば問題ないでしょう」

 つまり、シルビア嬢に結婚を打診してきていた者が7、8人はいたということだろう、婚約が発表されればきっともっと増えるはずだ、そう思うとちょっと憂鬱な気持ちになる隆だった。

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