第41話

 さて、話は4日前に遡る。

 スタンピードへの対応で発生した、様々な後始末に関しての書類仕事に追われるフォルタレッサ伯爵の執務室に、シルビア嬢とエレナさんがやって来た。

「お父様、お疲れ様です、まだフロンテラの件が残っておいででしょうが、一寸宜しいでしょうか?」

 ちらっと娘の顔を一瞥するとフォルタレッサ伯爵は物憂げに言った。

「なんだ? 何か問題が起きたか?」

「ええ、問題と言えば問題なのですが、実は、タカーシ様が一次的に自国にお帰りになりまして、マリア様がそれに付いて行ってしまわれました……」

フォルタレッサ伯爵は親指と人差し指でこめかみをマッサージしながら言った。

「……最初から説明してみなさい」




「……つまり、タカーシ様はで、異世界へ一旦帰られたのだが、それにマリア嬢が同行してしまった、と云う事か……」

 シルビア嬢が一連の事情を説明すると伯爵はため息を吐きながらそう言った。

「はい、お父様、マリア様をお預かりすると言っておきながら申し訳ありません……」

「まぁ、行ってしまったのは仕方があるまい、あちらの家には私から、数日留守にする用事を頼んだと話しておこう、だが、シルビア……」

「はい、お父様」

「何故、お前は行かなかった?」

「!!! そ、それは……もし私まで行ってしまうと、皆が行方知れずになってしまいますから、報告しなければと思いました……」

「後付けの理由だな? まぁ、これはお前の美点でもあるのだが、少々慎重にすぎるぞ? 時にはもう少し大胆に行動しないと、どんどん遅れをとる事になる」

 伯爵はシルビア嬢の目をじっと見つめて続けた。

「今回だって、私宛の書付を残すなり手はあったはずだ、違うか?」

「そ、それはそうですが……、いえ、そうですお父様、迷っているうちに二人で行ってしまわれたのです……」

 落ち込んだ様子で項垂れるシルビア嬢に伯爵は表情を緩めて言った。

「まぁ、終わった事は良い、次からはもっと大胆にいって良いのだぞ? 私はもう、このフォルタレッサ領をお前とタカーシ様に託すと決めているのだ」

「!!!! お父様……、ありがとうございます、もう迷いません!」

 胸の前に両手で握りこぶしを作り決意を新たにしたシルビア嬢だった。

「それで、タカーシ様とマリア嬢はいつ頃戻られるのだ?」

「それははっきりと明言はされなかったのですが、最短で3日、長くて1週間とおっしゃっていらっしゃいました」

「ふむ、その位ならタカーシ様の不在も誤魔化しが利くな、マリア嬢と一緒に用事を頼んだ事にしよう」

「はい、よろしくお願いいたします」

 シルビア嬢はそう言って、エレナさんと共に伯爵の執務室を後にした。

 それから数刻の後、精鋭騎兵1000名を引き連れたフォルタレッサ伯爵は、夜明け前にフロンテラに到着する様にフォルタレッサを出発した。

 フロンテラの街は魔物に包囲されてはいたものの数は数百匹でそれも既に散り始めていた為、騎兵1000名での対処は非常に容易だった。

 隆によって用意された剣を携えた50名の隊長格は各班の先頭に立ち切り込んで行く、何しろ魔力を通すと剣身が1.5倍になる為、馬上からの掃討が非常に楽に行えるのだ。

 日の出と共に開始された掃討戦は、ものの数十分で、騎兵に一切の被害を受けることも無く終了してしまったのだった。




 シルビア嬢は、毎日用事の無い時間はずっと、隆に割り当てた部屋で過ごす事が日課になっていた。

 そして、二人が出掛けてから4日目の午後。

 シルビア嬢はいつも通り隆用の部屋で寛いでいるとふと、その場の空気に? または空間に? 何か違和感を感じて部屋のドアを見つめた。

 すると遠くで聞こえる鈴の音のような非常に幽かな音と共にドアが虹色に輝き始めた。

「お嬢様、大丈夫だとは思いますが、一寸だけおさがり下さい」

 シルビア嬢の前に立ったエレナさんが身構えたが、シルビア嬢は、その横を素早く抜けて扉に向かって走った。

 エレナさんであれば、横をすり抜ける前にシルビア嬢を確保できただろうけれど、苦笑いで溜め息を一つ吐いただけで見逃すと、ゆっくりと主人の後を追った。

 シルビア嬢は開いた扉から歩み入って来た人物を確認せずにその胸元に飛び込むと言った。


「遅いです!! タカーシ様、遅いです!!」

「おっとぉー危ない! シルビア、遅くなってごめんなさい、ただいまです」

 飛び込んできたシルビア嬢を慌てて胸で受け止めると隆は言った。

「これでも超特急で用事を片付けて来たのですよ……」

「判って居ります、お疲れ様でした、お帰りなさいませ、タカーシ様」

 シルビア嬢はそう言いながらも、隆の胸からは離れようとせずにさらに言った。

「でも、待つことがこんなに永く感じるとは思いもしませんでした……、お父様の言う通りわたくしも、ついて行けばよかったです」

「勘弁してください、マリアが一緒に来てしまった事に気付いた時は凄い慌てたんですよ?」

「……ん」

「マリア様もお帰りなさいませ、思ったより早くお帰りになって頂いて良かったです、マリア様、ご実家に一旦ご報告に戻らないで良いのですか?」

やっと、隆の胸から名残惜しそうに離れながら言ったシルビア嬢にマリアは面倒くさそうに言った。

「……ん、……いい、……タカーシの隣、……居場所」

「……マリア様、その、居場所が出来た事を報告しないといけないのではないですか?」

「……めんどくさい」

 本当に面倒くさそうなマリアさんだった。

「マリア様……」

「マリア、報告は大事だと思いますよ? 例の儀式も終了したと伝えなければ、やっていないと見做されませんか?」

「……ん、……そう、……かも?」

 それを聞いたシルビア嬢は訝しがりながら尋ねた。

「儀式とは? 何の事ですか?」

「……ん、……婚儀」

「え? 婚姻の儀式ですか? もう済まされた?」

「なんでもエルフの儀式らしいのですが……」

 隆は清め(一緒に入浴)、同衾(同じ褥で眠る)、接吻(キス)を3日間続ける儀式について話した。

「それでは、タカーシ様とマリア様は既に夫婦であると?」

「よく判らない内にそうなってました……あっ! でもシルビアの事が有るので、その……、えっと……、最後の一線は越えていません……」

 隆は顔を真っ赤にして俯いて最後の方はぼそぼそと言った。

 つられて顔を赤くしたシルビア嬢だったが、気を取り直すと、ある意味自身の決意を固めるべくともとれる眼差しで言った。

「……本当に、お父様の言った通り、お側に居ないとどんどん後手に回ってしまうのですね……、でも、タカーシ様はわたくし達と結婚すると決められたのですね? ……では、次は私ですね? 婚儀に関しては特別な儀式はありませんが、フォルタレッサ領内外に広く布告しなければなりません」

「あー、やっぱりですか……、何となくそんな気はしました……」

「そして結婚の式典を1ヶ月後に執り行いますが、マリア様と共同で宜しいですよね?」

「……ん」

「ただ、その前にこの婚儀に異議のある者が何人かやってくるかもしれませんが、タカーシ様であれば退けて下さいますよね?」

「……マリアの時はあちらに行ってしまっていたのですが、みんなであちらに行ってしまって、やり過ごすのは有りですか?」

「それも有りですが、結婚の式典の当日に全ての異議に対処しなくてはならなくなりますよ?」

「あー、それは鬱陶うっとうしいですね、……判りました、全部こちらに居て対処します……」

 諦めた様に溜息を吐いて隆はそう言った後、姿勢を正し、真剣なまなざしでシルビア嬢を見つめて言った。

「それと、順番が前後してしまいましたが、改めまして……、シルビア、自分と結婚してくれますか?」

 それを聞いたシルビア嬢は感極まったのか、再度隆の胸に飛び込み、涙ぐみながらもはっきりと答えた。

「勿論です! 末永く、よろしくお願い致します……」

「あ、わたくしと結婚すると言う事はもれなく、エレナも付いてきますのでご承知置き下さいね?」

 最後に爆弾を投下することも忘れないシルビア嬢だった。

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