第40話
隆の朝は相変わらず左腕の痺れから始まる、しかし幸せな痺れと言ってもいいだろう。
マリアは既に目が覚めていた様だが、起き出さずに隆の顔を見ていた。
「おはようございますマリア……、よく眠れましたか?」
「……ん、……よく休めた」
「じゃ、起きて部屋の温泉に入ってから、朝食に行きましょう」
「……ん、……キス」
「あー、はい、判ってましtんんんん……」
いつも通りのディープなのを頂いてしまった隆だった。
「あ゙~、朝から温泉で強張った体をほぐせるなんて贅沢ですね~」
「……ん、……清々しい、……朝」
ベランダに設置されている形の露天温泉からは遠くに動き始めた朝の市内の景色が一望出来る。
「あんまりのんびり入り過ぎると、温まり過ぎて汗だくになってしまうので、ざっと温まって出ましょうね」
「……ん」
いい具合に血行が戻り、動くようになった腕を確認するとすぐに温泉から上がり再度浴衣に袖を通すと、二人で朝食バイキングが用意されているバンケットルームに向かった。
ホテルの朝食は、部屋の中央に並べられた和、洋、中の数々の料理からセルフサービスで好きな物を好きなだけ選んで席に運ぶ、とても一般的なバイキング形式だった。
と言っても、隆もマリアも小食な方なので、全ての料理を堪能!! なんてマルコ達の様な豪快な真似は残念ながら出来そうにないので、マリアが食べたことが無い、和食で攻めることにした。
卵の衛生管理の問題で日本以外ではほぼ不可能と言われる、卵掛けご飯に、鮭の切り身、納豆、お漬物、お味噌汁。
納豆はマリアには上級すぎるかと思ったが、全く問題なく普通に食していた、流石はなんでも美味しそうに食べてしまうマリアさんだ。
「……ご飯に、……生卵、……危険?」
「普通は危険なんですが、ここ、日本では安心して食べることが出来ますよ、美味しいですから試してみて下さい」
生卵を炊いた白米の上に掛け、数滴の醤油を垂らしただけのご飯を、恐る恐るスプーンで掬って口に運ぶとびっくりした顔になるマリアだった。
「……ん、……美味」
「でしょ? でも向こうではやめた方が良いでしょうね……」
「……タカーシ、……作れない?」
「!!!! そ、その手がありましたね……」
隆の魔法であれば衛生面の心配もなく、作る事が可能だった。
「あ、もしかしてマヨネーズも大丈夫かな?」
大丈夫だった、例のピキーンとくる感覚で、問題なく普通に作れることが隆には判った。
「……まよねーず?」
「はい、色々な物に掛けられる、やっぱり生卵を使った調味料なのですが、卵の鮮度の問題や衛生状態の良い環境で作る必要があるので諦めていたのです、でも例の合成空間で普通に作れそうです……」
また精霊さんに頑張ってもらう、という事の様だ……
食事を終えた隆とマリアは一旦部屋に戻り着替えると、チェックアウトして温泉街を後にした。
「あとは実家のある役所に転入届を出して一応こちらの手続きはおしまいです」
「……ん、……帰る?」
「そうですね、実家の自分の部屋から行こうと思います」
「……ん、……色々興味深い、……楽しかった」
市役所での手続きも滞り無く終わり、実家に帰ると隆の父親は庭で火を焚き何やらやっていた。
隆は、車庫に車を入れるとそのまま父親の元に向かった。
「ただいまー、何してるんですか?」
「……ただいま」
「おー、隆、マリアちゃん、お帰り、例の種の発芽促進だ」
「発芽促進?」
「ああ、木の種はそのまま植えても芽が出ない事が多い、考えてもみろ
実が落ちる度に芽が出てたら、その木の周りが同じ木だらけになっちゃうだろ? 栄養だって足りなくなる」
「あぁ、そうですね、その木も下に実が結構落ちていたけど、生えていたのはその木一本だけでしたね」
「うむ、発芽には刺激が必要な場合が多いんだ、例えば、干ばつとか、山火事とか、落雷とかな、そんな訳で表面を焦がしてる訳だ。」
「えー、でも、火にくべて燃やしても大丈夫なんですか?」
「ふっ、そこは長年の勘だ!」
「勘なんだ……」
「あとは、樹木が育ちやすいラインに沿って植えるだけだ」
「ライン?」
「あー、何か判らんが、庭のあの辺りは樹木が良く育つんだ」
「……ん、……霊脈、……通ってる」
じっと見ていたマリアが言った。
「え? 霊脈?」
「……大地を、……流れる、……魔力の川?」
「そんな物が有るんですね……」
「ふっ、そう言う訳だ! ふっふっふっふっ!」
「てか、父さんは知らなかったよね?」
明後日の方を向いて腰に手を当て、謎笑いをしている隆の父親だった。
3人で連れ立って家に入ると玄関では正座した母が拗ねていた。
「隆、家に帰ったらすぐに挨拶しないのはダメって言ったでしょ?」
「いや、車から降りて5分も経って無いですよ? あとそれ小学生の頃の話だよね?」
拗ねてる母に理屈は通用しなかった。
「お父さんと楽しそうにしてたじゃない! 罰としてマリアちゃんはこちらで預かります!」
隆の左腕からマリアをはぎ取ると、抱え込んでしまった。
「あらっ!? あら? マリアちゃん、ほっそりしてるのに凄いボリュームね!」
マリアを後ろから抱え込む様にしながら胸を揉んでいた。
「母さん、それセクハラだから、マリア御免なさい……」
「……ん、……平気」
マリアはされるがままになっている、ちょっと嬉しそうだ。
どうやら、母は機嫌は損ねておらず、マリアを可愛がりたかっただけの様だ。
ただ、この中でマリアが一番年上である事を、隆の両親二人はまだ知らなかった。
家に入ると先ずはマリアのレベル上げ(笑)を始めた。
家中にある座布団、カーペット、布団などダニなどが生息していそうなものを片っ端から収納滅殺してもらったのだ。
ダニと云う生き物は、どんなに清潔にしているつもりでも大量に発生しているもので、使っていない布団などは特に、場合によっては数億匹ものダニが生息していたりする。
マリアが布団などを収納するたびにレベルはどんどん上がって行き、あっという間に収納魔術を一つ維持していても魔力消費が起きないレベルまで到達することに成功したのだった。
「この方法、向こうの人に言ったら怒られちゃいますよね……、みんな凄い苦労してそれこそ命がけでレベルを上げているのに、収納するだけでレベルが上がるとかズルですもんね……」
「……ん、……でも、……楽は、……いい」
「あはははは、まぁ、確かにそうですね」
あまり深くは考えない、軽い二人だった。
「二人ともそろそろご飯ですよ~」
一階から母が二人を呼ぶ声がする。
「あ、もうお昼を回ってますね、キリも良いしこの位にしておきましょうか?」
「……ん、……おなか、……空いた」
二人連れ立って居間に入ると母がすき焼きの支度をしていた。
「うわぁ、すき焼きですか、母さんのすき焼きは特別に美味しいですよ」
「……すきやき?」
「はい、要は鍋なのですが、薄切りの牛肉、糸コンニャク、長ネギ、椎茸などを甘辛く煮た料理です」
「これも、生卵にくぐらせて食べると美味しいんですよ」
「……ん、……楽しみ」
「マリアちゃん、食べてみて気に入ったら作り方を教えますからね~」
なんか母はすごく嬉しそうだ、娘に家の味を教える気分なんだろう。
「はい、お願いします、お母さん」
マリアも嬉しそうに日本語で答えてる。
うちのすき焼きは、昆布とカツオ節で取った出汁に、醤油、味醂、酒を加えた割下に砂糖の代わりにオリゴ糖を入れているだけなのだが、その配合故か、それとも単におふくろの味だからか、兎に角、外では絶対に食べられない位にとても美味しい。
マリアもとても気に入ったらしいので、向こうに帰ったら一回はすき焼きパーティーをしようと決心した。
食事を終えた隆たちは、2階の隆の部屋にやって来た。
隆がドアに向かって手を翳して集中するのを興味深そうに見ていた両親も、ドアが虹色に輝きだした時には相当びっくりしたらしい。
「それじゃ、行って来ます」
「おぅ、気をつけてな、なるべく早く帰って来るんだぞ」
「うん、判ってる、落ち着き次第戻るからね」
「マリアちゃん、元気でね? 隆をよろしくね?」
「……ん、……必ず、……守る」
マリアさん何から隆を守るつもりなのか? なんとなく判るが言及は避けよう。
ドアを開いて二人が出て行くとパタンと閉まったドアはいつも通りのドアに戻っており、外は普通に廊下だった。
「おー不思議な事もあるものだな!」
「なんだか娘が増えたみたいで楽しいわ~、早く帰ってこないかしら?」
この家には息子しかいないのに……、何とも能天気な隆の両親だった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます