第39話
食事を終えてのんびりとテレビを見ていると貸し切り露天風呂の利用時間になり、連れ立って湯殿へと向かう。
「大浴場は本当に広くて色々あって楽しいのですが、後で行ってみませんか?」
「……一緒?」
「いえ、男女別です……」
「……行かない」
よくよく考えてみれば、マリアは異世界に一人でやって来ているのだし、一人きりになるのはちょっと心細いのかもしれない。
「今度、シルビアやエレナさんを連れて来た時の楽しみにとっておきますか?」
「……ん」
いつも通りそう云って、隆の左腕をキュッと軽く抱きしめ、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
貸切露天風呂は家族用と銘打つだけあって二人で使う分にはそこそこの広さになっていた。
湯舟や洗い場は古代ヒノキと云われる樹齢1000年以上になるという普通より幅広のヒノキ板で出来ており、かけ流しの湯が溢れ続けている。
湯舟からはライトアップされた山の紅葉と満天の星空が楽しめる様に屋根は洗い場の上までしか張り出していない、雨の日には大きな番傘を湯舟の上に差し掛けてその風情を楽しむ様になっている。
毎度の入浴の儀式である洗い合いっこで精神を極限まですり減らした隆であったが、さすがにホテルの家族風呂で暴発はまずいと思ったのか、今度こそ無事暴発の危機をギリギリのところで乗り越えて、マリアと並んで湯舟に入ると思わず声が出てしまった。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……、い、生き返る~」
「……ん、……木のお風呂、……気持ち、……いい」
「そういえば、あちらのお風呂は石でしたね、木では作らないのですか?」
「……多分ある、……見た事無い、……だけ?」
「あー、そうですよね、世界は広いですからねー、あちらに戻ったら皆で世界を回ってみるのも良いかもしれませんね」
「……ん、……冒険の旅、……きっと楽しい」
「そうでしたね……、マリアは冒険者でしたね……」
出会った直後から、あまりにも自然に隆の左隣を定位置にしてしまったが為、完全に忘れていたが、お人形さんみたいな見た目に反して、マリアも『鷹の爪』の一員として活躍する冒険者だった。
しかも、すっごい攻撃魔法もバンバン使えちゃう、領軍のトップであるエルシドすら憧れてしまうカリスマ的な魔法使いだった。
「それで思い出したのですが、向こうに帰ったら『鷹の爪』のみんなはどうするのですか?」
「…………」
夜空を見つめて、考える仕草をしたマリアのコメカミから一条の汗がツツーと流れた。
「考えてなかったんですね……」
「……大丈夫、……みんな、……十分、……育った」
「確かに、マリア抜きでも護衛の時も、スタンピードの時も普通に活躍していましたね」
「……もう、……巣立っても、……良い、……頃合い」
「え? もしかして『鷹の爪』はマリアが作ったのですか?」
「……作ったのは、……マルコ、……危なっかしいから、……入った」
「危なっかしいって、いつ位の事ですか?」
「……10年前?」
「マルコさんって自分と同じ歳位ですよね、10年前っていうと15才前後ですか、新人さんじゃないですか?、それは危なっかしかったでしょうね……」
「……最初は、……マルコ、……ホセ、……ダヴィだけだった」
「ハイメさんとミゲルさんは後から入ったんですね?」
「……ん、……5年前、……2人、……やんちゃ者、……だったから、……入れた」
「ええぇぇ!? 全然そうは見えませんでしたよ、何て云うか、騎士っぽかったですし」
二人とも剣士だが、いつも落ち着いた物腰で、リーダーを立て、背筋をピンっと伸ばして馬に乗る姿は、本当に騎士の様でカッコ良かった。
「……形から、……入らせた」
「まぁ、5年もやっていっれば形だけでも、自分の物になっていますよねー、凄く立派でした」
まるで自分の事の様に自慢げに大きな胸を張るマリアは、だがしかし、全然偉そうには見えず、むしろ可愛らしかった。
確保しておいた時間は2時間だったが、もう十分温泉と夜景を堪能したので着替えなどの時間も考えて少し早めに上がり、脱衣所で着替えを済ますと、すぐそばにある休憩室に向かった。
やはり温泉の後はフルーツ牛乳かコーヒー牛乳だ! ホテル側もそのあたりはきちんと押さえているらしく、瓶入りの各種牛乳の自販機がしっかり休憩室には備えられていた。
「マリアはどれがいいですか? ピンクのがイチゴ、黄色いのはフルーツミックス、茶色いのがコーヒー、緑のメロンなんてあるのか? ああ、で白いのはただの牛乳です」
「……ん、……イチゴ」
マリアにとっては牛乳よりも、それが入っている自動販売機に興味津々だった。
硬貨を入れて買いたい商品の番号を入力して決定を押すと、その番号の商品を取りに機械の籠が動いて上がり、受け取ると下の取り出し口まで運んでくる。
そのが行程がすべてガラス越しに見えているのが楽しいみたいだった。
と言う訳で、マリアにイチゴ牛乳を渡しながら尋ねてみた。
「やってみますか?」
「!! ……ん、……やる」
「じゃ、此処に硬貨を入れて下さい、はい、それで、コーヒー牛乳は15番なので1と5、このボタンとこのボタンを押してください、で、光ってる赤いボタンを押すと……」
先ほどのイチゴ牛乳の購入手順をちゃんと見て居た様で、迷いなくボタンを操作して行くマリアは機械が好きなだけでなく、やはり機械モノに強い様だ。
「……ん、……出来た」
興奮気味に取り出し口に出て来たコーヒー牛乳を隆に渡すマリアの目は輝いていた。
「マリア、機械モノが好きですよね、操作もすぐ覚えるし」
「……ん、……凄い、……楽しい」
「全部電動なので、向こうに持って行っても使えないのが残念ですね……」
「……大丈夫、……またこっちに、……来る」
「そうですね、あ、スマホはキャンピングカーで充電出来ますので、向こうでもカメラなどは使えますよ、電話や、ネットはダメですけどね……」
「……ん、……良かった」
マリアさん、スマホ大好きだから多少でも使えるので良かった、向こうでは封印なんて事ではかわいそうだったので、そういう意味でもキャンピングカーの入手は間違ってなかったと思いたい隆だった。
コピーで作っちゃったので、買ってはいないのだけど……、と云うか、あれは一寸、隆程度のサラリーマンには買えない価格だった。
そうして夜も更け部屋に戻ると既に部屋には布団が敷かれていた、当たり前の様に並んで敷いてある布団ではあったが、マリアはそれが当然の行為であるかの様に、隆の布団に潜り込んで来るので、並べる意味は無かった……。
「……もう、……寝る?」
「いや、いや、まだ早いでしょう? マリアだってテレビが見たいのではないですか?」
「……タカーシが、……寝たいなら、……一緒に寝る」
そう言って、浴衣を脱ごうとするマリアだった。
「いや、いや、いや、食事後に布団を敷きに来るのは一般的な日本の旅館の習慣ですからね、直ぐに寝る為ではありませんよ?」
そう言って、マリアの浴衣を元に戻す隆だった。
……おかしい……なぜかマリアが物凄い色っぽい。
「……マリア、実家を出る時に母に何か言われましたか?」
ふっと、目線を不自然に外すマリアは動揺を隠せていない。
「……な、何も、……い、言われていにゃい」
セリフも噛んだ! じっとマリアを見ていた隆だったが、ふっと気が付いてボソッと言ってみた。
「……孫」
目を見開いて驚いた顔をするマリア、バレバレである。
「……タカーシ、……読心術、……ずるい」
「違います、読心術ではありません、うちの母が言いそうな事をちょっと予想してみただけです、大方、早く孫の顔が見たいとか言われたのでしょう?」
「……ん」
「マリア、それは社交辞令的な挨拶です、実際に直ぐに見せろと言っているのではないのですよ、混乱させる様な話を聞かせてすみません」
そう言って抱きしめるとマリアは抱きしめ返してから言った。
「……私も、……子供欲しいのは、……ホント」
「あぁぁ、はい、あ、ありがとうございます……! で、でもほら、いくら結婚の儀式は終わったとは云え、シルビアの件も在りますから、ね?」
「……ん、……私は、……いつでも、……いい」
「は、はい、し、シルビアの件が終わったら、で、よ、よろしくです……」
なんとかその場は誤魔化し切る事に成功する隆だった。
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