第38話

 父に借りた車に乗り込み、マリアにシートベルトの付け方を教えてあげていると、父と母はそれぞれ運転席の隆と助手席のマリアの側に分かれてやってくる。

 窓を全開にすると、母はマリアにこそこそと何か話している、良くは聞こえないが、まぁ、どちらにしろたいしたことは話していないだろう。

「父さん、種はまだ用意出来るから、失敗したら遠慮なく言ってね」

「何を言っている! 父さんが木を育てるのは得意なのを知っているだろう?」

「いや、だけど誰も育生に成功したことが無い木だからね?」

「ますます燃えるじゃないかっ! 心配するな、父さんに任せておくが良い!」

 何か張り切る父に一抹の不安が残るものの、失敗したとしても特に問題ないので父親の好きにしてもらうことにして、出発することにした。

「じゃ、行ってくる、明日午後には帰るからねー」

「ああ、気を付けて行ってくるんだぞ!」

「マリアちゃん隆をよろしくね~」

「……ん、……行って来ます」

 セダンタイプの5人乗りの乗用車はするすると車庫を出て門から道路へと進んだ。

 隆も、ペーパードライバーだと言っても、大学時代やこっちに戻っている時には家の車を乗りまわして居たのでこの辺りの地理に詳しい事も併せて運転に不安は全くなかった。

 それに、隆の実家からだと伊香保の温泉までは国道一本で1時間半と言った距離だ、ナビに頼るまでも無い。

「マリア、乗り心地はどうですか?」

「……ん、……びっくり、……馬車と、……全然違う」

「あちらの馬車もバネと減衰機構ショックアブソーバーは付いてますが、タイヤが鉄の輪が付いた木製ですからね、どうしても、固い乗り心地になりますよね」

「ただ、こちらのゴムタイヤをあちらに持って行った場合、道路の状態によってはパンクしまくるでしょうし、鉄の輪の代わりにゴム引きにした場合はゴムが切れまくる事になりかねませんからね、一概に乗り物の環境が良くなるとは言えないでしょうね……」

「……? ……昨日の、……車は?」

「あー、キャンピングカーですね、あれは山道や岩場も走れる特殊仕様になっているので滅多にパンクはしません、でも逆にパンクしてしまった場合、自分以外には直せないでしょうね……」

 隆の魔法は物を作り直すことが出来るようにまでなっているので、まだ実際にはやったことはないのだが、パンクしたタイヤを元の状態に戻すことも当然出来る事は例のピキーンとくる感覚で判明していた。

 それはそれとして、とにかく便利だからと言って、こちらの物を何も考えずに向こうに導入しようとすると、色々な面で弊害が出てしまうと言う事だ。

 タイヤ一つとっても、道路整備から始まる一大工事を始めることになるだろうし、鍛冶やその他の仕事が減る事も考慮しないとならない。

 何かを広めるならばそれなりの下準備と覚悟が必要と言う事だ。

「……タカーシ、……これ、……何?」

 マリアが指さしたのはナビの地図だった。

「……少しずつ、……動いてる?」

「あー、それはナビゲーションシステムと言って、地図と自分の位置が判る機械です」

「ほら、その真ん中の三角形がこの車です、そして……」

 丁度交差点で止まったので信号機に書いてある文字とナビの交差点案内文字を見せて読み上げ同じ場所が表示されている事を説明した。

「……と言う訳でこれを見れば自分がどこを走っているか判るのですよ」

「……凄い、……便利、……向こうで、……使える?」

「う~ん、このシステムを使うためには先ず、正確に測量された地図がある事、そして自車の位置情報をリアルタイムで教えてくれる衛星が最低3個ある事が条件になります」

「……? ……衛星? ……月?」

「はい、実は目に見えないのですが上空に人工の小さい月をいくつも打ち上げてあります、その月からの信号……、ほらスマホで電話するみたいに電波を受けて自分の位置を計算してるんです」

「……月を、……作る、……大変そう」

「そうですね、ただ、この技術もここ4、50年ぐらいで作り上げたものです、あちらには魔法があるじゃないですか、魔法で何か出来る可能性は十分ありますよ」

 そんな話をしながら、また、道中目にする店舗や学校などについて、マリアに聞かれるままに説明をしているうちに、あっという間に温泉街に着いてしまった。




 予約したホテルは各部屋に小さいながら夜景の見えるかけ流し露天風呂が備えられ、大浴場は男女別だが、ちょっと大きめの貸し切り家族用露天風呂(要予約)も準備されている。

チェックインを済ますと中居さんが部屋に案内してくれて、更に付近の観光案内と夕食の時間を教えてくれてから『ごゆっくりお過ごしください』と言い去って言った。

 夕食まではまだ十分時間が有るので浴衣に着替え、ホテル名の入った羽織を着ると温泉街を散策することにした。

 紅葉にはまだちょっと早かったが、少しだけ色付きはじめている山の木々を眺めながら散歩する石畳の道や、小川に掛った朱塗りの橋、温泉まんじゅう屋さんや、古式ゆかしい温泉街定番の射的やスマートボール屋さんなど、レトロ感満載の温泉街はマリアには宝の山に見える様だ。

「マリア、目の輝きが違いますね、楽しいですか?」

「……ん、……見てるだけで、……楽しい」

 温泉まんじゅうをハムハムと齧って、目を輝かせながら辺りをキョロキョロ見渡しながらも隆の左腕をぎゅっと持って離さない浴衣姿のマリアは、最近このあたりにも増えて来た外国人観光客そのもので、全く違和感がない。

 石の階段をだいぶ上まで登って来てしまったが、二人とも高レベルの為か全く疲れていない。

「昔この階段を上まで登ったら、息が切れて疲れ果ててしまったのですが、今は全然大丈夫ですね……、これもレベルアップの影響でしょうかね?」

「……ん、……多分、……そう」

「そういえば、マリアもだいぶレベルが上がったからもう収納を自在に使えるのでは?」

「……まだ、……ダメ、……少しずつ、……減る」

「そうですか、じゃ、実家に戻ったら、また色々収納してみてレベルを上げましょうね」

「……ん」

「そういえば実家から出掛ける時、母と何を話していたのですか?」

「……ん、……内緒」

「えっ!? き、気になるなぁ……、変な事話してないといいんですが……」

「……大丈夫、……タカーシの、……秘密、……守る」

「ええぇぇ!? なんか、ダメな話の気がしてきた……」




 そろそろ、夕食に良い時間となったので散歩を切り上げてホテルに帰ると、既に部屋の机には温かいご飯や焼き物以外の夕食の準備がほぼ終わっていた。

 山海の珍味が彩り良く並べられた食卓は大げさかもしれないが、一つの芸術の域に達しているかもしれない。

 刺身の盛り合わせにしても、ツマや海草の上に色合いを考えて盛られており、とても鮮やかだ。

 緑鮮やかなシダの葉を敷き詰めた籠の中にはマツタケが並んでいる。

 これは未だ火が入っていないが土瓶蒸しや炭火焼き用だろう。

 更にしゃぶしゃぶ用の肉は花弁のように盛り付けられている。

 中居さんがやって来て火を熾した炭などを運び込み料理の説明と最後の仕上げを施してくれた、おひつに入れられて、運んでこられたのは、当然松茸の炊き込みご飯だった。

そして、最後に貸し切り温泉の時間を確認してから中居さんは部屋を出て行った。

 ホテルや旅館によっては食事の間中、中居さんが付いて世話をしてくれるところもある様だが、ここはセッティングと説明だけなので、ある意味気楽に食事が出来るのが嬉しい。

 また、何も言ってないのに箸の使えないマリアの為にナイフ、フォークにスプーンまで用意してくれている気遣いも流石だった。

 備え付けの冷蔵庫の中にあったビールを注ぎ、食事と一緒に頼んだ日本酒の熱燗で乾杯してから食事を始める二人だった。

「……綺麗、……食べるの、……勿体無い」

「ですよねー、此処まで綺麗に盛り付けるのって大変だと思うのですが、これを毎日ですからね、感謝して頂きましょう」

「……ん」

 しかしこれは、2人では食べ切れないのではないかと思われた料理の数々だったのだが、食べ始めてみれば、食べられてしまうもので、あれよあれよという間に、全て綺麗に平らげてしまったのだった。

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