第36話

 アパートの家具をすべて収納して、掃除機を掛けて窓やフローリングを雑巾で拭くまでしても、30分もしない内に作業が終わってしまった。

 収納魔術便利すぎる。

 早々に不動産会社に鍵を届けに行くと、後は隆の実家に向かうだけだった。

 隆の実家は埼玉県の北部、日本での近くだった。

「マリア、色々な列車乗り継いでゆっくり行くのと、高速で走る列車で一気に行くのとどちらがいいですか?」

「……早いの、……いい」

 まだ時間は昼前だし、急ぐ必要はないのだがマリアとしては高速で走る列車に乗ってみたいらしいので、新幹線を利用することにして東京駅に向かった。

 東京駅でまずは駅弁を購入、これまた物凄い数の駅弁がある為、選ぶのに苦労したが、マリアが箸をうまく使えないので簡単に食べられるサンドウィッチにする事にした。

 丁度有名店のカツサンドが売っていたのを見てしまった為では決して無い、また両手でカツサンドを持ったマリアが、リスの様にはむはむする姿が見たいからでも決して無いのだ。

 とにかく、カツサンドとベジタブルサンドを2つずつ購入し、何気なく収納してから新幹線乗り場へと向かった。




 新幹線のホームに着いたマリアは、テンションMAXで列車の写真を撮り始めた。

 丁度このホームからだと、在来線のホームを見下ろすことも出来るのでホームの一番南端まで行って新幹線だけでなく下のホームに入ってくる列車の写真も思う存分撮ることが出来た。

「マリア、こっちを向いてください」

 丁度東北新幹線がホームに入ってきて止まったのでマリアの名前を呼び、こちらを向いたところで写真を撮った。

 真剣にスマホのカメラを構えたまま、顔だけこちらに向けたマリアの後ろに新幹線の先頭車両もバッチリ写っていた。

 それをメールに添付してマリアに送ると、急にスマホが<ピポンッ>と鳴って驚いてしまったマリアを安心させる様に言った。

「大丈夫ですよ、今マリアの写真を撮ったのでそれを送っただけです、ほら、上の方にピコピコしてるマークがあるでしょう? それが手紙マークです」

「……ん」

「それをタップしてみて下さい」

「……こう?」

「そうです、その添付ファイルをタップすると写真が出てくるので長押しして保存するボタンを押すと……」

「……出来た」

マリアの写真ホルダーに隆が撮った写真が納まった。

自分と新幹線がフレームに収まった写真をじっと見つめてにんまりとするマリア、完全にダメな感じのマニアの顔だった。




 そんな感じで時間をつぶしていたのは実は、隆の地元最寄り駅に止まる2階建て新幹線MAX号に乗る為だった。

 ホームに滑り込んできたその車両を初めて見たマリアは思わずだろう感嘆の声を上げてしまった。

「!!! ……タカーシ、……2階建て」

「はい、これに乗るんですよ」

「!!!!! 2階に乗る?」

「はい、大丈夫ですよ」

「……♪ ……♪」

 マリアさん物凄い機嫌が良さそうだ。

 車内清掃が終わりドアが開くのを今か今かと待ちわびて、そわそわしているのがまる判りだった。

 自由席なので席はマリアに選ばせたが、特にこだわりは無い様で、適当に車両の前の方左列の窓側に座った。

「……椅子が、……前向き」

 そういえばマリアはベンチシートの電車にしか乗っていなかった。

「はい、前の席の背凭れにテーブルも付いてますよ」

 そう言って留め具を回すとテーブルが出てくる。

「……凄い、……画期的」

「あまり時間が無いのでお弁当はもう食べてしまいましょう」

「……ん、……サンドウィッチ?」

「はい、カツサンドとベジタブルサンドです、それとこれがお茶です」

サンドウィッチの箱とペットボトルのお茶をマリアの席のテーブルに置く

「あまり揺れないとは思いますが、お茶の蓋はちゃんと閉めた方が良いですよ」

「……ん」

 早速カツサンドを両手で持って出したマリアだったが、窓の外の景色(まだ東京駅)に釘付けでこちらを向いてくれない。

 と言う訳で、隆はスマホをマリアに向けた。

「マリア、こっちを向いて下さい、どうですか? 美味しいですか?」

「? ……ん、……美味しい」

 振り向いて応えるマリアの嬉しそうな笑顔。

 パシャリ! とマリアのカツサンドはむはむ写真を無事ゲットした隆だった。




 出発の案内が流れてドアーが閉まると、列車は滑るようにホームを出て行く。

 いよいよ、マリアはふんふんしながら窓に張り付いてしまった。

 が、ここで悲しいお知らせをしなければならない。

「マリア、残念ですが次の駅が近いので、まだ本気では走りませんよ? あと、一旦地下に入ります」

「……残念」

 マリアはそう言うとスマホの写真を整理しだした。

 文字は読めないはずなのに凄い適応力だった、スマホを弄る姿はもう本当にその辺に居そうな、電車に乗るとスマホを弄り出す普通の女の子そのものだった。

 さっき撮ったカツサンドを食べるマリアの写真も普通に自分で操作してフォルダに収納している。

 写真の整理が終わると、徐に電話を掛け出した。

 と言っても、登録されているのは隆の電話番号だけなので隆の携帯電話が鳴りだす。

 マナー的にはダメな行為だが、幸い周りに人が乗っていないので電話に出てみた。

「はい、隆です」

『わたし、マリア、あなたの、となりにいるの』

「ええぇぇ、なぜ、マリアがそのネタを……、ん? あれっ!? 日本語??」

『はい、ことばを、すこし、おぼえました』

 いつもの話し方では無いので、何かおかしいと思ったら、マリアさん日本語覚えてた!!

 自動翻訳が機能しないテレビや動画サイトのスピーカーからの音声をたった3日間聞いていただけで、ここまで喋れるようになるマリア、この、天才かもしれない……。

 娘に色々な習い事を始めさせる前のお母様の様な心境になってしまう隆だった。

「マリア、凄いですね、たった3日で……、テレビとか動画サイトで覚えたんですか?」

「……ん、……まだ、……聞き取りが、……少しだけ、……話すの、……難しい」

「いや、それでもすごいですよ、自分もマリアの国の言葉を覚えられればいいんですが……、少なくとも文字は読めるようになりたいですね」

「……ん、……難しくない、……教える」

「はい、よろしくお願いしますね」

 列車は上野の地下ホームを出発し間もなく地上へと戻り高架の線路へと入って行った。

「マリア、ここからは景色も良く色々見えますよ」

「……ん、……凄い、……綺麗」

 延々と続く街並み、遠くには天気も良いので富士山も含めた丹沢山系と秩父の山並みも見える、速度は時速100Kmを超える位だろうか?

 マリアも最初は遠くを見ていた為判っていなかった様だが、近くの隔壁と電柱に目をやった時、その動きのあまりの速さにびっくりしていた。

「……タカーシ、……凄い、……速い!!」

「そうですね、もうちょっと早くなりますよ?」

「!!!!!」

「昨日乗ったジェットコースターの2倍くらいのスピードで走ってますね、最終的には向こうの馬車の15倍以上のスピードで走る事になります」

 マリアさんちょっと怖くなったのか隆の左腕にしがみついて来た。

「大丈夫ですよ、この車両は最高で馬車の30倍以上のスピードで走っても壊れない様に出来ています、コントロールできる安全な速度で走ってますから心配はいりません」

「……ん」

 隆の説明を聞いて、やっと安心して窓の外に景色を楽しめるようになったようだった。

 大宮を過ぎると本格的な高速運転に入り時速200Kmくらいまで加速する。

「マリア、あまり近くの物を見てると、目が回ってしまいますから、少し遠くを見る様にした方が良いかもです……」

「……ん、……遅かった、……目、……回った」

大宮を出て10分もするともう目的地だった。

何とか回復したマリアを連れて駅に降り立つと、マリアはスマホを取り出して去って行く新幹線の動画を撮影し満足するとタイミングを見計らったように、この駅を通過する東京行きの新幹線がものすごい勢いで走ってくる

マリアは驚きながらもそのまま撮影を続けていたが相当びっくりした様だった。

「……タカーシ、……さっきの、……あのスピード、……だった?」

「乗ってきた新幹線ですか? はい、同じスピードでしたよ」

「……凄い、……スピード」

「そうですね、ほら、さっきの駅からここまで12分で来ちゃいましたが、丁度フォルタレッサからフロンテラまでの距離ぐらいです」

「……凄い、……早い」

 マリアもさっきの通過新幹線のスピードを見て、やっと実感できた様だった。

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