第35話
鯛焼きを取り出してマリアに渡すと半分に割って返してきた。
「……半分する、……全部試す」
そう云って噛り付くとリスの様に両手で持った鯛焼きを美味しそうにハムハムしだすマリアだった。
「……栗餡、……最強」
全部試したマリアが気に入ったのはあずき餡と栗餡だった。
特に栗餡には目を輝かせて噛り付いていた。
平日と言う事もありゲートで難なく当日券を購入して園内に入ると、直ぐに着ぐるみの、いや違った、夢の国の住人たちであるファンシーな動物キャラたちが出迎えてくれる。
マリアはスマホを出して興奮を抑えきれない様子で写真を撮っている。
「……見た事ない、……生き物、……友好的」
「あぁ、はい、そうですね……」
子供の夢を壊してはいけないと思った隆は思わず肯定の返事をしてしまったが、ふと思い出してマリアに聞いてみた。
「そういえば、マリア、歳はいくつですか? ちゃんと結婚できる年齢なんですよね?」
以前、もう大人だと言っていたマリアだが、実際に年齢を確認していないことに気付いてしまった隆だった。
「……ん、……50歳、……もう、……大人」
「へー、…………えっ!? い、今50歳って聞こえたんですが!?」
「……ん、……50歳、……大人」
マリアさんロリばb……、ロリおばさんだった。
どおりで、鷹の爪のメンバーの中でマリアだけ突出してレベルが高かった訳だ。
そして、よくよく聞き出してみると、エルフは平均寿命が300歳前後で、だいたい30歳前後から容姿に変化が見られなくなり、その後亡くなる直前までは同じ姿のまま過ごす者がほとんどだそうだ。
そう云った訳で、50歳と言っても、人間で言えば20歳前後と言えなくも無かった。
それに、歳が幾つであろうとマリアのかわいらしさに変わりはないのだし、マリアの場合、隆ほどではないにせよ既にレベルは50を超えているので、その寿命は更に延びていると予想されるのだ。
ある意味、寿命がほぼ無くなってしまった隆と、マリアとの出会いは、結びつくべくして結びついた運命的な出会いであったと謂わざるを得なかった。
閑話休題、まぁ、女性の年齢に関してのお話はそのぐらいにしておくとして、この遊園地のアトラクションの数々は、マリアを虜にしてしまうには十分なスペックであった。
平日であるにもかかわらず、各アトラクションは長蛇の列が出来ているが、休祝日に比べれば半分以下の待ち時間で済む。
そしてここのアトラクションは、待ち時間も含めて楽しめるような工夫が随所に散りばめられているので、退屈はしないようになっているだった。
「ここのアトラクションはそれぞれ主題となる物語があり、その物語の世界に入って行き、近くで見守るというコンセプトで作られています」
「……ん」
「あくまで見守る為に乗り物に乗るのであって、こちらから攻撃をしてはいけません」
「……ドラゴン、……危険、……排除、……ダメ?」
「ダメです、ドラゴンもこちらの乗り物には絶対に届かない様になっていますので、安心してください」
「……ん、……判った」
なぜこんな会話をしているのかと言うと一番最初に乗ったトロッコ列車で駆け抜ける鉱山世界の冒険で、途中恐竜に襲われそうになるのだが、その時マリアがファイアーアローの呪文を唱え出した為だった。
慌てて止めたが、もうちょっとで大惨事になるところだった。
そんな、ちょっとした? アクシデントはあったが相当に楽しい様で、マリアの笑顔が途切れることは無かった。
どちらにしても、午後遅くからの入園だったので、今日だけで総てのアトラクションを回るのは不可能だった為、主要なアトラクションのみに乗り、残りはまた今度と言う事にして、夕食は園外のホテルのスカイラウンジでライトアップされた遊園地を見ながら豪華なコース料理を堪能して帰路に着いた。
「……楽しかった、……美味しかった」
「まだ時間は有るから閉園までいても良かったのですが、帰りの電車が大変な混雑になってしまうのでもう帰りましょう」
「……ん、……次は、……シルビアも、……連れてくる」
「そうですね、みんなで来ましょうね」
家に帰るといつも通り風呂の準備をしてお茶を飲みながらテレビを見るまったりとした時間が流れる居間の2人掛けソファーには隆とテレビのリモコンを握りしめたマリアが座っている。
テレビにはニュース番組が世界の情勢やその日に国内で起きた様々な出来事を報道していた。
「……タカーシ、……あれなに?」
「あーあれは、温泉と言って熱いお湯が地面から湧き出ているんですよ、あちらにもありませんか?」
「……ある、……聞いた事は、……ある」
「……見るの、……初めて」
「明日行く、自分の実家の方にも温泉はありますから行ってみますか? 混浴ではないので一緒には入れませんが」
「……行きたい、……でも、……一緒に入る」
隆の左手に抱き着いて上目遣いで見上げるマリアが可愛かったが、こればかりはどうにもできない。
「公共浴場なので混浴は無理ですよ」
「…………」
ぎゅっと左腕を持ちいやいやするように首を横に振るマリア、ちょっと悲しそうだ。
「……判りました、混浴出来る家族風呂のあるホテルか旅館を探してみます……」
「……ん」
一転嬉しそうに微笑むマリア、どうしてもマリアには勝てない隆君だった。
そうして、テレビの番組をあれやこれや見てマリアが尋ねて来る事に解説をしながら、今日買って来たマリアの下着をそれぞれデザインを変えて10種類ぐらい作るという苦行を断行しているうちに夜も更け、マリアも体力的には問題ないとしても、やはり精神的には疲れがあるらしく、うとうとし始めてしまったが、風呂だけはちゃんと二人できっちり入り、そして今日も狭いシングルベッドで二人で就寝するのだった。
明けて翌朝、もう習慣になりつつある朝のご挨拶と朝食を済ませると、テレビを見ているマリアをそのままに、先ずはスマホで実家に連絡を入れてみた。
受話器を取ったのは、予想通り隆の母親であった。
「はい、佐藤でございます」
「あ、もしもしお母さん、隆です」
「あら、隆どうしたの?」
「今日、これからそっちに帰ります、実は仕事も辞めて、アパートも引き払いました」
「……何か事情があるのね?」
「はい、その説明も兼ねて帰ります、それからその……、大切な人を一人連れて行きます」
「まぁまぁ、大変! それじゃ待ってるわね?」
「はい、夕方までには着くと思いますので、それじゃ又後で」
「はーぃ、あとでねー」
なんだか、一寸嬉しそうな、如何にも隆の母親らしい、軽い感じの母親だった。
電話を終えるとマリアには引き続きテレビを見ていてもらって、隆はアパートの部屋を引き払う作業を開始した。
先ず新しい収納庫(時間経過有)を作ると、寝室、ダイニングキッチンと家具類をそのままどんどん収納していった。
虫などが付いたまま、あちらの世界に持って行ってしまうとどんな弊害が起こるか判らない為、収納庫で滅菌することにしたのだ。
<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました>
<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました>
<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました>
<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました>
<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました>
また立て続けにレベルが上がり出した。
つまりこちらの生物を殺傷した場合も、マナが解放され、レベルが上がるのだ。
虫一匹のマナなどたかが知れているが、布団やカーペットにはどんなに気を付けていても大量のそれこそ数億のダニなどの害虫が巣食っているものだが、これらを殺虫する事でも今の隆はレベルが上がってしまうことが判明した。
そこでふと、思った。
「マリア、マリアも収納魔術使えましたよね? 時間経過有の収納庫は作れますか?」
「……ん、……作れる」
「そしたら、このカーペットを収納してみてもらえますか?」
「?」
訳が分からないままではあるが、マリアは言われた通り、収納魔術を発動して驚いた顔をして言った。
「……レベル、……いっぱい、……上がった」
「あー、やっぱりですか、家具についてる虫を退治すればレベルが上がるみたいなので……、それにマリアにも転移ギフトが付いていると思ったんですよ、だって異世界転移ですからね?」
「それじゃ、この部屋の家具は全部一旦マリアが収納してから、自分が収納し直しましょう」
そんな訳で、引越しの準備で思わぬマリアのレベル上げまで出来てしまったのだった。
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