第32話

 会社を後にした隆は、ある程度離れて人目が無い所まで来ると、先ほど回収してきた社内に置いてあった私物を収納して身軽になり、隆の住んでいるアパートを契約した不動産屋さんに向かい今月いっぱいで転居する旨を伝えた。

 部屋は2、3日中に空けて鍵も持ってくると伝えるとそんなに早く開けなくても良いと言われたが、こちらの都合で空けるのでと押し切った。

 こちらも連絡先は実家の方の住所と電話番号を伝えておいた、最も、契約時の書類にも実家の住所と電話番号は書いてあった様だが……。

「一応今日しないといけない事は全部終わったかな?」

「マリア、さっき色んな人からお菓子貰ってたみたいですが、お腹空いてますか?」

「……ん、……別腹」

 お菓子は別腹らしかった。

「どうしましょうかね……、そうだ、ピザなんかどうでしょう?」

目の前を横切った宅配ピザのスクーターを見て隆は言った。

「……ぴざ?」

「ピザと言うのは、小麦を練った生地を丸く伸ばして、その上にチーズやトマトソース、肉、野菜などを乗せて窯で焼いた食べ物です」

「……ん、……美味しそう」

「地下鉄で2駅ほど行ったところに評判の良いお店がありますのでそこに行きましょう、地下鉄は地下を走る電車ですよ」

「!! ……電車!! ……乗る!!」

「マリア……、2駅だけですよ? 約束ですよ?」

「……ん!」

 しかし、マリアさん景色の見えない地下鉄はお気に召さなかった様でぐずらずにちゃんと降りてくれた。

 ただし、この駅は深い所にあるらしく、非常に長いエスカレーターがあった。

「……動く階段、……長い」

 エスカレータなど動く通路は初めて乗る場合、感覚が掴めないでバランスを崩す人も多いのだが、マリアはレベル50の身体能力を持っているので危なげなく対応出来ていた。

 そして、エスカレーターにも物凄いご執心で乗る前に、そして降りた後に、興味津々で見入っていた。

 どうやら平らだったところから階段が現れて、頂上に着くと平らになって消えてゆくのが不思議だったらしい。

 駅を出て少し歩くと目的のピザ屋が見えてきた。

 流石は流行っている店だけあって、既に1時を過ぎているのにまだ混んでいた。

「ずいぶん混んでますね、ちょっと待ちますがいいですか?」

「……ん、……待つ、……良い香り」

 辺りにはチーズがこげる良いにおいが漂っている。

 やっと店員に席に案内される頃には30分近くが経っていた、朝食を摂ってから何も口にしていない隆はだいぶ腹が減っていたので、定番のマルゲリータとキノコもっさりサラミオニオンのLサイズの2枚も注文して、飲み物はコーラとマリア用にメロンソーダを注文した。

 ここのピザは薄めの生地なのにもっちりとし弾力があり、歯ごたえが良く本場のイタリア産モッツアレラ、パルミジャーノ、ペコリーノ、ゴルゴンゾーラなどを独自のブレンドでふんだんに使っているせいか、とても風味がよく焼いた時の伸び具合もとても良い具合に仕上がっている。

 マリアは、マルゲリータのフレッシュバジルの香りとモッツアレラの食感が気に入った様で半分をぺろりと平らげ、キノコピザも嫌いでは無い様で、きっちり半分は平らげてしまった。

 あんなに皆からお菓子を貰って居た様だったのに、別腹と言うのは本当の事の様だった。




 遅い昼食を終えた隆たちは、まず携帯ショップに出掛けてマリア用のスマホ用SIMの契約をする事にした、何かあってはぐれた時や、緊急時に連絡が取れないのは不安だった為だ。

 スマホ本体は、例の魔法で作った物(作動も隆のSIMを使って確認済み)を既に持っていたのでSIMだけ契約すれば良かった。

 本体カバーの色を桜色に変えた隆と同機種のスマホに、契約したSIMをセットして作動を確認、念のためGPSも作動するようにして、隆の電話番号を登録したら終了。

 これで迷子になっても直ぐ見つけられるようになり一安心だった。

 マリアさん、ああ見えて機械物には強いらしく、電話の仕方をマスターするだけでなく、カメラの使い方まですぐに覚えてしまった。

 64G《㌐》のメモリーカードを入れてあるが、直ぐにいっぱいになりそうな勢いで写真(主に電車の写真だった)を撮りまくっていたマリアさんだった。

 自分専用のスマホがうれしかったのかニコニコと大事そうに抱えて歩いていた。

 因みに、後で発覚したのだが、電話でも言葉は通じなかった。

 自動翻訳、意外と使えないスキルだった。




 さて、あちらへ行くに当たってしなければならない事はまだあったが、とりあえず今からではちょっと時間が足りないので、今日の残りはマリアをエスコートして都心の案内に時間を割く事にした。

 また地下鉄に乗り、この辺と言うか、日本で一番高い塔のある場所へ向かった。

塔の足元に広がるショッピングモールを通り抜け先ずは展望台へと昇ると、天気も味方した為、都心の街並みが360度見渡せ、更に遠くには小さく富士山も見えている。

「……高い、……凄い」

 マリアはこの都心のビル群が延々と続く様にちょっと驚きを隠せず、呆然としていたが、だがしかし、回廊状になっている展望室をめぐり終わるころには慣れてしまった様だった。

 まぁ、ある意味、身もふたもない言い方をすれば、高い所から街が見渡せるだけと言えばそれまでなのだが、これだけ巨大な塔を人間が技術だけで作ったと云う事に意義があるのだ。

 その後、ショッピングモールを散策してお土産になりそうなものを買い夕食をどうするかの話になった。

「マリア、生の魚を食べたことはありますか?」

「……無い、……生、……危険?」

「うーん、この国は島国なので魚介を良く食べるんです、生食は管理をしっかりしている所なら大丈夫ですよ、挑戦してみますか?」

「……タカーシも、……良く食べる?」

「はい、結構好きです」

「……ん、……試す」

 と言う訳でお寿司初体験に繰り出すマリアだった、まぁ、回る方のお寿司屋さんだが……。

 まず、マリアの興味を引いたのは、食べ物が目の前を回って流れて行くというシステムだった。

 魔法で再現できなくもないかもしれないが、まだそう云った発想にたどり着く者はあちらには居なかった様だ。

 マリアにネタの種類を説明してみると類似種はあちらにも存在する様でほとんどの物は通じていた。

 定番のたいまぐろは勿論、さばなどの青魚も雲丹うにやイクラ、果ては貝類などもおいしそうに食べている。

 マリアさん、与えられたものは何でも物凄く美味しそうに食べるので、ついつい色々食べさせたくなってしまうのだ。

 会社のOLさん達もそれにやられたのだろう。




 食事を終えて電車で帰宅するとまだ夜の九時前だったが風呂の給湯をセットしてお茶を飲みながらテレビを見ていた。

 マリアは意味が解らないはずのテレビニュースを物凄く真剣に見ている、そういえば昨日も今朝もテレビに釘付けだった。

 そうこうしている内にお湯張り終了のチャイムが鳴った。

「マリア、今日は一人ずつ入りませんか? ほら、お風呂狭いですし……」

「……ダメ、……一緒、……やり直し、……なる」

「ん? やり直し? 何をですか?」

「……ん、……婚姻、……儀式」

「えっ!?」

 よくよく聞いてみたら発覚した驚愕の事実!! エルフので、夫婦となる二人は、三日三晩連続して互いに身を清め、しとねを共にし、朝には抱擁と接吻で一日を始める必要があった。

 つまり一昨日からの一緒に入浴&一緒に睡眠そして目覚めのキスはエルフの婚姻の儀式だった。

 婚姻に異議が有る者はこの3日間の内に儀式を邪魔するか、二人に対し異議を申し立てねばならない。

「…………」

「マリア、こっちに来てる時間はノーカンになりませんか?」

「……ならない、……三日間、……重要」

「判りました、もう会社の皆の前でマリアと結婚すると誓ったし、良いのですが、シルビアに何と言ったら良いのか……」

「……問題ない、……シルビアも、……後で、……儀式する」

「ええぇぇぇ!? ハードル高いなぁ……」

 一連のマリアの行動が儀式と判った為か、今夜の入浴では隆も暴発だけは避けることが出来たのだった。

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