第30話

 あまりにも自然に隣にいたもので、今の今まで全く意識していなかったが、マリアが一緒に三和土たたきに立っていた。

「……靴、……脱ぐ?」

「はい、脱いで上がるんですよ……いや、そうじゃなくて、なんでマリアがここに?」

「……ん、……離れない、……言った」

「え? でも異世界ですよ? てか、おうちの人には言って来たのですか?」

『一寸異世界に行ってくる』と家の人に言う女の子が居たら事案発生だろう、それに昨日からずっと一緒にいたのだから、家に伝言などできるはずもない。

 隆君相当混乱してる様子だ。

「……ん、……大丈夫、……もう大人」

「いや、そうかもですが……、一旦向こうと繋いでマリアだけ帰す?」

「……やっ、……帰らない、……一緒」

 左手に抱き着いて、あの金色の瞳で不安げに上目遣いに見上げられてしまうと、もう勝てない隆だった。

「マリア……、判りました、一緒に居ましょうね」

「……ん」

 安心したのか柔らかな笑顔を見せるマリアは守ってあげたくなる愛らしさ満点だった。




 隆のアパートは築10年になる標準的な2LDKバストイレ付の物件で、既に4年ここで一人暮らししていた。

 リビングに使っているフローリングの8畳間には絨毯を敷いて、量販店で買った2人掛けのソファが置いてありガラスのローテブルを挟んだ反対側には50インチのテレビがテレビ台の上に鎮座し、DVDレコーダー、それに各種ゲーム機がテレビ台の中に収納されていた。

テレビの横には大きめのオープンな本棚が置いてあり、通商関係の専門書からラノベまで雑多な本が詰め込まれていた。

 もう一つの6畳間もフローリングでシングルベッドと文机と椅子が置いてあった。

 文机の上にはノートPCが置いてあるが、充電されているだけで、明らかにこちらの部屋は寝るだけに使っているのが見え見えだった。

 とりあえず、夕食にしようと思ったが、冷蔵庫に食材はほとんど入っていないので近くのファミレスで済ますことにした。

 食材も、出そうと思えばいくらでも用意できそうだったが、せっかくマリアが居るのだからいろいろ見せてあげたかったのだ。

 マリアの容姿は人目を引くのではないかと思っていたが、ローブさえ着ていなければ、服装を含めて違和感なく馴染んでいて、街を歩いていても特に注目を浴びてしまう事は無かった。

 ただ、マリアのかわいらしさは、男女ともに、どうしても無視は出来ないようで、チラチラと視線を送ってくる者はいたが、日本の都会的無関心は凄いもので、声を掛けてくるような強者つわものは居なかった……、と隆は思っていたのだが、……実は、隆は知らない事だが、この界隈で隆はお人形みたいな男の子として有名人だった。

 そして暗黙の了解として、『隆は愛でるもので、声を掛けない』というルールが浸透していたのだった(南無南無)。

「意外と人目を引かないものですね、最近は外国人も多いから、あまり違和感もないですし、良かったです」

「……ん」




二人が向かったのは『モコス』と言うこの辺りでは有名なチェーン店のファミレスで、ホイル包みハンバーグや、鶏肉の山賊焼きなどが有名な所だった。

サラダバーやドリンクバーも充実しており隆も気に入っていて良く訪れていた。

「マリア、食べられないものや、嫌いな食材はありますか?」

「……ん、……特に、……無い」

「判りました、せっかくだからマリアが一度も食べたことが無い感じの食事にしましょうか、甘辛いタレの掛った豚肉の生姜焼き定食なんてどうですか?」

 綺麗に盛り付けられた写真の載ったメニューを見て驚きながらページをめくっていたマリアに問いかけると嬉しそうな返事が返ってきた。

「……ん、……美味しそう」

「サラダはあそこで好きな物を選んで自分で盛り付けるんです、一緒に行きますか?」

「……ん」

サラダバーは物が見えてるので問題なかったが、ドリンクバーは、ボタンを押すと飲み物が出るシステムは理解できても、日本語が読めないので何か判らず、一つずつ少量を飲んで結局メロンソーダが気に入ったみたいだった。

 そして、料理が届けられると小鉢に入った付け合わせの漬物や煮しめ、冷奴もさることながら、メインの生姜焼きを大層気に入りはむはむと嬉しそうに平らげていた。




 食事を終えた後は、もうちょっと目立たない服と帽子を入手する為、遅くまでやっている衣料品量販店『ムニクル』へと向かった。

 そう、忘れていたが、隆が預かったままになっていたマリアの荷物には昨日の護衛任務に就くための1泊分の着替えは持っていたが、洗濯しなければ、替えの下着も無い状態なのだった。

 まぁ、今持っている分は洗濯するとしても、1週間分くらいの下着類とスカートやブラウス、ワンピースなどを纏めて購入、目立たないところで収納して家に帰る運びとなった。

 そう、こちらの世界に帰って来ても隆の収納魔術、何でも作成魔法、共に問題なく使え、魔力も特に減らない事が判った。

 マリアに聞くと、こちらにも精霊は普通にいるそうだ。

 精霊達は基本的に自然の多いところ、山や森、草原などに居るのだが、都市部でも公園など人工的に作られた木々の多い場所にも集まっている様だった。

 そして、隆を見つけると寄ってくるらしい。

 つまり隆は常にその辺の精霊を、山盛りまとわりつかせて歩いている状態だったのだ、ふと思ったが隆の『童貞力バリアー』の正体って、精霊さん達だったりしないか? 精霊たちが山盛り取り付いてるせいで女性が寄って来なかったのではないだろうか? 卵鶏論になりそうだが、恐ろしい真理に辿り着きそうになったところで、左下からの視線に気づき目を向けるとマリアが上目遣いで微笑んでいた。

 考えてみれば、そのお陰でマリアと出会えたと言える。

 そう考えると、悪い事ばかりとは言えないと考え直した隆だった。




 家に帰ると、隆は先ず風呂の準備(といっても、浴槽の栓をしてボタンを押すだけ)をして、テレビを点けた。

「!」

 黒い板がいきなり明るくなり映像と音が流れ出した為、マリアは驚いて隆の左腕にしがみついた。

「あ、ごめんなさい、あれはテレビと言って遠くの出来事や、演劇などを映すことが出来る機械です」

「これでチャンネルが変えられるんですよ」

 隆はそう言いながら、リモコンを操作して見せた。

「……ん」

 リモコンを受け取ったマリアはボタンを押すと変わる画像に見入っていたので、隆は席を立ってお茶を用意することにした、と言ってもティーバックにお湯を注ぐだけなのだったが……

 そうこうして居る内に、風呂も沸いたので風呂に入る事にしたのだが、マリアが一緒に入ると言い出し、狭いからといくら言っても、言う事を聞いてくれなかった。

 根負けした隆はとうとう一緒に入ることを認めてしまったのだった。

「判りました、じゃ、一緒に入りましょう、でも本当に狭いですからね?」

 着ていた服をすべて洗濯機に突っ込み、ついでにマリアの洗濯物も収納から出して纏めて洗濯することにして、洗剤や柔軟剤をセットしてスイッチを入れた。

 全自動洗濯機にも物凄い興味があるらしく、暫く全裸で洗濯機の前に座り込んで覗いていたマリアだったが、隆が促すと浴室にやって来た。

「マリア、体が冷えてしまいますから早く入りましょう」

「……ん」

 昨日の様に先ずは隆を泡だらけにするマリアだったが、隆は素数を数えることで、何とか暴発の危機を乗り越えることに成功していたのだった。

 が、今日は更なる難問を隆に投げかけてくるマリアだった、即ち、マリアの全身丸洗いミッションの発動であった!

「頭と背中はともかく前は自分で洗えますよね?」

「……だめ、……タカーシのも、……洗った」

「そうですけど!、男の胸と女の子の胸では違うでしょう!?」

「……下も、……洗った」

「!! た、確かにそうですが、ああぁぁ、判りました! 洗います!! 洗いますよー!!」

 マリアを背中から抱きしめる様に前に手を回して胸を洗う隆は心の中で叫んだ!

(うっわー!! や、柔らかテロr!!!!!!)

 テロリストは隆だった、結局、隆は暴発を阻止する事が出来なかったのだった……。

 その後は前回と同じく呆然としたまま、マリアをひざの間に入れて抱きしめる形で湯舟に浸かり……身体を拭かれると用意していたスエットを着てベッドに連行され狭いシングルベッドで二人で寝る事になるのだった。

 隆の左わきに挟まって眠るマリアはやり遂げた感溢れる、物凄く幸せそうな寝顔ですやすやと眠りについていた。

「辞表を用意しようと思っていたけど、明日にしよう……」

 そう独り言ちて隆も眠りにつくのだった。

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