第28話

 城塞に帰り着いたシルビア嬢はまず、隆(+マリア)が、泊まる部屋に2人を案内した。

「フォルタレッサに滞在中は、この部屋をタカーシ様の私室としてご利用ください」

 広さは昨日と同じく20畳ほどで、派手な装飾は無い自然な木目を生かしたナチュラルブラウンの家具類と、白い壁の全体的にシックな色合いに纏められた、落ち着いた雰囲気の部屋だ。

「御用の際にはその呼び鈴を鳴らして頂ければ、直ぐに係りの者がお伺い致します」

そう言ってベッド脇の机に置かれたハンドベルを指さした。

「まだ、夕食の時間には間がありますので、わたくしは例の本を取って参ります、少々お待ちくださいね?」

 そう言ってシルビア嬢とエレナさんは部屋を出て行った。

 部屋にはローテーブルとそれを挟んで3人掛けのソファが2脚置いてあるので2人が戻るのを座って待つことにした隆とマリアだった。

「マリア、喉が渇きませんか?」

「……ん、……大丈夫」

「そうですか? 何か欲しかったら遠慮なく言って下さいね?」

「……ん、……ありがとう」

 そう言ってうれしそうに隆にしな垂れ掛かってくるマリアだったが、隆ももう慣れたもので、それほどうろたえはして居なかった……。

 嘘だった、物凄く動揺して心臓がもう口から飛び出さんばかりにドッキンドッキンしていた。

 程なくして、シルビア嬢は本を抱えて、エレナさんはお茶の道具を乗せたワゴンを押して戻ってきた為、二人っきりの緊張感から解放されちょっとホッとした隆だったが、シルビア嬢が、向かいのソファーではなく隆とマリアが座っている方のソファーに座ろうとした為また焦る事となった。

「シルビアさm、シルビア、何故こちらに座ろうとしてるのですか?」

 シルビア様、と言いかけた隆ににっこり微笑んでいるのに笑ってないシルビア嬢はちょっと怖かった。

「何故って、本を読んでお聞かせするのですからお隣でないと、ですよね? マリア様?」

「……ん」

 マリアを味方につけたシルビア嬢は、我が意を得たりとばかりに遠慮なく、隆の右隣に滑り込んで右腕を抱え込んだ。

(うっ! やわらかいっ!!)

 マリアもそうだが、シルビア嬢も女性らしい柔らかな心地よさを隆にこれでもかと与えて来るのだった。

 だが、よく見るとシルビア嬢は耳まで真っ赤になって心なしか目線も定まらずきょどっている。

 それを見て隆は自分も照れてしまうのではなく、逆にほほえましく思うと同時に愛おしく感じてしまった。

「シルビア、何も無理して張り合う事は無いのですよ?」

「殿方はこうすれば一撃だと、お母様が…………」

 ものすごく恥ずかしそうにそう言ったシルビア嬢だった、てか、イサベルさんの仕業だった!

「うっ! た、確かにそういう傾向が無いとはい言いませんが、そんな事をせずともシルビアもマリアも十分、いや、超絶的に魅力的な女性ですよ?」

「それでは、わたくしの事もマリア様と同じくらい愛して頂けますか?」

「もちr…………」

 勿論と言いかけて隆はふと気づいた、出会ってからまだ2日しか経っていないのに、それに既にマリアが居て認めてしまっているのに、不誠実なのではないのか?

「…………あの、自分の世界、いや自分の国では、二人と同時にお付き合いするとか、結婚するとかいう行為は、倫理的にも、また結婚の場合は法的にも、認められていないのですが、こちらでは違うのでしょうか?」

 ハーレムを認めている国もあったことを思い出したが、なんか理屈をこねだした隆だった。

「法的な面では複数の妻を娶る事に問題はありませんね、ただ、女性として客観的な立場から言わせていただくとすれば、こちらでも、そう云った行為は誠実とは言えないでしょうね……」

「……ですよね、世界は違っても同じ人間ですし、考えは同じですよね」

「しかし、理屈では判っていても、今回の場合、マリア様に先を越されてしまった、当事者としての自分の立場としては、タカーシ様のご寵愛を頂くチャンスが頂けると捉えることも出来ます」

 シルビア嬢もなんだか難しいことを言い出した!

「全かゼロかしかないと決めつけてしまうのは、あまりにも強引で視野狭窄な考えかもしれないと今の立場だと思えてしまいます……」

 そんな自信なさげなシルビア嬢をソファーの背もたれ越しにそっと抱きしめながらエレナさんが言った。

「お嬢様、恋愛は理屈ではありません、自分の心に嘘をつかないで正直に行動して良いのです」

 なんと返していいか判らない隆は困って隆の左腕を抱いているマリアを見た。

 普段ならこう言った話が始まると強く握りしめる様に左手を圧迫してくるマリアだが、何故か今回は柔らかに左手を持ったままだった。

「……タカーシの、……思う通りで、……いい」

 マリアの金色の瞳はいつになく真剣に隆を見つめているが、浮かんでいるのは不安の色など一切無い、柔らかな優しさだけだった。

 マリアの言葉を聞き、その瞳を見た隆は、優しくマリアの髪を撫で、徐にシルビア嬢に向き直り言った。

「シルビア、実は自分は今まで26年間生きて来て、一度も恋愛をした事が有りません……なので、マリアとの事も手探り状態ですし、ここに、この世界に来て、マリアに、シルビアや、それにエレナさんの事も可愛いし愛おしいと思ってしまっているのも確かなのですが、これが恋愛感情なのかどうか全然わからないのです……」

「だから、もう少し時間を頂けませんか? ほら、まだ知り合ってから2日しか経ってませんし、もっとお互いの事を良く知ってからでも遅くはないと思うんですが……」

「……30点」

「20点ですね……」

「わたしも入れてくれたのを評して35点ですが~ 恋に時間は関係ありません~」

 マリア、シルビア嬢、エレナさんによる、『隆の言い訳』評価だった、厳しい採点だった。

「まぁ、でもそんな優柔不断な所も含めてタカーシ様が好きになってしまった訳ですし、諦めましょう……」

溜息を吐きつつ、でもちょっとうれしそうに言うシルビア嬢だった。

「でも、タカーシ様、これだけは約束してください、例え私たちの中の誰か一人を選んだとしても、必ず全員をおそばに置いて下さいます様に、勿論わたくし達も絶対に離れたりはしませんけれど、ね?」

「……ん」

「離れませんです」

「…………ぜ、善処します、はぁ~、ハードル高いなぁ……」

 そう云って項垂れる隆君だった。




 気を取り直して、本を読んでもらう事になったが、マリア、隆、シルビア嬢の3人が同じソファーに掛けているフォーメーションは変わらず、エレナさんもシルビア嬢の斜め後ろに立ったままだった。そのポジションなどに言及すると話が進まないと思った隆はとりあえず本を開いた。

 やはり読めない文字だった。

「それでは、かいつまんであらすじをお話ししますと、魔法使いの研修生であった導師はある日いつもの様に外出しようと思ったところ、自室のドアを開けたら突然知らない町に立っていたそうです……」

「…………ん」

「不思議な事にその町の住人とは言葉が通じるのに街の看板などの文字はまったく読めなかったそうです」

「…………そう」

(ん? どこかで聞いたことのある話したぞ?)と、隆は思ったが黙って聞いていた。

 そして、マリアさん相槌しか打っていないです。

「導師は、その町で高名な賢者の所へ弟子入りして魔法の研鑚に励んだのですが

考えていたのはいつも、自分の国に帰る事だったそうです」

「……ん」

「そうして数十年が過ぎ、導師もその世界で高名な賢者として名を馳せていたある日、森の中の何も無い所に光り輝くドアを発見し、好奇心からそのドアをくぐるとドアは消え、こちらの世界に帰還していたと言う事です」

「…………」

 いや、マリアさん寝てしまっていないか?

「どこかで聞いたことのある話ですね……」

「はい、タカーシ様のお話を聞いて真っ先にこのお話を思い出しました」

「カギは扉ですね……、そういえばこちらに来てから一度も扉を自分で開けていません……」

 そう云うと隆は立ち上がって部屋の扉に向かった。

 徐に取っ手を握り扉を開いてみたが、見えているのはただの廊下だった。

 念のため、取っ手を掴んだまま、そーっと覗き込んで見たが、やはり普通に廊下が続いているだけだった。

 扉を閉めその場であごに手を当てると黙考を始める隆だった。

(あの時、アパートのドアを開けるとき何かあったか? いや何も感じなかった、こちらの世界の事を考えたりは? ゲームコントローラーの事しか考えてなかった……、つまり、あれは完全に偶然だったのだ、今は、家に帰ろうと思ってゲートをつなぐ必要があるのでは?)

 隆がうんうん唸って、色々考えているとシルビア嬢が隆の後ろを指さして言った。

「タカーシ様、扉が……」

「えっ?」

そう言って振り返った隆の目に入ったのは先程と違って鮮やかな虹色に光る扉だった。

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