第23話

「やはりか、場所は?」

「北から真っ直ぐ南下して来ているそうです!!」

「よし、では第1軍の500名は私と北門に向かう、第2軍と第3軍の1000名は東門へ、第4軍と第5軍1000名は西門へ向かえ!、第6軍の500名は有事に備え城で待機とする」

「第2軍から第5軍は門の外に展開後、待機しろ」

「私の合図で広範囲を索敵及び殲滅しながら城壁外を北門へ向かう事」

「よし、復唱後、各自掛れ!」

 全員で命令を復唱した後、各自の持ち場に向かって走り去った。

 皆の士気は高い、訓練も十分されている為動きも早い。

 良い軍隊だった。




 一方その頃、隆はシルビア嬢に連れられて、城の書庫に来ていた。

 そこは紛れもない、文字通り書庫と呼ぶにふさわしい部屋だった。

 陽の光から本を守る為か、壁に窓はなく、ドーム状になった天井の上の方に明らかに斜め下から開けられたであろう明り取り窓が並んでおりそれがこの部屋の光源となっている。

 その為、室内は非常に薄暗くなっていた。

 こんなところで読書をしていたら間違いなく目が悪くなること請け合いだった。

 もちろん、ここでそんなことをするものは居らず、あくまでここは本を保管しておく場所なのだった。

 読書は、それぞれの執務室なり、自室まで、本を持っていってからするのが普通だった。

 だが、隆はこの大量の古い紙と、製本に使ったであろうにかわと古い革の匂いが充満する、こういった部屋が好きだった。

「ありました、これが昨日お話した、異界から帰ってきた導師のお話しです」

 そう言ってシルビア嬢が1冊の本を持って書庫の奥から戻ってきた。

「ありがとうございます、拝見します」

 隆は本を受け取ると開いてみた、が、良く読めない、暗いからな、と思いながら比較的明るい場所に移動してみて初めて判ったが、書いてある文字は、日本語でもアルファベットでもアラビア文字でもなかった。

「シルビア様……」

「…………」

 隆が呼びかけるとシルビア嬢はにっこりと微笑んで、しかし何も答えなかった。

 仕方なく隆は言い直した。

「シルビア、大変なことが発覚しました」

「まぁ、何でしょう?」

「文字が……読めません」

「え? タカーシ様は流暢なカステイリア語を話してらっしゃるので、文字も判る物と思っておりました」

「え? いや、皆さん凄く丁寧な日本語を話していらっしゃるから、文字も日本語だろうと思ってました……」

 ちっと考えてシルビア嬢が言った。

「どうやら、自動翻訳の様な物が働いていたようですね?」

「そうなんですかね? 試しにゆっくりと『明日あした』と言ってもらえますか?」

 隆が頼むとシルビア嬢はゆっくりと発音してくれた。

明日Mañana

「あー、明らかに口の動きと発音に違いがありますね、口の動きなんて、話しながらじっくり見てなどいませんので気付きませんでした」

「本当ですね、注意して見ていると何だか不思議な感じがします」

「……大丈夫、……私が、……読む」

「マリア……、あ、ありがとう」

 流暢に本を朗読するマリア。

 想像できなかった。

 困っているとクスッと笑ったシルビア嬢が間に入ってくれた。

「マリア様、せっかくですからご一緒に、タカーシ様にお話しを聞かせてあげませんか?」

「……ん」

 感謝の目線をシルビア嬢に送るといたずらっぽく笑ったシルビア嬢が耳に口を寄せて囁いた。

「一つ貸しですよ」

 



 とりあえず、暗い書庫を出て先ほどの応接室に向かう事にした隆たちは、俄かにあわただしくなった雰囲気を察して通りすがりの秘書官を呼び止めて聞いてみた。

「スタンピードが発生した模様です、魔の森から真っ直ぐ北門に向けて大量の魔物が南下しているそうです」

「我々も向かった方が良くありませんか? 何かの役には立つはずですですし」

 しばし、黙考したシルビア嬢は頷いて言った。

「そうですね、安全度はどこに居ても変わりませんし、マリア様の広域殲滅魔法は必要になるかもしれません」

「では、本を一旦書庫に戻し、支度をしてまいります」

 そう言ってシルビア嬢が応接室から出て行った。

「マリアは? 支度は有りませんか?」

「……タカーシ、……持ってる」

 マリアのローブやワンド、その他の荷物は、そういえば全部、隆が収納していたのだった。

「……そうでしたね、ではここで大人しくシルビア嬢を待ちましょう」

 ローブを出して着込んだ隆とマリアが待っていると、ほどなくして、緑のワンピースにローブを羽織ってワンドを持ったシルビア嬢が戻ってきた。

「直ぐに馬車の準備も出来るので、もう行きましょう」

 城塞の表玄関前には既に馬車が待機して、セバスティアン氏が御者台に座っていた。

「護衛の騎士も直ぐに参ります」

 その声が止まらない内に、10騎の騎兵が駆けて来た。

「では、参ります」

 挨拶もそこそこに、馬車に乗り込んだ隆たちを確認するとすぐに、セバスティアン氏は馬車を走らせ始めた。




 伯爵と第一軍500名が北門に到着した時、既に閉じられた城門の前には300名近い冒険者が待機していた。

 そして、その中から一人の禿頭とくとうの大男が進み出ると手を上げて伯爵に挨拶した。

「臥せっていると聞いていたのだが、元気そうで何よりだ、カルロス」

「お前も、相変わらず元気そうだな、ぺぺ」

「その名で俺を呼ぶな!」

 2人は旧知の間らしく、軽い感じで話をしている。

「とりあえず直ぐに動ける奴らを動員して来た、魔法使い100名と剣士、僧侶その他混成200名だ」

「助かる、流石は稀代のギルドマスター、期待以上だ、で、外の様子は?」

「そっちもやめろ! まだちらほらだが、偵察の報告だと1万は下らないかもしれん」

「一万か、多いな……、城壁が破られる事はほぼ無いだろうが、集まられると越えられる可能性はあるから警戒は必要だな」

「その辺は城壁の上から魔法使いに散らしてもらう、対応できない集団はマリアに頼もうと思ったのだが……」

「大丈夫だ、直ぐにやって来るだろう、大賢者様と一緒にな」

「それは、鷹の爪の連中を助けた男の事か?」

「やはり知っていたか、本当に耳の早い男だ、おっ? 噂をすればの様だぞ?」

 護衛を引き連れた1台の馬車がこちらに向かってきているのが見えた。

「いいか、大賢者様を見てもに女みたいだ、などとは言うなよ? お前がどうなっても構わないが、間違いなく大変な事が起こるからな?」

「もし言ったらどうなる?」

 ちょっと面白そうにギルドマスターは言った。

「そうだな、死ぬことは無いだろうが……、ディアボロ傭兵団知ってるな? あの痴れ者共、タカーシ様を女扱いして壊滅したからな?」

「えっ!?」

「極秘情報だ、この後、領軍が捕縛したことになる予定だからな」

「で、どうなるかだったな? 全員ガタガタ震えて使い物にならない状態だ」

「!! あのピサロもか?」

「あぁ、あいつが一番ひどい状態だ」

「…………、うん、気を付けよう」

 そんな事を話しているうちに馬車が到着して隆、と隆に引っ付いているマリア、更にシルビア嬢が馬車から降りて来た。

「お父様状況は?」

「うむ、よく来てくれた、1万以上が予想されている」

「魔法使いは城壁の上から集団を散らす様に動いてもらう」

「大きな集団が来た場合は、マリア嬢に頼むつもりだ」

「……ん」

「集団をばらけさせればいいのですね?」

「はい、タカーシ様、城壁を破壊される事はほぼ無いのですが、塊で来られると下の魔物を足場にして乗り越える魔物が出てくるのです」

「なるほど、了解です」

 ちらちらと、こちらを見ている禿頭の大男を見て、隆は伯爵に尋ねた。

「えっと、こちらの方は?」

 すると、待ってましたとばかりに大男は答えた。

「初めまして、私はこの領都で冒険者組合のギルド長をしているホ『……ペペ』セと申します、以後お見知り置きを」

 インターセプト気味にギルド長の名前に『ぺぺ』と被せたのはマリアだった。

「おい、マリア嬢ひどいな、俺はホ『……ぺぺ』セだろ!」

「……ホセは、……鷹の爪、………居る」

「……ギルド長、……ぺぺ」

ガックリと項垂れるギルド長だった。

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