第22話

「この剣を見よ、形状は太刀と云うそうだ」

「拝見しても?」

 エルシドは太刀を受け取ると無造作に鞘から引き抜いた。

「き、気を付けよ! 刃に触ると指が落ちるそうだ」

 現れたのは美しい刃紋の浮かぶやや反りの入った片刃の刀身だった。

 地金には何度も繰り返し鍛え上げられたであろう事がうかがえるダマスカス鉱の様な文様が光の加減で浮かんでは消える。

 一通りみて感嘆の溜息をつくと、鞘に太刀を納めて、伯爵に返却しながら言った。

「素晴らしい剣? 太刀? ですね、しかし、そんな鋭い刃立てをしていてはすぐにつぶれてしまうのでは?」

 

「ふっ、私もそう思ったが、これはミスリルとオリハルコンの合金だ、魔力が通るのだよ」

 そう云うと伯爵は太刀を再度引き抜くと魔力を通した。

 刀身全体が淡く輝きだしたのをみてエルシドは息をのんだ。

「お前が先程使っていた剣は官給品か?」

 エルシドが頷くと伯爵は言った。

「ではちょっとその剣を持って構えてみよ」

「動くなよ……」

 エルシドが剣を中段に構えると、伯爵はそう言って剣を振り下ろした。

『リンッ』という鈴の音のような音と共に、エルシドの持っていた剣はまるでバターの様にあっさり剣先を切り落とされてしまった。

「なっ!?」

 金属同士がぶつかり合う硬い音も抵抗も一切なかった。

「うむ、さすが私の『エスピリタルリリア』だ、刃毀れすら無い」

 嬉しそうに太刀を横にかざしてみている伯爵だった。

「た、確かに素晴らしい太刀?ですが、それがどうしたというのですか?」

 エルシドは羨ましそうに太刀を見つめながら言った。

「うむ、ここからが本題だ、そこで聞き耳を立てているお前たちも良く聞け、

絶対にこれを外に漏らしてはならん、よいな?」

 皆が一斉に頷いた。

「この太刀だがな、タカーシ様が、魔法で先ほどほぼ一瞬で作ってしまわれたものだ」

 今度こそ、再び辺りが静寂に包まれたのだった。

「その他、食料、衣料、マジックアイテム、機械、果ては貨幣まで、何でも作り出せるそうだ」

「な、何故、我々にその様な機密ともいえる話を?」

「うむ、此処に居るお前たちは軍の中でも隊長格の精鋭だ、軽々しく話を広めるような愚か者は居ないと信じている」

「それにタカーシ様には手柄を譲られる形になっている、それに不服な者もここには居ただろう?」

 伯爵が見回すとほとんど全員が気まずそうに眼を逸らした。

「で? エルシドとの試合と、今の話を聞いてまだ不服な者は居るか?」

 今度は全員首を横に振っていた。

「うむ、タカーシ様は500年前の英雄達に比肩しうる、いや、英雄達すら超える大賢者様なのだ」

「ドラゴン以上のポテンシャルを秘めている彼の逆鱗げきりんに触れれば、領都などあっという間に壊滅してもおかしくない」

「我々は、タカーシ様の力を知って利用しようとする者達から彼を守らねばならない、判るな?」

 今度は全員が頷いたのを満足げに見回した伯爵は、入り口に控える侍従に合図を送った。

「よし、それでは私からお前たちに贈り物だ」

「正確には、タカーシ様からだがな」

 侍従たちが休憩所から運んで来たのは50振りの剣だった。

「中身は同じ剣だが、タカーシ様には多少拵えを変えて頂いたので序列順に一振りずつ選んで行くと良い」

 新しい剣と聞いてほとんどの者は喜んだ。官給の剣も悪くはないのだが、手入れを怠りがちの為、どうしても草臥れて来ている。

「全員受け取ったか? よし、その剣だが、私が陛下より下賜かしされた国宝の宝剣を元にして,お前たちの為にタカーシ様が造られた物だ」

 全員が息を呑んだ。

「うむ、そうだ、拵えはマジックアイテムの修復機能が付いている、刀身はミスリルとアダマンタイトの合金だ」

「なっ!?!?」

 ただの鋼で出来た剣だと思っていた兵たちはビビった。

「この様な国宝級の剣を50振りも? 一体いつ?」

「つい先ほど、そこの休憩所でだ」

「こんなに沢山作られて、魔力は足りなくならないものでしょうか?」

「マリア嬢に言わせると、なんでも自然回復量が大きいのではないかとの事だ」

「実際、タカーシ様は未だに魔力が減ったという感覚を知らないそうだ」

 もう、何も言えないエルシド以下精鋭50名だった。

 ただ、剣を引き抜き刀身を見て居る者、バランスを確かめる為素振りする者、様々だったが、皆一様に嬉しそうだった。

 何しろ、通常なら希少過ぎて手に取って見る事すらも叶わない、ミスリルとアダマンタイトの剣、しかも、国宝級だ。

「お前たちにはその剣に恥じない働きを期待している」

「「「はっ!」」」

 全員が答えたが、エルシドだけは少し暗い顔をしていた。

「エルシド、どうしたのだ? まさか先程の試合の事を気にしているのか?」

「あ、いえ、それも有るのですが、これだけの剣をこの数です」

「公費の負担がいかほどになるのかと……」

「あ~、うむ、そうだな……」

「ご領主様?」

「いや、すまん、後でシルビアに何と言われるか考えると怖いが、隠しても仕方が無いな……、その剣……タダだ」

「はぁ??」

「あ、あまり大きな声を出すな! 皆に聞こえるだろう!」

 ぼそぼそと答えた伯爵に対して大声を上げてしまったエルシドだった。

「た、え? っそ、それはどう言う事ですか?」

「先ほど、痴れ者共の武具をそこの休憩所で出して頂いた時にな、あまりの状態の悪さに思ったのだ」

「これでは軍での使用は無理だなと、で、何気なくタカーシ様にあの国宝の剣の様な性能の剣を作れないか聞いてみたら、一瞬でお前が選んだその剣を作ってくださったのだ」

 それは装飾の少ない白い金属と銀で作られた拵えだった。

「調子に乗った私は、タカーシ様に尋ねてみたのだ、その剣をデザインを変えてどの位の数作れるものなのか、すると『わかりません、100振りはすぐに出来ると思います』というので、先ほど訓練中だったお前たちを思い出し50振りだけ作っていただいたのだ」

「ご領主様、まだ、無料の訳を聞いておりません」

「エルシド、もしお前がその剣を武器屋で見つけて値を付けるとしたら幾らにする? 上限無しで好きに幾らでも出せるとしてだ」

 エルシドは、ほんの一瞬だけ剣を見てすぐに答えた。

「…1億、いや10億ゼックは最低ラインでしょうね」

「だろう? 私もそう思った」

「それを50振りだぞ? 我が領の年間予算の約5倍だぞ? 軍の予算で云ったらほぼ50倍だ」

「そんな予算があったら、お前たちにもっと良い武具を支給して、給金だって増やしているだろう……」

「……で、ちょっと我に返って途方に暮れてしまったんだ、そうしたらタカーシ様が『魔法の練習が出来て良かったです、あ、作った剣は全部領軍に献上いたしますので、ご自由にお使い下さい』と笑顔で言って下さったのだ、あはははは」

「…………」

 エルシドは言葉が出なかった、欲が無いどころの騒ぎではない。

「それだけではないのだ」

「この指輪を見よ、これは我が家に1つしかなかった毒無効効果のマジックアイテムだが、今は家族全員が身に着けている」

「……まさかそれも、タカーシ様が?」

「そうだ、もう二度と毒で苦しむことが無いようにと、対価なしでお渡し下さったのだ。」

「……、! そういえばご領主様、お体の調子は?」

「今更か! 今日の今日でエリクサーが間に合うはずなかろう?」

「これも、タカーシ様が持っていらした、新鮮なネクターの木の実の効果だ」

「……なぜそれほどまでに、タカーシ様は我々の為にいろいろして下さるのでしょうか? 名誉でも、ましてや金銭の為でもないのは明らかですし……」

「判らぬか? そうだな……、私の私見ではあるが、聞きたいか?」

「ぜひともお聞かせください、お願いいたします」

「うむ、タカーシ様は、とても純粋な方で有るのは間違いないだろう、でなければあのマリア嬢が、あんなにも懐くはずがない、そして、シルビアなどは全幅の信頼を置いている、たった1日一緒にいただけでだぞ?」

 伯爵は、話を聞いて考え込むエルシドに向けて続けて言った。

「……鏡なのだ」

「えっ?」

「タカーシ様は鏡なのだよ、愛情を寄せれば愛情が、信頼を寄せれば信頼が返ってくる鏡なのだ、敵意をもって接すれば、敵意が返ってくるだろう」

「その結果が、ディアボロ傭兵団の末路だ」

「!! ……ご領主様、判ったような気がします」

 ハッとした後、そう言って何度も頷くエルシドだった。

 伯爵がそれを満足そうに見つめていると、伝令が飛び込んできた。

「ご領主様!! お知らせいたします!!」

「大量の魔物が領都に向けて迫っているとのことです!!」

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