第21話

 隆は物凄く喜んでいた、もう、有頂天と言ってよかった。

 なにしろ初対面の者に『~のか?』と尋ねられたのだ。

 多少、敵意のこもった言い回しだろうと、全く気にならないほど、ものすごい上機嫌になっていても仕方がないだろう。

 実際のところは、シルビア嬢とセバスティアン氏が男性である事と、女扱いはしない様に密かに各方面に対し通達を出していたのだが、そんなことは知らない隆は、エルシドに対し物凄い好感を持ってしまっていたのだ。

 だから、次のセリフを聞いた時には何とか思いとどまるよう、説得を始めたのだった。

「聞くところによると、タカーシ殿は傭兵団40数名を無傷で捕らえたとのこと、その技が私にも通用するのかどうか、是非ともお手合わせを願いたい」

「エルシド殿、それはお勧めできません、あの技を、傭兵団に使った通りにそのまま使うと、丸裸になってしまいます」

「だから、そんな小手先の技が私に通用するのか試してほしいと言っているのです」

「木剣で剣術とかではだめなのですか?」

「タカーシ殿は魔法使いとお見受けする、そんなに剣で勝ったところでなんとするというのだ!」

 と呼んでくれるエルシドを邪険に扱うことも出来ず、助けを求める様に伯爵の方を見た。

 伯爵は面白そうに笑顔で見守っていたが、隆が目を向けると真面目ぶった顔を取り繕い、頷きながら言った。

「うむうむ、タカーシ様、エルシドも男です、ここまで言ったら引っ込みも付かないのでしょう、是非手合わせをして上げて下さい」

「カルロス様……、本音は?」

「せっかく生贄が名乗りを上げてくれたのです、ぜひともタカーシ様の技を見てみたいのです」

 隆が小声で尋ねると、伯爵も小声でそう答えるのだった。

 伯爵にそう言われてしまっては仕方がない、幸い今は女性兵士も居ないし、不承不承ではあったが、その手合わせを受ける事にした隆だった。

「本当に、傭兵団を捕らえた時の様にしてしまって良いのですか?」

「くどいですぞ! 出来るものならどうぞご遠慮なく魔法をかけてみて下さい」

 隆が問うと、エルシドは煩わしそうにそう言った。




 5mほど離れて互いに向き合いエルシドは剣を抜いて構えた。

 彼には、勝算があった。

 5mなど、彼の膂力と剣のリーチををもってすれば一歩の距離だ。

 隆が魔法を放つ前に、接近して袈裟懸けに出来るだろう、例え魔法を放たれたとしても、彼は魔法反射の付与された指輪を持っていたので、その魔法も隆に跳ね返るはずだった。

 まぁ、あんな優男を袈裟懸けに切り捨ててしまっては寝覚めが悪い、剣の腹で打ち据えて、鎖骨を折るぐらいで勘弁してやろう。

 そう思ったエルシドは、剣を上段に構えると叫んだ。

「行くぞっ!!」

 けり足に力を入れて飛びだそうとした次の瞬間、エルシドは剣も服も魔法反射アイテムも、身に着けていたものは全て残して収納されてしまった。

 そう、隆が使っているのは魔法ではなく、収納魔術だった。

 収納魔術は対象を魔力で包み込むようにして指定の亜空間に移動するのであって、対象そのものに直接魔力を作用させる訳では無い、例えば、魔法反射のアイテムを身に着けていても転移魔法陣で転移できる事と一緒だ。

 したがって収納魔術を反射することは出来ず、あっけなく収納されてしまったエルシドだった。

 練兵場はシーンとした静寂に包まれた。




 そのまま、直ぐにエルシドを出そうと思ったのだが、そうすると隆に向かって裸で飛び込んでくるエルシドを迎える事になるので、ちょっと嫌だなと思った隆は、こちらに背を向ける形でリリースすることにしたのだが、折悪おりあしく、隆がなかなか戻って来ない事にしびれを切らしたマリアが練兵場にやって来てしまった。

 勝利を確信した薄笑いを浮かべたまま、素っ裸でマリアの方に向かって飛び出したエルシドは、相手がいきなりマリアに変わってしまい混乱すると共に固まった。

 マリアはエルシドの、胸元の、股間のへと視線を動かしながら慌てもせず無表情に言った。

「……変、……汚い、……小さい」

 マリアの言葉は、至近に居たエルシドにしか聞こえなかったが、大きなダメージを与える最大の攻撃となったのだった。

 その場に崩れ落ち動かなくなったエルシドを、迂回して歩いて来たマリアが隆の腕にすがりつて上目遣いで言った。

「……迎え、……来た」

「あ、あぁ、マリア、遅くなってすみません」

「ただ、もうちょっとまっていただけまか?」

「あそこで倒れているエルシド殿が心配なので」

 隆が気づかわし気に倒れたエルシドの方に行こうとすると、伯爵は、何か察した様子で隆に言った。

「あー、タカーシ様、彼の事は私達にまかせて頂いて大丈夫ですよ」

「しかし、収納の後遺症かもしれませんし」

「いや、それはないでしょう、出てきた直後は元気に動いてましたし、こちらから見る限り、とどめを刺したのはマリア嬢だった様に思えましたな」

『マリア』と聞こえたと同時にエルシドはビックンと反応していた。

「確かに、今の状態(全裸)の彼のそばにマリアを近づけるのは酷ですね」

「判りました、それでは私たちは退散致しますね、エルシド殿お気を落とさずに、今度は剣で試合しましょうね」

 きっちり、最後のとどめを刺す隆だった。




 隆とマリアが去ったのを確認すると、伯爵はエルシドに言った。

「ほら、もう二人とも行ったぞ、直ぐに起きなさい」

 目のハイライトが消えて何かつぶやいていたエルシドはそれを聞いて再起動し、のそのそと服を着ると、悄然とした表情で言った。

「ご領主様、面目次第もありません、領軍筆頭剣士の自分が魔法使いに後れを取るなんて……」

「しかも、アンチマジックリングを付けて、ほぼ自分の間合いに居たにも拘らずです……」

「気にするな、と言っても無理だろうが……、まぁ聞け」

 何か言いだそうとしたエルシドを遮って伯爵は続けた。

「タカーシ様だが、魔法使いでは無いそうだ、シルビアが言うには大賢者様だそうだぞ? タカーシ様ご本人は認めていらっしゃらなかったがな」

「お前は、剣でなら楽に勝てると思っていた様だが、タカーシ様は剣を持ち単身ホブゴブリンの前に立ち、鋭い攻撃を避けて、一太刀で首を刎ね仕留めたそうだ、しかも使っていたのは数打ちのショートソードだそうだ」

 エルシドは無言で聞いていた。

「しかも、だ」

「タカーシ様のレベルは100を超えているのだそうだ、シルビアが直接調べたので間違いはない」

「まさか、レベル100をですか? それってドラゴン以上と言う事ではないですか?」

「そんな人間が居るはずは……、……本当の事なのですね」

 エルシドは、笑い飛ばそうとして、伯爵の目を見て息をのみ、言い直した。

 伯爵は頷くと、続けた。

「先ほどの試合、どうなったか判るか?」

「いえ、それが全く判りません、タカーシど、様からは詠唱に伴う魔力の高まりも? 魔法を使う兆候も、何も無かったのにも拘らず、訳が分からない内にマリア様に向かい飛び出しておりました……」

 伯爵が隆を『様』付けで呼んでいるのに、自分が『殿』呼びではおかしいと思ったエルシドはタカーシ様と言い直した。

 そして話しているうちに状況を思い出したのだろう、エルシドの目からハイライトが消えかかった。

「マリア嬢が現れたのは運の悪い事故だ、忘れよ」

「こちらで見ていても、やはりタカーシ様から魔力の高まりなどは一切感じなかったが、お前が動こうとした瞬間、ほんの一瞬だけ僅かな魔力を放たれたのだ」

「そして、次の瞬間にはお前は着ていた物も、持っていた物も残して消えたのだが、消えていたのは、ほんの一呼吸の間だけだったな」

「タカーシ様は誰も居ない方向にオマエを向けたつもりの様だが、マリア嬢が現れるとは思っていなかったのだろう、しまったという顔をされていたが、既にお前が全裸で現れた後だった為か、どうにも出来なかった様だ」

「……出来れば、マリア様の前であの様な醜態は避けたかったものです……」

「それも気の毒と言わざるを得ないが、マリア嬢はタカーシ様にぞっこんだぞ?」

「ほとんど四六時中くっ付いて離れないそうだ、確かに私もあんなマリア嬢は見た事が無い位の懐き様だったな」

「それと、タカーシ様が凄いのはそれだけではないのだ」

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