第19話

 応接室は広々としていて、大きな上部がアーチ状のガラス窓兼バルコニーへのドア6枚が、部屋の片面全部を占めた明るい造りで、部屋の窓寄りに置かれたテーブルと、多分急遽用意したのだろう、それを挟む形で3人掛けのソファーと1人掛けのソファー3つが並んでいた。

 隆は、3人掛けソファーの真ん中に座らされ、左にマリア、右にシルビア嬢の包囲網を敷かれ、斜め後ろにはエレナさんが控えていた。

 そして、正面には伯爵、向かって右にイサベル夫人、左にマリベル嬢がそれぞれ1人掛けのソファーに座った。

「それでは、昨日、わたくしが領都を出発してから順にお話します……」

 旅路は最初は順調進むも、2回目の休憩場所に着く直前にホブゴブリンに率いられた50匹以上のゴブリンに囲まれたこと、けが人も出て膠着状態になったところで隆が現れ援護してくれたこと、それどころか、一人で矢を射て、ほとんどのゴブリンを倒してしまっただけでなく、ホブゴブリンをも一太刀で倒してしまった事まで話すと、我慢しきれなくなった伯爵は口を挟んだ。

「まて、ホブゴブリンを一太刀とは? やつらの膂力や素早さは人族を優に超えているだろう?」

「私は直接見て居りませんが、エレナが確認しています」

 視線をエレナさんに送る領主、エレナさんは頷きながら答えた。

「はい、私が見た時にはホブゴブリンと対峙したタカーシ様が相手の攻撃を避け様に剣を上から叩きつける様に添えて軌道を変えさせ、体勢の崩れたホブゴブリンの首を一太刀で刎ねていました」

 あの攻防がエレナさんには見えていたらしい、確実にマルコの上を行っている。

「にわかには信じられぬな、タカーシ様、後ほど一手御指南を……」

「お父様、病み上がりなのですから、無理は禁物です」

「判っておる、かるーくだ、軽く」

「それから、先に言っておきますが、タカーシ様には例え無理をしたとしても絶対に勝てませんので、ご承知おきくださいませ」

「えっ?」

 この、えっ? は隆が漏らした言葉だった。

「タカーシ様、レベル差と言うのは絶対なのです……」

「ホブゴブリンを倒されたとき、ずいぶんと弱いと感じませんでしたか?」

「そう言われてみれば、動きも遅いし、姿勢も簡単に崩してましたね……」

 シルビア嬢は父親である伯爵に向かい言った。

「お父様、仮にですが、お一人でエンシエント・ドラゴンと対峙して勝てると思いますか?」

「あの化け物とか? 一人では絶対に無理に決まっておろう……、まさかそれほどのレベルと云うのか?」

「いいえ、お父様、ではありません」

「タカーシ様は、なのです」

 そう言ったシルビア嬢は、今度はまた、隆に向き直り話してもいいかどうか尋ねた。

「タカーシ様、お父様たちに話してもよろしいですか?」

 隆は元よりシルビア嬢を信用しているので、躊躇いなく答えた。

「ええ、シルビア様が必要と思うことは何でもお話しいただいて構いません」

「ありがとございます、でも、タカーシ様、わたくしの事もマリア様と同じ様にシルビアとお呼び下さい、マリア様だけずるいです」

「んんっ! で、タカーシ様のレベルというのは?」

甘えるようなシルビア嬢の声に、脱線しそうな危機を感じたカルロス伯爵は、咳払いで話を戻させた。

「あら、そうでした、川から道が離れる前の休憩場所で、私も気になったので確認しましたが、タカーシ様も、ご自身のレベルをご存じなかったのです」

「それでわたくしの鑑定で調べましょうと提案いたしましたところ快くお受けいただきました」

 ずいぶん引っ張るシルビア嬢だった。

「それでわたくしが自ら確認いたしましたところ、タカーシ様のレベルは100を超えていると判明致しました」

 つまり、この、持って回った話し方は、伝聞ではなく、シルビア嬢自身が疑問に思い、自ら調べた事を強調する為だった様だ。

「信じられんが、シルビアが鑑定したのなら間違いないだろう」

「はい、お父様」

「そして今朝の事です、お父様、ディアボロ傭兵団をご存知ですか?」

「うむ、もちろん把握しておる、あの痴れ者共だろう?、神出鬼没しんしゅつきぼつで領軍も手を焼いておる」

 忌々しそうにそう言ったカルロス伯爵に、シルビア嬢は笑顔で答えた。

「ご安心ください、お父様、その傭兵団はタカーシ様が壊滅させてしまいましたので、お一人で」

「……一人でだと?」

「はい、お一人で、相手もこちらも、誰一人怪我すらさせずに、ほぼ、一瞬でです」

「……無傷で、一瞬にだと? 有り得ん」

「セバスティアン、見ていましたね?」

 丁度、他のメイドと茶の用意をして入室してきたセバスティアン氏にシルビア嬢は尋ねた。

「はい、ご領主様、シルビアお嬢様のおっしゃる通りです、一瞬で人質を回収後、次の瞬間には40数名を無傷で捕らえていらっしゃいました、加えて言うなら、一歩も動かずでしょうか?」

「一歩も……、魔法でか!!」

「その通りです、お父様」

「鷹の爪の皆さまに、セバスティアンとエレナも居たのです、40名ぐらいの敵なら戦闘になったとしても捕縛は出来たでしょうが、相手もこちらも無傷とは行かなかったでしょう」

「で、全員無傷と言う事は、痴れ者共は放置して来た訳ではあるまい?」

 城門外に捕縛して放置すれば、魔物のエサになるのは目に見えている。

「だが、臥せっていたとはいえ、そんな人数を連れて来たとなれば、報告が来ないはずがない、どういうことだ?」

「それが、ネクターの木の実と一緒らしいです……」

 シルビア嬢が目線で隆に話を振った。

「はい、亜空間倉庫に全員収納して連れて来ています」

 流石の伯爵もこの話には開いた口が塞がらなかった。

 伯爵も男だ、500年前の英雄戦争に関しては、それこそオタクか!と言われそうなくらい様々な文献を集め、読み耽って居た。

 武人であれば当然、あんな英雄たちの様に自分も成ってみたいと夢想するものだ。

 だが、どんな文献にも大賢者が、敵を収納した話など寡聞にして聞いたことが無いと謂わざるを得なかった。

「……それで、タカーシ様が大賢者以上であると言っていたのか」

 納得したように頷く伯爵に対しシルビア嬢は首を横に振って言った。

「いいえ、お父様、それだけではないのです」

 それを聞いて伯爵はちょっと泣きそうな顔で隆を見た後、シルビア嬢を問い質した。

「!! ま、まだあるのかっ!?」

「大丈夫です、お父様、あと一つです」

「これをご覧ください」

 そう言ってシルビア嬢が取り出したのは3個の指輪だった。

「これは……、毒無効の指輪かっ!? よく3つも手に入れたな……」

「はい、タカーシ様に作って頂きました。」

「「「…………」」」

 これには、伯爵、イサベル婦人に、マリベル嬢3人ともが無言になったのだった。

「い、今、作ったと言ったか?」

「はい、お父様、わたくしの鑑定でも間違いなく、毒無効の効果が付いたリングとなっているこれらの指輪を、タカーシ様に、目の前で、一瞬で作って頂きました」

 それを聞いた伯爵は、おもむろに立ち上がると、上座の壁に掛ってる武器の内、一振りの剣を取り鞘ごと持って戻って来た、ソファーに座ると隆に向かって差し出しながら言った。

「タカーシ様、この剣も同じものが作れるのですかな?」

「拝見しても?」

「どうぞ、鞘から抜いて、ご確認ください」

 隆は剣を受け取ると、鞘からグリップまでをじっと見渡し剣を横に向けると鯉口を切って半分ほどゆっくり引き抜いたが、何か閃いた顔をするとそのまま鞘に納めてしまった。

 そして、剣をテーブルに置くと、いきなり隆の手には今テーブルに置いた剣と同じに見えるもう一本の剣が握られていたのだった。

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