第18話

「失礼致します」

 そう言ってドアを開けるシルビア嬢に続いて部屋に入る隆とマリアだった。

 ベッドには壮年の、如何にも戦士然とした、がっしりとした体格の男性が、一人だけ寝ていた。

 しかし、金髪碧眼で、シルビア嬢に似た優しい目つきも相まって、二人が父娘おやこであるとすぐに判った。

「良く戻ったシルビア、道中はつつがなかったか?」

 ベッドに横たわったまま、上半身を少し起こしてクッションに寄り掛かった姿勢でちょっとだけ、苦しそうな息をつきながら男性が言った。

「お父様、どうぞ楽になさって下さい」

「それが、話すと長くなるのですが色々ありました」

「それは、そちらにいらっしゃる方々と関係あるのかな? マリア嬢と、失礼、そちらの方は面識が無かったと思うが……?」

 マリアさん実は有名人だった?、領主まで知ってるなんて。

 顔に出ていたのだろう、シルビア嬢が答えた。

「マリア様はこの街で唯一のエルフの家系に連なる直系の家の出ですので、知らない方はいないのですよ」

「お父様、こちらはサトゥータカーシ様、この度ネクターの木の実を譲ってくださった、……大賢者様です」

 盛大に吹きそうになった隆だったが、何とかこらえて挨拶した。

「ご、ご紹介に預かりました、佐藤隆です」

「決して、大賢者などと言う、大それた肩書の者ではありません!!」

「まぁ、タカーシ様、ご謙遜はいけません、わたくしだけでなく、皆の命を何度もお救い頂いているのですよ?」

「それに、お話致しましたでしょう? タカーシ様の使う魔法は500年前の英雄戦争で活躍された大賢者様しか使えなかったと」

「いいえ、あちらの魔法も考慮すると、確実に大賢者様以上ですよね?」

 言ってる事は確かにその通りだったが、何か納得のいかない隆だった。

 ちらっと領主の方を見ると、何か察した様な、納得した様な顔をしていた。

 溜息をつくにとどめた隆は、本題に入る様に促した。

「あー、もう、判りました……、それよりも早くネクターの木の実を、ご領主様にご献上させて頂いた方が、良くありませんか?」

「そうでした、タカーシ様、お願い致します」

 シルビア嬢は、隆が虚空から取り出したネクターの木の実を受け取ると、躊躇ためらいなく、父である領主に手渡した。

「お父様、これはタカーシ様の魔法で、捥ぎたての状態のまま保管されていた、ネクターの木の実です」

「新鮮な為か、薬効はエリクサー以上だと思われますので、どうぞお試しください」

 ネクターの木の実を受け取った領主は、つい先日毒を盛られた人間とは思えない気軽さで、娘の差し出した木の実を齧った。

 そして、あっという間に例のまん丸の種を残して完食してしまった。

「っははははは! あの、まっずいエリクサーが、こんなにも美味な木の実から出来てるとは、信じられんなっ!!」

「お父様、ではやはり?」

「うむ、完全に治ったな、薬効はエリクサー以上だと言っても過言では無いだろう、あの煩わしい倦怠感も、頭痛も綺麗さっぱり無くなったぞ! ははははは」

 顔色もすっかり良くなり、完全復調をアピールする領主だった。

「良かった……、では、早速お母様とマリベルにも届けて参ります、タカーシ様?」

「自分が女性の寝室にお邪魔する訳にはいかないでしょう……」

「……これをお渡ししますので、すぐに届けて来てください」

「ありがとうございます、では、しばし失礼いたします」

 ネクターの木の実2個を渡すと、ちょっと涙ぐみながら、シルビア嬢はにっこりと微笑み、部屋を速足で出て行った。

「なんだ、私は毒見役だったのか?」

 嬉しそうに出て行く娘を、目を細めて暖かく見送りながらも、冗談ぽくそう言った領主は、隆に向き直ると頭を下げた。

「改めまして自己紹介をいたしましょう、私はカルロス・デ・ラ・フォルタレッサ伯爵と申します」

「国王陛下よりこの辺境の地を賜り統治しております、どうぞカルロスとお呼びくだされ」

 流石は広大な辺境を統治できる領主だけある、あれだけの会話で、総てを察した様子の領主は言った。

「サトゥータカーシ様、ネクターの木の実の件、それに娘が大変お世話になった様で、感謝いたします」

「いえいえ、本当にたいした事はしていないのですよ? 私の事も、隆とお呼び下さい、カルロス様」

「それで、タカーシ様はいつ、うちのシルビアと結婚なさるのですかな?」

「え? ええええぇぇぇぇ!!」




 ノックの音に続き娘の声がしたのを聞いたフォルタレッサ伯爵は、ベッドから身を起こし、クッションに身を委ねると、入室を許可した。

 娘の声色こわいろは明るく、首尾よく、目的を達成出来ただろう事は容易に想像できた。

 娘の後ろにはマリア譲と、初めて見る線の細い黒髪の清楚な女性を連れていた。

話しを聞くに、どうやらマリア嬢を超える魔法使いらしい、そして、なかなかどうして、その身に纏う雰囲気は、あり得ないほどの手練れであろうと思わせる覇気が溢れていた。

 だが、大賢者と呼ばれた時の狼狽振りは、演技などではなく、真に戸惑っている風だった、謙虚な人柄らしい。

 それにしても、あの警戒心の強いシルビアが、何の警戒も無く接している事から考えて、余程信頼できる御仁なのだろう。

 え? 今、空中から実を取り出した? 収納魔術か! なるほど、大賢者とは言い得て妙かもしれない。

 その後、領主は、シルビア嬢が差し出した木の実を、娘の信頼している人物であれば、間違いないだろうとでも云う様に、あらためもせず口にして思った。

 これは間違いなく本物だ。

 体の中から溢れてくる力が桁違いだった、確実にエリクサーを凌駕する。

「っははははは! あの、まっずいエリクサーが、こんなにも美味な木の実から出来てるとは、信じられんなっ!!」

 ついつい笑いがこみあげてしまった。

 早く、母と妹にネクターの木の実を届けたいのだろう、そわそわしだしたシルビアに対し、隆が言った返事で初めて隆が男性だと気付いた。

 女性の寝室にむやみに踏み込まない、なかなかどうして気遣いの出来る男ではないか、見た目はなよなよしいのに、芯も通っている。

 どれ、ちょっと鎌をかけてやるか。

 改めての自己紹介と、諸々のお礼の後で、ごくごく自然な感じを装いながら領主は言った。

「それで、タカーシ様はいつ、うちのシルビアと結婚なさるのですかな?」

「え? ええええぇぇぇぇ!?」

 む? 違ったか? ぬぬぬ!? マリア嬢から不穏な気配がっ!




「……ダメ、……タカーシ、……あげない」

「なんと! シルビアは、マリア嬢に先を越されてしまいましたかな?」

「……すこし、……だけ、……約束」

 隆の腕をぎゅっと胸に抱え込みながら言うマリアさんだった。

「ふむ、それでは、シルビアにもまだチャンスがあるのですね」

 チャンスって何のチャンスなんだ!?と思ったが何も言わないだけの分別をまだ持っていた隆だった。




 そんな話をしているうちにシルビア嬢は、母と、妹らしき女性2人を連れて戻ってきた。

「お父様、お母様もマリベルも、直ぐに元気になりました」

「おぉ、二人とも大丈夫か?」

「あなたも、お元気に戻られました様で、何よりです」

「お父様、マリベルも、もう大丈夫です」

 二人の女性は、領主に挨拶を済ますと、隆の方に向き直り綺麗なカーテシーをとった後、口々に礼を述べた。

「タカーシ様ですね? シルビアとマリベルの母でイサベルと申します、この度は貴重な木の実をご提供くださり、まことにありがとうございました」

「タカーシ様、この度は、本当にありがとうございます、マリベルと申します、お見知りおきください」

 ニコニコと嬉しそうなシルビア嬢も含め3人とも見事な金髪碧眼、ほっそりしたスレンダーな体形も、顔も本当によく似ていた。

 それこそ、三人並んでいると3姉妹と言っても十分通るほど、イサベル夫人も若く見える。

 何より、その表情は非常に柔らかく、それは、領主のフォルタレッサ伯爵もそうだが、一切のけんと言うものが感じられ無かった。

 この人物になら、総てを任せられると思わせる、カリスマと言うのだろうか?、そんな雰囲気をも持っている一家だった。




そんな、隆にお礼を言った後も互いに労い合い、喜びを分かち合う一家と、女性が増えた為か、マリアがくっついて離れなくなった隆は、先ずはシルビア嬢のお使いの旅と、隆との邂逅かいこうなどの経緯の説明の為、寛げる応接室へと移る事となった。

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