第12話

 最初に沈黙を破ったのはシルビア嬢だった。

「タカーシ様、これは何のお肉でしょう?」

「えーと、牛なのですが、ただ、牛一頭から少ししか取れない希少部位みたいです」

「それと、もしかすると、食肉用にちょっと特殊な育て方をされた牛かもしれません」

「特殊というと?」

「自分も詳しくは知らないのですが、ビールを絞った後の麦とかを飼料にしていた様な? ……あっ、後ビールも飲ませていたかもしれません」

「……タカーシ様、このお肉が出回ったら大変な騒ぎになります」

「その、収納魔術や、食料をお出しになる魔法と併せて、出来るだけ秘匿していただけると良いのですが……」

「勿論、タカーシ様の判断にお任せするのですが、あまり一般に広まると多分収拾がつかなくなる程の騒ぎになると思います」

「あー、やっぱりそうですか、昨日からの皆さんの反応を見ていて、ちょっと普通ではないのかな? とは思っていました」

 ちょっとどころではなかった。

「ただ、一つ思い付いた事があるので、今、実験してみてもいいですか?」

 隆はシルビア嬢が頷くのを見て、魔法の実験を始める事にした。

 集中して思い描くのは黄金の果実、そう、ネクターの木の実だった。

 ちょっと集中して魔力を練ると、先ほどのステーキと同じように割と簡単に

ネクターの木の実が現れた。

「ちょっと、鑑定していただけますか?」

 シルビア嬢に木の実を渡すと、訝りながらも鑑定魔術を使ってくれた。

「……昨日お見せ頂いたのと同じネクターの木の実、間違いないですね」

「あー、やっぱりですか、実はその木の実、今、魔法で作りました」

「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」

「さっき、こちらにはいないはずの神戸牛のステーキが出てきたことから、そうじゃないかとは思っていたのですが、どうも一回でも自分が食したり経験したことがあるものなら、何でもこの魔法で作れるようです」

 大事件だった。

 いや、大事件がもう一つ追加された感じだった。

 1個数十万、時期によっては100万ゼックはする天然物と寸分違すんぶんたがわぬのネクターの木の実を作り出す魔法。

 どう考えても、在り得ない位の異常事態だった。

 シルビア嬢はため息と伴に言った。

「薬効などが違う可能性もありますので、詳しくは薬師くすしに渡して、エリクサーに仕上げてもらわなければ判りませんが、わたくしの見る限り、本物と寸分違すんぶんたがい無い物です」

「まぁ、魔法で作ったものですからね、どうなるか判りませんので、収納せずに普通に持っていきましょう」

「あ、それも勿論差し上げますので、ご自由にお使いください」

「よろしいのですか? それでは、念の為区別がつく様に分けて運びましょう」

 続けて、シルビア嬢が言った。

「それでは、先触れは既に出していますので、早々に準備をして早めに領都に向け出発致しましょう」

 一旦、部屋に戻った隆は、また思い付きで魔法を試してみることにした。

 ソファーに腰掛け、集中して魔力を練る事しばし、閃くものがあった隆はグッと力を籠める様に魔力を放出すると、魔方陣ぽいものが展開し消えるとガラステーブルの上には今着ている白いシャツとズボンが現れた。

「……すごい、……綺麗」

 マリアは特に驚く事も無く柔らかな表情で隆の隣にぴとっと引っ付いて隆の使う魔法を見て感嘆していた。

 マリアには魔力の動きだけでなく、精霊達も見える為、色とりどりの精霊が乱舞する様がとても美しく見えていた。

「やっぱり、食べ物に限らず出せるみたいだな、要は想像力かな?」

「そうだ、マリア、青の他に好きな色は?」

「……ピンク?」

「ピンク系か……、マリアに似合いそうなのは、桜色かな?、するとリボンは黒かな……」

 隆はマリアのブルーの服をじっと見つめて集中すると魔力を練る。

先ほどより簡単に魔方陣の様な物が展開するとマリアが着ているワンピースに良く似た形のアラクネの糸で織られた淡い桜色のワンピースと幅広の黒いリボンがテーブルの上に現れた。

「おぉう、やっぱり出来たか、色違い」

「はい、マリアにプレゼント、気に入るかな?」

「……嬉しい」

 渡された服を抱きしめる様に持ち、はにかんだ笑顔を浮かべるマリアは本当に愛らしい。

 が、貰った服をテーブルに置くと、おもむろに立ち上がり、着ている服を脱ぎだした。

「ちょっ! マリアさ……、マリア、いきなり何をっ!!」

「……ん、……早速、……着る。」

 そのタイミングでドアをノックする音と共に世話係のメイドさんが入室してきた。

「失礼致します、皆様ご出立の準備が…………お楽しみですか?」

「違います!! ただの着替えです!!」

「……ん」

 隆はスエット上下と先ほど作った服を収納魔術で仕舞うと、マリアの着替えと荷造りを待った。

 着替え終わったマリアが青い服を荷物にしまうと振り返り尋ねてきた。

「……どう?」

「はい、マリアのかわいらしさを引き立てる色合いだと思いますよ? ですよね?」

 ちょっと無茶振り気味に、メイドさんに尋ねてみたが、メイドさんは慌てずにニッコリと微笑み応えた。

「はい、大変良くお似合いです」

「……ん」

 マリアも満足そうにうなずいていた。

 実は、隆の好みでスカート丈は少し短めに魔改造されていたが、確かにマリアに似合っているし、良しとしよう。

「それでは、皆様お待ちだと思いますので、こちらのローブをお召になって一緒においで下さい」

 隆の為の用意されたローブは、マリアが着ていた物と同じ型のフード付きの紺のローブだった。

「……ローブ、……お揃い」

 自分とお揃いの隆のローブ姿を認めると、更に嬉しそうに腕に絡みついてくる柔らかテr ……マリアだった。




「またしても、お待たせしてしまって申し訳ありません」

 恐縮しながら隆が言うと、シルビア嬢は微笑みながら言った。

「大丈夫です、時間に余裕はありますので問題ありませんよ」

「それより、マリア様はお着替えになったのですね?、まぁ、素敵なワンピースですこと」

 マリアがローブの前立てを全開に開いて左肩に掛けていた為、新しい衣装はいやおうなく目立ってはいたが、シルビア嬢も目敏めざとく気付き反応するところは、流石若い女の子だった。

「……貰った」

「え? もしかして、タカーシ様にですか?」

「まぁ、タカーシ様も隅に置けませんね、いつの間に用意されたのです?」

「えーと、詳しくは道中でお話しします」

 それだけで何かを察した様な表情になるシルビア嬢だった。

「判りました、それでは、皆様領都へ向け出掛けましょう」




 セバスティアン氏が丁度領都に報告などの用事がある為、帰りの御者を引き受けてくれる事となり、鷹の爪の護衛シフトはほぼ通常通り、斥候ホセ、前衛2名は剣士のハイメとミゲル、後衛にマルコとダヴィが付く事になった。

 もう、完全にマリアの事は勘定に入れていないマルコ達だった。




 何事もなく、ホセが先行して待っている川沿いに道が南に曲がる地点に到着すると、ホセ以外に20名ほどの集団がたむろしているのが見えた。

まずいな、と思ったハイメとミゲルは100mほど手前で立ち止まり、相手の反応待った。

 マルコとダヴィは後方からの奇襲を警戒して、馬車の後ろを離れず周囲を見渡していた。


 暫くすると前方の集団から、3騎程抜け出してこちらに向かって駆けてきた。

「止まれ! 我々に何か用か!」

 ハイメが誰何すいかすると3騎のうち一番前にいた体格の良い男が答えた。

「あぁ、そうだ、に用がある」

「とりあえず、金と女は総て置いて行ってもらう」

「俺らは、優しいから、出すもの出せば命までは取らねえぜ?」

「おっと、抵抗はするな、の仲間は預かってるからなぁ~」

 抜刀しようとしたハイメを制して、にやけながら肩越しに親指で後ろを指さす男の視線を追うと、ぐるぐる巻きにされ、剣を突き付けられたホセが、引き出されるところだった。

 ハイメは舌打ちして剣から手を放した、そのタイミングで馬車から隆が顔を出して気が抜けた感じで尋ねてきた。

「どうかされましたか? もう休憩ですよね?」

 隆君、ナイスタイミング! ……ではなかった。

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