第6話

「「「「「「…………」」」」」」

 みんな、言葉を失っている。

 治療を受けた当の僧侶職の男も、無言でただただ隆と、その手に持った木の実を見つめるだけだった。

 流石というか、やはり最初に再起動を果たしたのはリーダーのマルコだった。

「はっ!?」

「お、おぃ、ダヴィ!! 何齧っちゃってるんだよ!!」

 再起動はしたものの未だ混乱状態ではあった。

「え? だってリーダー、あんなふうに口に突っ込まれたら噛んじゃいますよ?」

「そこは、何とか耐えろよ! 僧侶だろ!」

 僧侶、関係ないです。

 マルコさん、混乱状態に拍車が掛かっている。

 そこに隆がさらなる爆弾を投下する。

「一個ぐらい大丈夫ですよ、まだまだ在りますので」

 言いながら新しいネクターの木の実を取り出して見せた。

 勿論、虚空から。

「「「「「「…………」」」」」」

が……賢者様、すみません」

「必ず代金は用意致しますので、この場はどうぞ、これ以上はご勘弁ください!」

 女神と言いそうになったマルコは、言い直してみたものの、しっくりと来ない違和感を感じていた。

「メガ賢者? え? 自分のことですか?」

「自分は、そんな大層な者ではありませんよ?」

 謙遜する隆だが、信じる者はこの場に一人もいなかった。

「御冗談を……」

「先ほど見せて頂いた、強力な弓術、剣術まで使いこなし、更に何も無い所から物を取り出せる方が、賢者様以外にいらっしゃいますか?(まさか、本当に女神様では……)」

 隆の顔を見て話しているうちに何だか恥ずかしくなってきて、最後はちょっとボソッと喋ってしまったマルコだった。

「いやいや、ほんと違いますって、剣も弓も今日初めて触ったんですよ? あはははは……」

「っと、失礼しました、自己紹介がまだでしたね、自分は佐藤隆と申します」

「初めてであそこまでとは、サトォータカーシ様ですか?」

「これは、こちらこそ失礼いたしました」

「私はクラン鷹の爪のリーダーでマルコと言います」

「後ろにいるのがクランメンバーで左からダヴィ、ホセ、ミゲル、ハイメ、そして紅一点のマリアです」

 隆が名のると、マルコは恐縮しつつ慌てて自分達も順に自己紹介しだした。

「ダヴィです、僧侶をしてます、治療、ありがとうございました」

「ホセです、盗賊職で斥候です、この度はご助力感謝します」

「ミゲルです、剣士です、助かりました」

「ハイメです、同じく剣士です、よろしく」

「……マリア、……魔法使い、……助けてくれて、……ありがとう」

「この辺りを治める領主の娘で、シルビアと申します、お見知り置き下さい、賢者サトォータカーシ様」

「…………」




「「「「「「「え!?」」」」」」」




 いつの間にか、1人増えていた。

 いや、領主の娘を名乗るシルビア嬢の後ろには、影の様に従うメイド服の娘がもう一人居たが、彼女は喋らなかっただけで、2人増えていた。

 こんな場所で長々と話していれば、馬車のお客様が下りてくるのも、当然といえば当然であった。

 馬車から出てきた領主の娘に気付いた鷹の爪の面々は、慌てて場所を譲り跪いた。

「あ、これはご丁寧に」

  領主本人ではないとしても、貴人には変わらないと思った隆は、一歩下がって礼をした。

「どうぞ、お楽になさって下さいませ」

「そして、危ないところをお救い下さり、ありがとうございました」

 そう言うシルビア嬢は、完璧なカーテシーをとった後、深々と頭を垂れた。

「あ、いえいえ、頭をお上げください、自分は手を貸しただけで、鷹の爪の皆さんが居たからこその結果です」

 隆は慌てて言い訳した。

「もちろん、護衛の皆さまにもお礼を差し上げる予定ですが、先ほどから気になる単語が聞こえていたものですから……」

 シルビア嬢は改めて隆の目をじっと見つめて尋ねた。

「ネクターの木の実とは、本当でしょうか?」

 本当かどうかで云えば多分本当だが、改めてそう聞かれると、隆はすぐには答えられなかった。

 何しろこんな木の実なんて、今日まで見たことも、聞いたことも、無かったのだから当然である。

「…………」

そんな隆の様子に気付いたマルコは、声を上げた。

「お話し中に、失礼いたします」

「その件ですが、実の色や香り、私の仲間の怪我があっという間に治った事から考えても、ほぼ本物と思って間違いないかと思います」

 それを聞いたシルビア嬢は表情を引き締めると、再度隆を見つめて云った。

「見せて頂いてもよろしいですか?」

「勿論です、どうぞ」

 隆は、特に問題を感じなかったので、気楽に再度実を取り出した。

 勿論、虚空からだ。

 いきなり空中から出てきたネクターの木の実を受け取ったシルビア嬢は、それをじっと見つめて、何か呪文のような事を小さく呟くと、手に持った実が淡く光り出した。

 光はすぐに消え、シルビア嬢は安堵の溜息と伴に言った。

「本物のネクターの木の実で、間違いありません」

 鑑定の魔術だった。

「サトォーウタカシ様、どうかこの実を譲っていただけませんか? 先ほど使われたと言う実も含めて、お願い致します」

「いいですよ、どうぞお持ちください」

「あ、でも食べかけの実は、鷹の爪の方に差し上げたので、そちらに……」

「我々は、問題ありません! 是非、お使いください!!」

 隆が、二つ返事で了承してから、鷹の爪の所有権に言及すると、慌てたようにマルコが権利の放棄を主張した。

「ありがとうございます、これで魔の森際の隣町フロンテラに行く必要がなくなりましたが、どうしましょう?」

 今後の行動をどうするか、シルビア嬢が尋ねるとマルコは考え込むようにしてから答えた。

「今から領都に戻るとなると野営の必要が出てきます。隣町ならばなんとか深夜になる前には到着できるでしょうが、開門してもらえるかどうか…」

「その点はご心配なく、これでも領主の娘ですから」

 シルビア嬢はちょっと冗談ぽく答えた。

「では、隣町に行くことにしましょう」

「それで、サトォーウタカーシ様はどうされますか?」

「今更ですが、フルネームだと、自分の名前は呼びにくくないですか?、佐藤は姓で、名は隆ですので、お好きな方でお呼びください」

 本当に、今更だった。

 もっと早く言ってあげればいいのに、といった案件だった。

「で、実は自分……、迷子でして、行く当てもない身の上なのですが……」

「「「「「「「「…………」」」」」」」」

 それを聞いた一同は、またまた絶句した。

 その歳で迷子って何?、え?、賢者なのに?、やはり女神様が降臨なさったのか?、とかいろいろな葛藤から黙り込んでしまった一同ではあるが、シルビア嬢は、これはチャンスとばかりに、提案して来た。

「タカーシ様、それでしたらネクターの木の実の代金もありますし、是非わたくし達にご同道下さいませ」

「宜しいのでしょうか? どこの誰とも知れない自分の様な者が同行しても?」

「全く問題ありません、馬車も広いですし、是非お乗りください」

「それでしたら、こちらこそ是非よろしくお願いします」

「何分、右も左もわからない状態ですので、幾つかお話を、お聞かせ願えれば助かります」

 そう言って、シルビア嬢の後に続こうとすると、先ほどまで無言だったメイド服の少女が立ちふさがった。

「どうしたの? エレナ?」

「お嬢様、こちらの方、男性です」




「「「「「「「「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」」」」」




今日、何度目の驚愕だろうか? もう、何が出ても驚かないと思っていた一同だったが、最大の驚きと、男性陣にとっては大きな失望が与えられたのであった。

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