第5話
一瞬、どうしようか迷った隆だったが、よく見ると馬から降りた5、6人が馬と馬車を守る様に、周囲に展開してゴブリン達を
「頼むから、人に当たるなよっ! っと」
隆は、人手の薄そうな場所を狙って、矢を連続で射かけ続けた。
次々と飛んでくる矢に、倒れてゆくゴブリン達は、慌てふためいた。
その隙を突く形で、馬車の護衛達も反撃に出る事が出来、ゴブリンを次々と屠ってゆく。
遅ればせながらも、矢を射かけている隆に気付いた一部のゴブリン達は、反撃の為、隆に向かって突進を開始したが、如何せん、距離があり過ぎた。
隆が矢を射かけ始めたのは約200mの距離からで、既に100m弱にはなっているとは云え、隆にたどり着く前に、次々と仲間は倒れ、すでに残っているのはちょっと大きめのゴブリン一匹だけになっていた。
隆は弓矢を仕舞い、剣を取り出し構えた。
「ふっ、この私に向かって来るとは命知らずな
格好つけて言い放ったが、内心隆は焦っていた。
何しろこれまで半日の間に、大量の魔物を
冷や汗を垂らしつつ、剣を構える隆に向かって、大ゴブリンは、剣を振り上げて向かってきた。
が、隆は
「えっ? 何やってんのこいつ?」
ゴブリンの攻撃は遅かった、大上段からゆっくりと振り下ろされる剣に対し、隆は、左に一歩踏み出し、斜め上から、軌道を逸らす様に、自分の剣を叩きつけた。
意図した方向と力から、強制的に逸らされた剣の軌道はブレて、体勢も、前のめりに崩れてしまうゴブリン。
丁度、隆に首を差し出す格好で、足元に自分の剣を突き刺してしまったゴブリンに対して、一歩横にずれていた隆は、引き戻した剣を軽く首に落としてみると、そのまま首を薙いでしまった。
「…………」
あっけなかった。
<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>
簡単なはずの護衛任務を受けたBランク冒険者クラン『鷹の爪』のリーダーマルコは焦っていた。
この地方の領主からの依頼である、半日行程の隣の町までの馬車の護衛という、なんの危険もない上、金払いの良い、美味しい簡単なお仕事を、午前中の依頼を済ませて、ギルドに戻った直後に、受けることが出来たのは、その場にいるまだ酒が入っていないBランクのクランは、彼らだけだった為だった。
仲間5人とのんびりと、馬の背に揺られて移動するだけの簡単なお仕事のはずが、現在は大量のゴブリンに囲まれるという、一大危機に見舞われている。
回復役の僧侶職は、真っ先に奇襲を受け倒れており残りの5人で何とか馬車に取り付かれるのをギリギリで防いでいる状態だった。
このままではじり貧なのは、火を見るまでもなく明らかだった。
「リーダー、これ
右隣で短剣を構えた盗賊職の男、ホセが呟いた。
「判っているんだが、手の打ちようが無いんだ、あの後ろの大きなゴブリンいるだろ?」
「あぁ、はい。あれホブゴブリンですね。」
「そうだ、あいつがうまい事他のゴブリンを誘導して隙を作らないようにしていやがる。」
とその時だった、急に複数の矢鳴りが聞こえて、大量の矢がゴブリンに降り注いだ。
「助かった! 援軍だぞ!」
矢が飛んでくる方向に目をやってマルコは目を
「ホセ……」
「俺、目がどうかしたのかな……、なんかあり得ない遠くに、一人しか居ない様に見えるんだが?」
なぜ、あんな遠くから矢が届くんだ?とか、一人でなぜこんなに大量の矢を放てるんだ?とか突っ込みどころ満載の援軍だった。
「リーダー、俺にもそう見えますが、とりあえず混乱してるゴブリンを片しませんか?」
「おっとそうだな、全員反撃!」
最初の(ひとり)一斉射で、10匹以上が倒れ、混乱したゴブリンは、Bランククランである『鷹の爪』の敵ではなかった。
また、ホブゴブリンを含めた20匹近いゴブリンは、矢を射かけてくる人物に向かって駆けて行った為、残りの10数匹のゴブリンを倒すのに、1分も掛からなかった。
粗方片付いた処で、射手に向かったゴブリンの方を見ると、水平射に移った射手に次々と射止められ、既に残っているのはホブゴブリンのみだった。
すると、射手は弓を捨て? 剣に持ち替えた後、何か言っていたがここまではよく聞こえなかった。
ホブゴブリンはその体格から強力な攻撃を仕掛けてくることが知られているが、その射手は怯みもせず、剣を構えて対峙している。
次の瞬間、ホブゴブリンは剣を大きく振りかぶって、鋭い一撃を射手に向かって放った。
「あ、危ない!!」
マルコは終わったと思った。
それほどホボゴブリンの攻撃は鋭かったのだ、が、しかし射手はどうやったか判らない動きで、その刃を避け、そのままホボゴブリンの首を刎ねてしまった。
「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」
改めて、ホブゴブリンを仕留めた相手に目を向ける。
Bランクまで上り詰めた自分でさえ、一対一では分が悪いと思われるモンスターに対し、なんの気負いもなく、まるで自然体で一刀のもと仕留める胆力を持ちながら、その
きっと高名な冒険者に違いないとマルコは思った。
「おい、ホセ」
「彼女の攻撃、見えたか?」
「いえ、全く見えませんでした」
「俺もだ、……Aランク、いや、もしかしたらSランク以上の冒険者かもしれん」
「Sランクって国に1人居るか居ないかってランクですよね? そんなソロの女性って居ましたっけ?」
「確かに、俺も知らないが、とにかく助かったのは事実だし、丁重に対応するんだぞ?」
「了解です、リーダー」
こちらは、みんな完全に隆を女性と思い込んでいる。
そんな事とは知らずに、隆は、とりあえずにこやかに、集団に近づいて行った。
既に武器は仕舞って手ぶらである。
「こんにちわ! 大丈夫でしたか?」
「ありがとうございます」
マルコはお礼を言ってから答えた。
「こちらは一人怪我をしてしまいましたが、軽傷です。
貴方の援護のお陰で、他の者は事なきを得ました」
「それは良かった、って怪我した方がいらっしゃるんですね? 良かったらこれをどうぞ、怪我に効くみたいなので」
隆は、ネクターの実を空中から取り出した。
「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」
全員、絶句している。
まず、何もない空中から、物を取り出せる人間など、おとぎ話でしか聞いたことがない。
そういえば、さっきまでの戦いで使っていた武器も、今は持っていない。
そして何より、隆が手にしているのは、1個数十万から百万ゼックはする、幻のネクターの木の実に見える。
「ん? どうされました? どうぞお取りください」
隆がずいっと手をのばすと、ごくりと唾を飲み込んだマルコは恐る恐る問いかけてきた。
「あの……、つかぬ事をお伺い致しますが……、それは……、ネクターの木の実ではありませんか?」
「あぁ、ご存知でしたか、はい、確かにそんな名前の木の実です」
隆はにっこりと微笑んで頷いた。
天使、いや、女神の微笑みだった、男なのに。
その場にいた男性は、全員隆の微笑みにやられていた。
が、はっと我に返ったマルコは慌てて辞退した。
「いや! いやいやいや、そんな高価な品を受け取れませんし、買取もとても出来ません!」
「あ、大丈夫ですよ、差し上げるのでー さぁ、早く怪我人の手当てを!」
隆は、多少強引に、怪我人である僧侶職の男のもとに向かい、口にネクターの実を突っ込んだ。
「ハイ、噛んでー」
シャクリッ! と、いい音と伴にその果汁を飲み込んだ僧侶職の男は、みるみるうちに回復して立ち上がった。
「な、直った。もう痛くないだけでなく、気力も魔力も全開まで回復している……」
ほんの一口で直ってしまった。
本物の、ネクターの木の実だった。
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