第4話

 収納魔術。

 これは、この世界でも非常に珍しい魔術で、生物いきものだろうと、何であろうと、物質であればなんであろうと、場合によっては空間ごと、次元の違う亜空間を、収納庫として、そこに格納できてしまうのだが、魔力により創造した異次元空間の為、デフォルトで実質時間経過なしの設定となり(時間経過有に設置も可能)、いつまでも、また、次元の違う空間を構成するため、質量、体積にかかわらず、いくらでも保存できるという優れ物だった。

 この魔術を使うにはまず、異次元空間というものを想像できる事が重要なのだが、隆は、散々日本のサブカルチャーに浸っていた経験から、その理屈や理論を越えたところで、異次元を理解していた為、その点をクリアするのは容易だった。

 しかし、いきなり隆がこんな高等魔術が使えるようになった最大の理由は、魔術の素養は当然として、彼の高すぎるレベルに起因していた。

 異次元空間の維持には、大量の魔力が必要なのだが、高レベル故の有り余る魔力と、魔力回復力が、この異次元収納を可能としていた。

 異次元収納に必要な魔力を消費するそばから回復が進むため、実質隆の魔力は全く減らずに、余剰魔力のみで、この収納を維持し続けられていたのだった。

 そして、素養の方は……多分、異世界転移に伴う、ギフトの様なものだったに違いない。

 うん、きっとそうだ。

 例の簡単にレベルが上がる事も、転移ギフトのおかげなのだ、そうに決まった。

 メタな地の文はここまでとして、ふと、隆は思ってしまった。

「あれ? もしかして自分、魔法とか使えちゃうの?」

 はい、使えてしまうのです。

 魔法とは簡単に言ってしまうと、イメージを、魔力を使って、具現化する作業のことで、隆は今まさにネクターの実などを収納する行為で、魔力の動きを感じとる訓練が出来ていたし、集中する必要はあったが、イメージ構築などを、何度も練習していたのと同じで、見えている範囲でならどこにでも、なんでも作り出せてしまうはずだった。

「ものは試しだし、やってみるか……」

 隆は人差し指を立てて、指先を見つめ集中し、指先から空中に向けて、魔力を放出するイメージをもって叫んだ。

「ハンバーガー!」

 隆はネクターの実を大量に食べてはいたが、もっとがっつりと腹にたまるものが食べたかった。

 その為、ハンバーガーは非常にイメージし易かった。

 いや、むしろハンバーガーこそが一番イメージし易かったのだった。

 また、隆にとって魔術とはすなわち手品、シルクハットからハトが出る的なものだった為、どうしても何かを出すイメージが先立ってしまうので火とか水とかを放出するという至極簡単しごくかんたんなイメージが逆に出てこなかったのだ。

 指先から放出された魔力はそのまま滞空して寄り集まり光ながら複雑な文様を描き回転し何か躊躇ためらうようなそぶりを見せながらも専用包装紙に包まれたハンバーガーを形成し、慌てて開いた隆の手のひらにコロンと落ちた。

「…………」

 暖かい、まさしく出来立てほやほやのハンバーガーだった。

「え? これ……、まじかっ!?」

 包装紙を開いてみると、ほわっと広がる独特のスパイスの香り立つ、バンズに挟まれた程よく焼けたミートパティに、レタス、オニオンスライス、トマトとピクルスまで入った、ホカホカの湯気も立つ本格的なハンバーガーだった。

 唾をごくりと飲み込むと、隆はおもむろにハンバーガーに噛り付いた。

「うまい! うますぎるっ!」

 隆は、埼玉県人にしかわからないフレーズを、再びつぶやいた。

 口の中いっぱいに広がる、肉汁豊かなスパイスの効いたミートパティに、ケチャップとマスタードのブレンドソースが絡み、レタス、オニオン、トマトにピクルスが、絶妙のアクセントとなって隆の舌を蹂躙してくる。

 夢中でハンバーガーに噛り付いていた隆は、あっという間に食べきってしまった。

「ふぅ~、美味かった」

「魔法、マジ使えるなこれ」

いや、攻撃魔法から覚えようよ……。

「待てよ? これなら何も焦って森を抜けなくてもいいんじゃないか?」

 隆がそういった直後、近くの藪からガサガサという音が聞こえて、角の生えた兎に似た魔物がひょっこり顔を出した。

「ん? うさ……、おいおいおいおい! でか過ぎないかこれ!!」

 ウサギに似てはいたが大きさが違った。

 そして、その巨大兎は、歴戦の戦士の様な雰囲気をかもし、更には、全身傷だらけであった。

  巨大兎は、ネクターの木を悲しげに見つめた後、おもむろに隆に向かって振り向いた。

 その眼には、確かな怒りが見て取れる、様に隆には思えた。

「ちょ、待ってくれ!!」

 慌てて隆は、収納魔術でネクターの木の実を2個取り出して、両手に持って差し出した。

「ほらっ、これだろこれっ! まだまだいっぱいあるぞー!」

 でかい、でかいにもほどがある。

 体高2m近く、体長も4mは優にあった。

 とてもではないが、にわか戦士の隆に、勝ち目のある相手ではなかった。

 のしのしとした動作で隆に近づき、ネクターの木の実の匂いを、ふんふんと嗅ぎ、おもむろに噛り付いてきた。

「ほーら、ほら」

「もっとあるぞー」

 隆は収納からネクターの木の実一山を出して、兎の目の前に積んだ。

 よく見ると兎は顔に新しい血がにじむ怪我をしており、右頬が裂けて流血していたが、ネクターの木の実を齧っているとその傷がみるみる小さくなってゆくではないか。

 「ん? なんだ、もしかしてこの実、治療薬になるのか?」

 そう、ネクターの木の実はそのまま食すのはもちろん、万能薬エリクサーの材料として非常に貴重な木の実であった。

 そんなものを10個近くも一気に口にしてしまうなんて、薬師くすしが聞いたら卒倒ものである。

 兎もその巨体にも似合わず、3個ほど口にしただけで残りはいらないとばかりに、隆に押し戻してきた。

「なんだ、もういいのか? 遠慮するなよ?」

「…………」

 兎は、無言でのしのしと去って行った。

 というか、兎が喋る訳はなかった。

「おいおい、あんな化け物もいるのかよ、ちょっとこんな森は早々に立ち去るに限るな……」

 当初の計画を思い出した隆は、残ったネクターの実を再度回収収納した後、川沿いに森を抜けるべく行動を再度開始した。


 陽は既にだいぶ傾き、そろそろ夕刻に差し掛かろうとはしてるが、まだ全体的に明るい時間帯で隆は、快調に跳ね飛ぶように岩から岩へと渡り飛んでいた。

 体が軽い。

 先ほどの巨大兎との邂逅から、既に1時間近く跳ね飛び走っているにも拘らず、隆は全く疲れを感じなかった。

「おいおい、もうだいぶ下ったはずなのに未だ森が終わらないって、ちょっと広大すぎやしないか、この森」

 隆は、川沿いに下り始めてから、ネクターの木までに約20kmの距離を、その後、時速40km近くで、一時間ちょっとで50kmは下ってきたので、合計70kmは踏破とうはしている、ちょっと普通の人間では、一日の移動量としてありえない距離だが、それにしても森も、あり得ない広大さだ。

 さすがに、そろそろ夕刻に掛ろう程に、辺りが茜色に染まり始めた頃、ようやく、その終わりが見えてきた。

「お、やっと森を抜けたか」

 森の切れ目を抜けると、そこは今度は広大な草原が広がり、そして少し先には遂に、人の営みが感じられる、轍の付いた道が見えていた。

「や、やった」

「これで何とか、人間のいる場所には行かれそうだ」

 遂に道に出ることが出来た。

 道の一方は草原を横切って森を迂回するように東の方向に延びていたが、もう一方は川に沿って南へ延びていた。

 すでに空は茜色に染まってる為、隆は若干焦りつつ、川の下流方向に向かって伸びる道に沿って走り始めた。

 それからどのくらい走っただろうか、まだ空は茜色のままなので、多分2、30分といったところだろう。

 前方約200mに、何やら馬車らしき乗り物と、数頭の馬、それを囲む様に50匹以上のゴブリンらしき影が見えてきた。

馬のいななきは、事態が切迫している事を伝えるかの様に響き渡った。

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