第3話

 さて、改めて手に入れた弓と矢を見てみる。

 弓は、長年手入れされずに使い続けられていた割に、接合部や何かの骨で出来たグリップからレスト(矢置き)に痛みもなく、弦も、動物の腱を何重にも編み込まれたもので、簡単には切れない高級品だった。

 更に、矢筒には10本の矢が入っているのだが、いくら試し撃ちをしても、減らないことに気付いた。

「え? なにこれ? 常に10本の矢があるっぽい?」

 試しに3本の矢を抜き取って、番えて射てみる。

 矢筒の中には7本ではなく10本の矢が……。

 ゴブリンが、何故こんな高級なマジックアイテムらしきものを持っていたのかは謎だが、多分、この森で亡くなった冒険者が、持っていたものだろうことは、想像に難くない。

 ただ、隆は、ゴブリンが持っていたことすら気付いていない為、なぜあんなところに、この弓矢があったのか、首をひねるばかりだった。

「あっ! まさか誰かがちょっと置いて出掛けていたものを盗んじゃった?」

 あんな森の中に物を置いて出掛ける人間はいない。

「やっべぇー、もうあそこには戻れないよー、どうしよう……」

「……よし、とりあえず人里に出るまでは持っていこう、そうしよう!」

 案外、ちゃらんぽらんな隆だった。




 矢が切れない事をいいことに、隆は何度も練習と称して、川下の森の木に向かって、矢を射かけていたが、矢羽が弓に干渉しない向きで番えることも知らない隆は、適当に矢筈を弦に番えて撃っていた為、当然矢は、何度も明後日の方向に飛んで行っていた。

 しかも、この弓の性能のおかげと、レベルアップで上がった体力のおかげで、水平射でも30m前後というプロ並みの、相当な飛距離も最初から出ている。

 ただ、忘れてはいけない事が一つ。

 ここは水場だ。

 当然水を飲みに色々な魔物もやってくる。

 川下に向けた連射?のせいで、隆はゴブリンも含めて大量の魔物をまたしても狙った訳でもなく仕留めてしまっていた。

「ぐげっ!?」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

「ぬぐっ!!」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

「むぬっ!」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

「へぐっ?」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

「ぎゃうっ!」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

「ぴっきゅっ!?」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

「はぬっ!」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

「めりゅ!?!」

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>




 隆は、ほぼ矢を2、3射射かける度に上がるレベルに、楽しくなってしまい、だんだん飛距離を伸ばしながら、何度も矢を木に射かけていた、……つもりで大量のモンスターを射とめていた。

「やはり、練習すればするだけレベルも上がるのだな」

 小川のせせらぎの音と、何となく保護色になっている魔物達の体色のせいか、ほんの数十メートル先で倒れる魔物たちにすら、隆は気づいていなかった。

 そんな事をしているうちに、遂には100m以上先の的(隆的には木を狙っているつもり)、まで矢が届くようになってしまったが、不意に隆の腹が鳴った事で、その暴挙は終わりを迎える事となった。

「腹が減った……」

 既に太陽は頂点を過ぎて傾き始めているが隆は朝飯(ブランチ)を摂ってから何も食べていないばかりか、剣を振り回し、小一時間歩きにくい森を歩き、更に弓を100射以上引いていたのだから当然だった。

 しかし、隆は気づいていないが、レベルアップの恩恵はすさまじく未だ空腹以外、体力的な疲れを全く感じていないのは、これから更に歩いて人里を目指さねばならない隆にとって幸運だった。

 辺りを見渡してみたが、食用になりそうな実も生っておらず、川には魚が元気よく泳いではいるが、例え取れたとしても調理ができない。

「これは、今日中に人里に降りないとやばくないか?」

 やっと気づいた隆だった。

「とりあえず、食べ物を探しながら川伝に下っていくか……、おっ? 綺麗な石発見~」

 よく見ると、そこら中に例の赤み掛った水晶の様な石が落ちている。

 あれだけ魔物を仕留めていたのだから当然である、この時点で隆のレベルは既に70に達しており、この世界で成人の平均レベル10を大きく超えていたのだが、本人にはそれを知る術がなかった。

「とにかく、川に沿って下って行くか……」

 本当は、こういった場合、日本では川沿いに下るのは、崖や滝に行き合ってしまい危険な事が多いのだが、ここは起伏の激しい山などではない為、水を求めるモンスターや、動物たち以外の危険は特になく、順調に進む事ができた。

 と、云うのもレベル70を超えた隆の気は凄まじく、モンスター達にとっては、恐ろしく強力な化け物が、近づいてくる恐怖すら感じてしまう為、歩みを妨げられることなどなかったのだ。

 更に隆は軽快に川沿いに下って歩いていると、何やら甘い香りが漂って来る事に気付いた。

 そして、少し速足で進むと金色の実の鈴なりに生った木を発見したのだった。

「おっ! なんだこれ物凄く美味そうなんだが?」

 そこには枝を山なりに広げた幹回り2,3m、高さ10mにはなる巨木が一本、美味しそうな香りを振りまく黄金の実をたわわに実らせていた。

 木の下には動物かモンスターが食い散らかしたと思しき歯型の付いた実がいくつか落ちており、そこから得も言われぬ甘い香りが漂い出ているのだった。

 ゴクリッ、と生唾を飲み込んだ隆は、頭上2m位のところにある実を眺めおもむろにジャンプしてみた。

「うぉっ!?」

 絶対届かないと思いながらの跳躍であったのに、レベルアップで身体能力のアップした隆は軽くは跳ねただけのつもりが、実の生った枝を優に超える跳躍で楽々実をいでしまった。

「なんだ、もしかしてこの星、重力が低いのか?」

 隆の身体能力が常人の数倍にまで上がっている為なのだが、現時点でそれを知る術がない隆だった。

 ともあれ、いだ実を良く観察すると大きさはこぶし大、黄金色のリンゴのような形状でとにかく食欲をそそる香りが凄かった。

隆は川の水で濯いだ実を軽くスエットの裾で拭き、もう我慢出来ずに豪快にかじりついた。

 シャクりとした食感に続き口の中いっぱいに広がる果物特有の甘い香りと桃と林檎リンゴ葡萄ブドウを足したようなさわやかな瑞々しい甘み、そして心なしか体の芯から力が湧き上がるような感覚。

「う、美味い! 美味すぎる!!」

 むさぼる様に果肉を平らげると直径3㎝位の丸くて黒い種が現れた、まん丸のほぼ真球だった。

「ここまで丸い種って、……初めて見るな?」

 それが気に入ったため水で洗うととりあえずスエットのポケットに突っ込んだ。

 そして、見上げる頭上にはまだまだ沢山の実が鈴なりに、隆は迷わずジャンプして手あたり次第実を捥ぎ始めた。

 空腹だった為、10個近くの実を平らげてしまい、一息つくとまだ一山の実が残っている。

「ちょっと取り過ぎたか?」

スエットのパンツのポケットには100個ちかい数の赤い水晶の欠片が、トレーナーのポケットには丸い種が10個。

 もうどこにも収納スペースが無かった。

 山と積まれた金色の実をじっと見つめたまま隆はため息を吐くと、収納する所ないじゃん!と、叫ぼうとして

「収納……」

 まで言った途端、目の前に積まれた果実の山が消えた。

そして、隆の脳裏に<ネクターの木の実30個収納>の、アナウンスが聞こえた。

「え? 消え、え? ネクター? 30ってなに? え?? ちょっと待て、これはうわさに聞く異世界転移でお馴染みの、収納魔術なんじゃないか?」

「てか、どうやって取り出すんだよ!?」

 結論から言ってしまうと至極簡単、取り出そうと思えば隆が指定する任意の場所、まぁ見える範囲にではあるが、に好きなだけ取り出すことが出来た。

 また、手の届かない高い場所に生っている実も、多少集中する必要があるが、じっと見つめて、「収納」と言えば、もぎ取る事も出来た。

 そう言う訳で、隆は木に生っているほぼすべての実、200個以上を収納し、ポケットの赤い水晶(収納したら魔石と出た)とネクターの実の種、弓、矢を。

 また、いまは使えないスマホとカードケース、家の鍵なども収納して身軽になった。

 この収納魔術、何が便利かと言って、収納すれば物の名前が判る、神仕様な所が凄かった。

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