第2話

 気恥ずかしさのあまり、頭を掻きながら、むくりとおもむろに起き上がった隆は、足元に転がる哀れな犠牲者ゴブリンに向かい目をつぶり手を合わせた。

 そして、よく観察することにして、微妙に目をそらしながらではあるが、おっかなびっくり近づいてみた。

「お前が悪いんだからな、いきなり襲い掛かってくるからだからな!」

 確かに、隆には殺傷する気など毛頭なかったし、まさか死んでしまうなんて思いもしなかったのだが、現実としてそこには生物の遺骸が…………無かった。

「えっ? あれ? ついさっきまであったよね? 死体」

「え? どこ??」

 思わず身構えつつ辺りを確認してみたが、そこにはゴブリンが持っていて、ついにはその命を奪った錆びた剣と、小さな赤味を帯びた透明な水晶っぽい石が落ちているだけで、血の一滴すら存在していなかった。

「どういう事だ? もしかしてゴブリンって生き物じゃないのか?」

 生きて、動いて、襲ってくるのだから生き物である。

 が、隆は混乱の極みにあったので、まともな思考が出来ない状態が続いていた。

「落ち着け、深呼吸だ、スーハースーハー」

「よし、とりあえず、綺麗だしこの石は持っていよう、剣は……」

 錆びてはいるが、武器は武器である。

 隆としても、身を守るため武器が必要になるだろうことは、今の出来事から容易に想像できた。

 しかし、武器なんて一度も扱った事がないどころか、本物を見たことすらない隆にとって剣があっても果たして身を守れるものだろうか?。

 まぁ、普通なら『無理ゲじゃね?』と言わざるを得ないだろう。




「これも一応、持っていこう……」

 鞘もない抜き身の片手剣であるショートソードは、非力なゴブリンでさえ扱えるのだから、それなりに軽く出来てはいるのだが、武器である以上、ある程度の重さはある。

 そして軽さをカバーするため、重心もやや剣先寄りになっているため、片手で持つと多少の重さを感じることも仕方ないのかもしれない。

「お、重いな……」

「でも、振り回せないほどではないかな?」

 刃渡り65㎝くらいの両刃の剣は、手入れがされていない為錆びてはいるが表面だけで、作り自体はしっかりしたものだった。

 刃引きがされている訳ではないが、日本刀のような鋭い刃立てがなされている訳ではない為、扱いは撫で切るのではなく叩き切る、もしくは突く武器なのだが、隆には全く分からない為、ただの凶器以外の何物でもなかった。

 とりあえず、隆はおっかなびっくりではあるものの、剣を軽く振ってみた。

 すると、軽快に空気を切り裂く音を響かせて弧を描く剣筋は、意外としっかりとたもので、隆もなんだか楽しくなってしまい、時々ポーズを決めながら暫く色々な軌道を試しながら、軽く息が上がるくらいの時間、剣を振り回してしまっていた。

「お、なかなか行けるんでないか? ふんっ、ほっ、やっ! と……」




 しかし、ここは森の中だし、魔物も存在する訳なのでそんなに悠長に構えていられる様な場所では無かった。

 そう、そんな隆をじっと見つめる1対の目がほんの10mほど離れた藪にあったのだが、剣に夢中な隆には、気づくはずもなかった。

 それは、弓を持ったゴブリン、ゴブリンアーチャーだった。

仲間が倒されるのを用心深く、藪の中から音も立てずに見守っていたゴブリンアーチャーだったが、彼にとって、はしゃぐ隆は全く脅威には思えなかった。

 腰の矢筒から一本の矢を取り出し、慎重に隆を狙って弓を引き矢を放った。

 この距離で外すはずはない。

 そう思ったゴブリンはなんの躊躇ちゅうちょもなく矢を放ったのだったが、直後、信じられない光景を見ることになった。

元来、飛んでくる矢はほぼ点であり、盾がない限り、迎撃はよほどの達人でもない限り、非常に難しいと謂わざるを得ない。

 が、隆は、たまたま放った横薙ぎの一閃で、その矢を叩き落としてしまった。

 もちろん、偶然である。

「えっ?」

 その証拠に、隆は矢を打ち払ったその衝撃に驚き、剣を手放してしまった。

 それなりのスピードで振り回していたため、剣は横に回転しながら、ブーメランの様に弧を描き、矢を放ったゴブリンアーチャー目掛けて飛んで行き、狙い澄ましたかの様に彼の喉に突き刺さった。

「グムッ!」

 喉に剣が突き刺さったため、くぐもった悲鳴しか上げられず、ゴブリンは息絶えた。

<ピロリロリンッ♪><レベルが上がりました。>

 また、謎のチャイムと声が隆の脳裏にコダマした。

「えっ? なんで?」

 実は隆、自分が今また、ゴブリンを倒してしまったことに、気付いていなかった。

 そして、通常はこんなに簡単にレベルが上がったりはしないのだが、そんなこともまた、隆が知るはずもなかった。

「んー? 剣を振るだけでもレベルが上がるのか?」

 頓珍漢とんちんかんなことを考えながら藪に飛んで行った剣を回収するため歩き出した隆は藪の後ろに剣と共に弓と矢筒があるのを見つけた。

 訝しがりつつも、有って困るものでもないので弓矢も回収。

当然そこにはピンク水晶も落ちていたが、隆はラッキーと思うだけで自分が倒したとは思ってもいなかった。

「なんで、こんなところに弓矢があるんだ?」

 その弓は何種類かの木の板と何かの動物の骨を張り合わせて張力を上げた合成弓で、とりあえず遠距離攻撃手段? も得た隆は、行動に移ることにした。

「さて、どうしよう」

なにしろ、前後左右、どちらを見ても鬱蒼とした森なので、どちらに移動したらいいのかも見当もつかない。

「とりあえず、あのゴブリンが向こうから来たのだから、あっちに行くのは無いな……」

 なにしろ、戦闘など経験のない隆にとって、いきなり襲い掛かって来る様な獰猛な? ゴブリンなど、これ以上遭遇したくはなかった。

「方角的には南か? 心なしか下ってるようにも見えるし、人里を目指すのなら降りる方向だよな……」

 悪い選択肢ではなかった。

 ただ、人間まっすぐは歩けないもので隆も少しずつ西寄りに弧を描く感じで進んでしまっていた。

 しかし、運が良いことに、1時間ぐらい歩くと、幅2m位で深さもそれほどではなさそうな、小川に行き当たる事ができた。

 小川は、太陽の位置から察するに、やはり北から南に向かって流れている感じだった。

「まぁ、ここが北半球である場合だけどな……」

 小川を覗き込むと綺麗な清流で魚影も少なからず見える事から飲料に適してないとは思えなかった。

 アパートの玄関を出てまだ、3,4時間ではあったがさすがに喉が渇いていた隆は迷わず小川に手を突っ込み、その水を飲んだ。

「ぷっはー、冷たくて美味い!」

「そういえば、なんかあまり疲れていないな?」

普段からインドア派の隆は、あまり体力がある方ではないはずだったが、レベルアップの恩恵で、体力は3倍近くに向上していた。

 しかし本来、湧水ならともかく、川の水はたとえ清流であっても、そのまま飲むのは色々な意味で危険なのだが、そこは異世界という事で気にしないことにした隆は、歩き続けて火照った体を冷やす意味も込めて、がぶ飲みしていた。

 普通なら絶対腹を壊すほどのレベルでがぶがぶと躊躇なく飲んでしまった。

 実は隆、レベルアップの恩恵で、身体能力が向上しているだけでなく、色々な病原菌、雑菌や、ウィルスなどに対しての耐性も上がっていたので事なきを得ただけだった。

「せっかくだし、ここで少し弓の練習でもするか……」

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