彼らの陽動

「行こうか。手早く済ませよう」


 僕らは急いで船へと走った。乗組員用の階段を上り、船の上に上がる。

 船内の廊下は無機質な蛍光灯が照らすばかりで、狭いことを除けばどこか白墓と似ていた。


「人、あんまりいねえな」

「貨物船だからだろう。だがいつ侵入したことがばれるか分からない。注意を怠らないでくれ。それと玖円君、君にこれを渡しておく」

 ヨウさんから折りたたまれた紙を手渡される。八折になっていたそれを広げると、船内の地図が現れた。いくつかの部屋番号が赤色でマークされている。


「囲んである番号の船倉にアンドロイドが格納されている。私にはそこまでしかわからない。おそらく私はついていけないだろうから、それは君が持っておくといい」

「ありがとうございます」


 僕は地図をたたみ直すとズボンのポケットに突っ込んだ。ヨウさんはそれを見て少しだけ安心したような表情になったが、何かに気づいてはっと廊下の奥を見た。


「そこの角に身を隠そう」

 言われたとおり、すぐそばのつきあたりに身をひそめる。ほどなくして、数人の足音が近づいてきた。


「………あれも下っ端、ですかね?」

「先ほどの奴らよりは立場は上だろう。しかし貨物船のこんなところを徘徊しているようなら、まだ地位はそれほど高くないはずだ」


 ヨウさんは自身のスーツを少しだけ正した。そして僕を見ると、ほんのわずかに口の端を上げて微笑した。

「ナツ君のところへ行くには、この廊下を通る必要がある。私は彼らの注意を引きつけてこの船から出よう。なるべく多くの人員を麻痺できるようにも務める。玖円君、ケイに手渡された銃は使う気でいるか?」

「え、っと、あの……」


 その存在を半ば忘れていた。僕はそっとうしろのポケットに入っている冷たい感触を確かめた。


「受け取った時点で、その銃の使い道は君に託された。君はそれで相手を攻撃することも、彼女とともに心中することも可能だ。もっと有効な使い道もああるかもしれない。良い結果が出るように、私も、おそらくケイも祈っている」


 ヨウさんは僕が何かを言う前に行ってしまった。下手に動くこともできずに、僕と硝は彼のことをひっそりと見守った。

「君たち」

 ヨウさんはあたかもここで働いている人間であるかのように、堂々とスーツ姿の男たちに話しかけた。

「あ、はい」


 彼らもまた、ヨウさんが部外者であるという疑いは露程も持っていないようだった。彼らは突然現れた青年に対して、指示を待つように背筋を伸ばした。

「実は急遽アンドロイドが追加されることになったんだが、機体数の確認を行う人員が足りないとの要請が倉庫街からあった。すまないがついてきてくれないか」

「え、でも、それは日雇いの仕事では……」

「あまりにも急なことだから、割ける人員が限られている。大したスキルのない者に押し付けてミスが出てしまえば、組織全体の損につながるだろう。報酬の方は私が上と掛け合うつもりだ。だから少し手を貸してくれないか」


 すらすらと本当のような虚言がヨウさんの口から紡がれていく。あまりにもその自然な振る舞いに、彼らもよくよく聞くと嘘だとわかりそうなことも簡単に信じてしまったらしい。男たちは押し切られる形でうなずいた。


「では早速来てもらいたいが……あと少し人数が欲しい。君たちは甲板で待っていてくれ」

「分かりました」


 カツカツと革靴がこちらに近づいてきた。僕と硝は慌てて壁にへばりつく。黒いスーツを着た男たちが四、五人ほど通り過ぎて行った。その少しあとから、ヨウさんが廊下を通りすぎていく。


 武運を。


 最後に口の動きだけでそう告げると、ヨウさんは反対側の廊下の曲がり角に姿を消した。

「かっけぇ………」


 まったくもって右に同意だ。僕と硝は惚けて彼の消えた廊下を眺めた。

 靴音が全く聞こえなくなったころ、僕は我に返って硝を促した。


「とりあえず先に進もう」

「ナツどこにいんの?」

「え…っと」


 僕はヨウさんからもらった地図を広げた。マークされているのは廊下を進んだ先の扉を出た場所だ。

 目的のドアを開けた瞬間、地面が唸るような重低音とともに船体が少し揺れた。もう出航するのかもしれない。


 僕らはほとんど全力疾走で甲板を走った。が、目的の船倉までたどり着こうとしたところで人の声がした。あわてて立ち止まり、物陰に身をひそめた。

「もう全部チェックしたか?」

「ああ、問題ない」

「あれ? 一体足りなくないですか?」


 おそらくナツのことだ。でも、足りないってどういうことだろうか。ここにもナツがいないなら、一体どこに……。


「は!? いない!?」


 となりで思わずといった風に硝が声を上げた。僕は焦って彼の口をふさいだが、もう遅い。

「おい、誰だ!」


「あほかお前!」

「いや、マジごめん」


 僕らは言い合いもほどほどに、急いでその場から離れた。後ろから遅れて何人かの足音も聞こえてくる。


「やー、ほんと悪ぃ。でも結局あそこにナツいなかったんだろ? 振り出しに戻っちまったな」


 余裕そうな幼馴染のさわやかな笑顔がむかつく。僕は走りながらもそれを伝えんばかりに彼を一喝。

「あのまま話聞いとけばナツの場所も分かったかもしれないだろ!」

「あ、そうか」


 きゅきゅっとブレーキをかけて、突然立ち止まる硝。後ろからは追手が走ってきている。


「ちょ、何……」

「今聞こうぜ」


 言うなり、スーツの男たちに向かっていく硝は、僕がその言葉の意味を理解する前に跳躍した。


 もう、そこからは硝の独壇場であった。


 まずとび蹴り。相手の胴体にそのまま着地。床に後頭部を打った相手はもう伸びていた。


 次、向かって右で呆然としている男のみぞおちを殴る。とどめに首筋に一発。


 最後、懐から銃を取り出そうとした男の腕をつかみ、ひねりあげる。


「あいてっ、いてててて!」

 かわいそうなその男の足元に落ちた銃を、僕は足で離れたところにやった。

「ほら、聞いとけよ」

「お前ら、何………いっ!」


 さっき何か知っている風だった男の声だ。硝はたぶんそれに気づかず、適当に一人残しただけなのだろうけど。

 僕は硝に捕まって呻いているその男に尋ねた。


「ナ……あとから入ってきたアンドロイド、どこにいますか?」

「は? ああ、もしかしてお前が盗んだ奴なのか? アンドロイドに手をだすほど、スラムには女が足りてな……ぐっ!」

「どこにいますか?」

「仮眠室だ、見張り台の下の!」


 男は少しためらったようだったが、観念したのか、痛みに耐えられなかったのか、質問に答えた。


 僕は地図を確かめた。ここからはさほど遠くなさそうで、少しだけ安心する。

「ありがとうございます」

「いいから離せ……あがっ!」


 最後に顔面で硝のこぶしを受け止め、スーツ姿の三人組は完全に鎮圧されてしまった。こうして見下ろしてみると、なんだかかわいそうになってくる。

「いつ見つかるか分かんねえって結構怖ぇな。早めに行こうぜ」

「………そうだね」


 僕はお前もそこそこ怖いと思うよ、硝。


 僕と硝はお互いに無駄口を叩かず、黙って通路を歩いた。時折乗組員らしき人間を見かけたが、侵入者がいることはまだ知らされていない様子だった。


「ここか?」

「ああ」

 僕らの目の前には、「仮眠室3」と記されたプラスチックのプレートが貼り付けられたドアがある。少し時間はかかったけど、やっとたどり着いた。


 ドアには鍵がかかっていない。僕はドアノブを手にしてそっと開けた。

「―――ナツ」


 ナツは部屋の中で、ベッドに座っていた。熱のこもったそこで、何もしないでただ前を向いて座っているだけだった。


「――申し訳ございません。スリープモードから再起後、玖円様の姿が見られなかったため、その場で待機していました」

 もしかしたら彼女が僕たちのことを忘れているかもしれないと不安になっていた僕は、安堵の息を大きく漏らした。


「よかった。ナツ、とりあえずここから出よう。家に帰るんだ」

「――了解しまし―――」


「おい、部屋が開いてるぞ!?」

 ナツを遮って、部屋の外から誰かが叫んだ。僕ははっとして外を見る。壁にもたれていた硝が首だけを伸ばして廊下を見た。


「じゃあちょっと行ってくるわ」

「ど、どこに………」

 あんまりにも何でも無いように言うから、僕は彼の意味するところが一瞬理解できなかった。


 硝はフードをかぶった。その下には、相変わらずの気持ちの良い笑顔を浮かべている。

「俺、適当に暴れてから帰るから。ナツと先に行っとけ!」

「でもお前……!」

「へへっ、あとでな!」


 言うだけ言って、彼は部屋から出て行った。ほんの数秒後、がっしゃああんとすさまじい音とともに誰かの悲鳴が響いた。あとから足音と、連携の取れていない声たちが増えてゆく。


「ナツ、行こう」

「――了解しました」


 僕はナツの手をとった。その細くて柔らかい彼女の手は、何も感じられない表情とは裏腹に、とても温かかった。


 そっと手に力を込める。僕は守られてばかりだ。

 まだまだ、自分じゃ何もできない。

 そんな僕が、何か一つでも、誰か一人でも、守ることなんて出来るのだろうか。

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