彼女の目覚め
明くる朝。
僕は聞きなれた大きな声と、体を激しく揺さぶられたことによる衝撃で覚醒した。
「玖円っ、起きて!」
「んん……、うーん?」
頭痛い。もう少し寝たい。
そんな願望で思考が埋め尽くされた。だが、僕を揺さぶる咲が再び大きな声で言った。
「あの子が起きそうなんだってば! 下でヨウさんが様子を見てる! ねえっ、はーやーくーおーきー…」
彼女が言い終わる前に、僕はベッドから跳ね起きた。そしてベッドから抜け、まだ布団にくるまっている赤毛の男とか、それを踏みつける金髪少女とかをおいて、ゲストルームを飛び出した。
あの子が、起きる。
覚えているのなら、聞きたかった。何故、あの時僕の腕をつかんだのか。僕は階段を転がるように下り、礼拝堂につながる扉を開けた。
「君か。おはよう」
キリっとした仏頂面で、ヨウさんが立っていた。そのわきには、点滴を打たれたアンドロイドが、簡易ベッドに寝かされていた。
「覚醒の兆しが見えた。あと数分もしないうちに目覚めるだろう」
「いや、もう……」
起きる。
僕は目の前の女の子に釘付けになった。ヨウさんが怪訝そうな表情で僕を見て、アンドロイドへと視線を移した
「む? 早かったな」
彼女の呼吸が、昨日よりも大きくなる。
「あたしっ、あたしが先に見るのー!」
「うるせぇっ、お前に先越されんのはなんかヤなんだよ!」
「二人ともいい加減にしてよ!」
ドタドタと騒がしい三人の声も、僕の耳には遠く聞こえた。
彼女の白い指先が動いた。
彼女の長い睫毛が揺れた。
そして―――――。
「………あ」
僕は息を吐くと同時に、思わず小さく声を上げた。
彼女が、覚醒した。
夜よりも深い漆黒の瞳が、ぼんやりと天井を見上げている。その表情もどこか眠そうで、何を言うでもなく、彼女は目を開けただけの状態でじっと上を見つめている。
「アンドロイドは起きてる? 玖円ちゃん」
「……」
「玖円ちゃん?」
「……あ? あ、ああ。目は開いているけど、意識がはっきりしているのか……」
ケイの呼びかけに遅れて返事をした。それくらい、僕は彼女を夢中になって眺めていた。いつの間にか僕のすぐそばで、咲や硝、ケイとヨウさんまで一緒になって、仰向けの彼女を見ていた。
「大方、すべてのセンサーが完全に覚醒するまで待機しているのだろう……ほら、動き出した」
ヨウさんが言うと、彼女は眠そうにしていた目をはっきりと開いた。眠気なんてものはこれっぽっちもない。そして唐突に上体をおこした。全員が少しだけ身を引く。
「――――各種センサーを全て起動いたしました」
涼やかで凛とした声は、どこか無機質だった。いや、どこかというより、全体的に機械的で感情がこもってなくて……
「代表のお客様はどちらでしょうか」
淡々と述べる彼女。気がつけば、僕以外の全員が二歩くらい後ろに下がってこっちを見ていた。
え、代表って、僕?
目で質問すると、
「お前が連れてきたんだろ」
「責任とってよね」
「そもそもあたし、診ただけだし」
「私とケイは適役でないと思う」
……どいつもこいつも。
しかしやはり全ての責任は僕にあるということは否めない。仕方なく、僕は彼女に向き直った。
「あの、じゃ僕が代表ってことで……」
「了解いたしました。お名前をお聞かせください」
「え、あ、玖円…です」
一瞬、無表情のまま彼女は固まった。そして、
「玖円様をメモリに保存いたしました。当機の紹介を許可願います」
「え? ああ、どうぞ」
その場の空気が緊張した。彼女はその紅い唇を開き、
「本日は当ワンコインロボットをご指名いただき、誠にありがとうございます。製品名はNA‐2。高い学習機能と人に近い自然な振る舞いで、あなたにサービスと笑顔お届けする、高品質のワンコインロボットとなっております」
無表情、棒読みで言った。
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