僕らの晩餐

 ウノも三周目が終わるころに、硝とヨウさんが食事を運んできた。


 ケイの好みなのか、ミックスサラダにコーンスープ、主食はパンといった洋風メニューだった。メインディッシュは僕らの知らない魚の料理だった。


「ヨウさんマジすげぇ。オレこんなんつくったことねえよ」

「たいしたものではない。もしよかったら作り方も教える」

「マジで? 師匠って呼ぼっかな」


 硝も結構楽しんでいたようだ。浮かれる彼をたしなめ、ヨウさんは部屋を出ると、人数分のコップと水を持ってすぐに戻ってきて、僕らに注いでくれた。青いガラスの水差しから、透きとおった液体がキラキラと注がれる。


「あ、ヨウさん。椅子まで準備してくださってありがとうございます」

「構わない。客人なのだからそれくらい当たり前だ」

「そんな、あの、自分で入れますんで気を使わずに……」

「いや、私はこれが仕事であるから、あまり気にしないでくれ」


 間髪入れずに断られた。


「や、でも……」

「私が好きでやっていると思ってほしい」

「あ、はあ……」


 次々と水を注ぎながら、ヨウさんはそう答えた。はっきりとそういわれてしまえば、こちらも何も言えなくなってしまう。

 全員のコップに水が注がれ、ヨウさんが着席したところで、ケイが満面の笑みを浮かべて言った。


「さ、みんなたくさん食べてね!」

「お前作ってねえだろ」


 硝が突っかかると、彼女も口を尖らせて反論した。

「あたしが稼いで用意したんだもん」

「違法収入だけどな」

「何よう。文句言う人にはあげませーん」

「なっ、オレが作っただろうが!」

「ふ、二人とも落ち着いて……」


 どうして常に一触即発なのだ。僕の一言で口げんかはやめたものの、無言でガン見し合う硝とケイだった。


「ねえねえ、ケイちゃん。さっきあの子のことで気になることがあるって言ってなかったっけ? あたしたちにも教えてくれないかな」


 気を利かせた咲が、そう切り出した。ケイは硝から視線を離し、ぐるりと僕らを見渡した。それからパンを手に取りながら、

「うん。さっそくだけど、あのアンドロイドで気づいたところは大きく分けて二つあるの。それを話す前に確認だけど、アンドロイドはどんなふうにして誕生するのか、知ってる?」


 その問いに僕ら三人は首をかしげる。ジェスチャーだけで察したケイは、戸惑った表情になった。どうやら自分の口で説明したくないようだ。そのままの顔で彼女がヨウさんを見る。隣の少女と数秒目を合わせ、軽くため息をついて、ヨウさんは話し出した。


「アンドロイドが人の卵子と精子を掛け合わせて造られることは知っているか?」

「あ、ええ。生物学的には人とほとんど同じなんですよね」


 僕と硝よりちょっと賢い咲が返事をした。

「人と全く変わらない。だがアンドロイドとして使わるために売られた卵子および精子は、専門の企業に売られた時点で、人とは認められない。これはこの国の法律にも示されている。だが、この売られたものだけがアンドロイドになるというわけでもない。例外がある」


「はあ……それはいったい」

「堕胎した胎児だ」

「ふーん。………て、え?」


 さらっとした口調とは裏腹な言葉に、僕は引っ掛かりを覚えた。それは隣の二人も同じだったようで、咲は混乱したように頭に手を当て、聞き返した。


「え、ちょ、ちょっと待ってください。それってつまり、赤…ちゃん?」

「そうともいえる。しかし一般の赤子と呼ぶにはまだ早い段階だが」

「えと、バカなオレでも人権って単語の意味分かるんだけど。そういうの考えないんですか?」


 硝もかなり困惑していた。そんな彼に、ケイはあからさまにイラついた様子で、


「じゃあバカなあんたにさらに教えてあげる。あのね、妊娠から約二十二週間の間は中絶が可能なのよ」

「だからってなんで……」


 硝はまだ納得がいかないみたいだ。僕も、おそらく咲だって同じだ。するとケイが吐き出すように言葉を足した。口にするのも気持ち悪い、と言いたげに。


「ここまで言ってまだ分かんないの? その期間の赤ちゃんはね、無理やり堕胎――つまり殺しても、手続きさえすれば何も罪に問われないの。動物を意味なく殺すことも罰せられる世の中で。つまり、動物以下の存在。これから人として生きる権利がまだ与えられていない。人権がないの」


「――――あ」


 僕らの間抜けた声に、ケイは鼻を鳴らした。それからサラダをほおばった。もう話したくない。そういうサインかもしれない。

その様子を確認したヨウさんが話を引き継いだ。


「ケイの言った通り、法律の裏を返せばそういうことになっている。実際、サニー社の最初のアンドロイド開発の被検体は堕ろした胎児だ。アンドロイドベビー――通称Aベビーはそれから数年後に取り入れられた製造方法だ。……まあ、君たちが知っていても知らなくてもどちらでもいい事だ。あのアンドロイドに関することで、本題はここからだ。続けてもいいか?」


「……ああ、はい。お願いします」

 僕らがよほど呆然としていたのだろう。ヨウさんは一度そう伺ってから説明を再開した。


「Aベビーとして売られた精子や卵子は、買い取られた直後にDNA鑑定される。容姿、運動能力をはじめとするさまざまな生まれ持った才能を分類させられる。そうやってカテゴリ別に分けられたものを、顧客の要望に合わせて掛け合わせ、要望によっては遺伝子を操作した上で製造する。そうなると勿論、顧客のニーズが少ない遺伝子を持ったものは、余りもの扱いされる。無論、堕胎した胎児などは意図して掛け合わせたわけでもないから、その価値は低くなるのが当然だ。ここまでは理解できたか?」


「……半分くらいは」

「あたしは、大まかなことは」

「ヨウさん、この魚マジうまい」


 僕と咲が話を聞くだけでいいだろう。すでに説明をかけらも聞いていない男は、とりあえず放置。


「なら続けさせてもらう。

 そういった価値の低いAベビーは個人向けに作られるアンドロイドには向かない。だが安く大量に仕入れることができるため、その多くは企業に買い取られる。ワンコインロボットにあてがわれたあのアンドロイドも、おそらくそれに当てはまる」

「じゃあ、あの子も余りものAベビーか、それか……」


 その先は口に出すことはできなかった。口に出すのもためらわれるような事実だった。ケイがなかなか察することのできなかった僕らにイライラするのもわかる気がする。


「あら?」

 と、ふいに咲が首をかしげた。

「ヨウの説明でなんか解んないとこあった?」

 少しだけ機嫌が直ったケイが聞き返した。咲は首を横に振り、

「いや。説明はよくわかったんだけど……。ケイちゃん、それじゃちょっと不自然じゃない?」

「どうして?」

「見た目とか、運動能力が高ければ高いほど、高価なAベビーになるんだよね? それならあの子はワンコインロボットになるには勿体なくない?」

 僕にも咲の言わんとすることが理解できた。確かに、彼女の細長い手足やシャープな顎とか、赤く染まった唇とか、日本人離れした尖った鼻筋とか、どれをとっても美しい。そんな完璧すぎる顔立ちなのに、何故ワンコインロボットになんか回されたのだろうか。

「ああ、整形ね。全身整形」

 ケイがしかめ面になって答えた。

「あたしが見たところだと、主な骨格以外はほとんど整形手術が施されていたの。顔なんか、元の容姿が推測できなかったし、足を細くきれいにするために、筋肉を削ったり、神経を切ったりしてた。その他にもいっぱいイジってたよ。あと何年普通の身体機能を保てるかも分かんない」

「そう、なんだ……」


 ワンコインロボットは安い消耗品。どれかが壊れたら、そのどれかと全く同じものを作り直せばいい。アンドロイドの存在なんてそんなものだ。頭でわかっていたけど、言葉にしてその事実を知らされると、どうにも申し訳ない気持ちになった。


「あと何か気になることない?」

「いや、ないよ。ありがとう」

「そっか」

「そういえば、ケイちゃんの気づいたことのあと一つって?」


 咲が問うと、ケイは思い出したように目をぱちくりさせた。

「あ。忘れてた。まあ、これは気付いたことっていうより、気になったことなんだけどさ」


 ケイが口を尖らせた。さっきのように、不機嫌になったわけではなく、純粋に疑問が解決できなくて困っているようだ。


「あの子に投与されてた脳死剤なんだけど、ちょっと量がおかしいの」

「多かったのか?」

「ううん、逆。少なすぎるの。本来使用される容量を投与すれば、本当に脳死に近い状態になるの。それでもあたしはなんとかできるけどね。でも、思っていたよりも量が少なくて………あれなら、あたしじゃなくても簡単に覚醒させることができるんだよね。脳死…っていうより、昏睡状態に近かったかな」


ケイに解からないことが僕らに解かるはずもなく、数秒の沈黙が降りた。そののち、


「あたしが思ったのはこんだけだよ。なんか聞きたい事とかなあい?」

「……充分」

「そっか。じゃあ、食事済んだら寝室に案内するね。咲ちゃんはあたしの部屋で一緒に寝よ」

「うん。いいよ」

「あ、ゴメンもう一つ」


 アンドロイドが僕の腕をつかんだことを聞こうと思っていたのに、すっかり忘れていた。ケイにそのことを話すと、

「そうだなー。脳死とか昏睡状態とかって言っても、死んだわけじゃないから無意識に体が動いたりすることはあるよ。あの子は薬が十分に効いていないみたいだし……そういうのもありえるかも」

「そうなんだ……。ありがとう」


 じゃあ、あれは特に意味はないのか。ほっとしたような、残念なような、微妙な気持になる。

 それから、僕らは食べている間、アンドロイドの話に触れることはなかった。お互いの近況とか、何でもない僕らの日常の話をした。話しながら食べるヨウさんと硝の料理は、とてもおいしかった。


 晩餐を終えてヨウさんに案内されたのは、僕らの部屋の二倍くらいありそうな広い部屋だった。いわゆるゲストルームとかいうやつだ。


「ゆっくり休んでくれ。私は二つ隣の部屋にいる。何かあったらそこへ」

「おっけーでーす」

「ありがとうございます」


 お礼すると、軽く会釈をしてヨウさんがドアを閉めた。僕はソファに、硝は二人寝ても余裕なベッドにダイブした。


「なあ、明日仕事どうすんの?」

 恐ろしく軽い羽毛布団とじゃれていた硝が、そう切り出した。

「サボったら給料ごっそり引かれるだろ?」

「ああ、それはケイが何とかしてくれるらしいよ」


 夕食前に、僕と咲は彼女からそう告げられていたのだ。面白い患者がはいったから、こちらとしても時間に余裕を持ってじっくりアンドロイドを調べたい、というのがケイの意見だった。


「アイツにそんなことできんの?」

「さあ? でも、そういうことできちゃっても不思議じゃないけどね」

 なにしろ外人で子供で闇医者なのだから。訳ありじゃない方がおかしい。


「前々から思ってたんだけどよ、アイツどっから来たの? 気づいたら灰街にいたよな?」

「そんなこと聞かれても。それに、あまり首を突っ込まない方がいい気がするけど」

「だな」


 僕の意見に同意した硝は、枕に顔を押し付けた。僕もそろそろ寝ようとすると、

「……なあ」

「ん?」

 枕を抱きしめた男が不服そうに訊ねた。


「もしかして、お前と同じベッドで寝るの?」

「………咲じゃなくて悪かったな」


 こんなにいいベッドがあるのに、ソファで寝るなんて勿体ないじゃないか。

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