僕らの仕事その2

 咲と別れて、僕は空のカートをエレベーターに乗せ、再び網野さんのところに戻った。カートをもう一つ準備した網野さんに、「遅い」と一言だけ文句を言われたけど、一階から五階まで荷物を運んでいるのだからちょっとは時間がかかる。でもこの人も一応上司なので、反論はしないで「スイマセン」と謝って、咲から聞いたことを報告する。


「そ。じゃあ、それまでにこの遺体全部片付けましょ」


 それから僕らは黙々と作業を続けた。カートに箱を積んで、いっぱいになったら焼却室へ。また下りてきて、また上って。倉庫が空になったら別の倉庫に移動して、お昼の休憩をはさんで、作業再開。同じことを繰り返して一日を過ごす僕らの仕事は、いつも通り単調に進んでいった。


 時計の針が五時をちょっと過ぎたころぐらいに、本日二部屋目の倉庫が空になった。網野さんは大きく伸びをして、ついでに大きく深呼吸までした。


「今日のノルマ達成」

「え」


 あれ、朝ワンコインロボットがどうとか言ってなかったっけ? 僕の頭の上に疑問符でも見えたのか、網野さんは脚立をたたみながら説明してくれた。


「ワンコインロボットの件は仕事じゃないわ。表向きボランティアみたいなものなの。上から頼まれたことだけど、非公式だから職務内容には含まれていないのよ。まあ、報酬はこっそりお給料に追加されるみたいだけど」

「それってつまり、公にできないことって……」

「玖円君」


 僕の言葉を遮った網野さんは、さっぱりとした笑顔だった。なんか怖い。


「興味本位で仕事に疑問を抱かないこと。これはこの街に住んでいるあなたならよくわかっていることだと思ったんだけど」

「……十分心得ています」

「よね。若気の至りで裏のことに首を突っ込んで、二度と戻って来れなくなることもあるんだから、気をつけなさい」

「――はい」


 網野さんのおっしゃるとおりである。少し、いや大いに反省した。

 

 *

 一桁の番号の遺体倉庫は、主に大きな企業で使用された、大量のアンドロイドの遺体がまとめて運ばれてくることが多い。だから、他の二けたの番号の倉庫より二回りくらい大きい。第七遺体倉庫も例外ではなく、とても広い。


 ………そのとても広い倉庫が、木箱でいっぱいになっている。


「あの、網野さん?」

「なあに、玖円君」

「えーと、これ今日で全て?」

「そんなわけないでしょう」


 僕の言わんとすることを察したのか、隣の上司は呆れ顔だった。

「会社もそこまであたしたちを酷使しないわ。三日後に間に合わせなさい、とのことだから、一日二時間くらい残業すればいいわね」


 いや、それでも十分酷使していると思うけど。

 なんて言葉を心の中だけで呟き、僕は慣れた作業を進めていく。


 しばらくは淡々と箱を下ろして積んでを繰り返していた僕だったが、

「…ん?」

 いつもと違う違和感に気づく。箱の中から、かすかに、本当にかすかに、呼吸する音が聞こえる。


「あ、あの」

「どしたの?」

「あ、いや、気のせいかもしれないですけど……コレ、生きてないすか?」

「そうよ」

「……」


 そんなにあっさり肯定されると、ひょっとして今まで運んできたものも生きていたのでは…と思ってしまう。しかしそんなことはないようで、


「コレらは特別なのよ。玖円君、[脳死剤]って知ってる?」

「の、ノウシザイ?」

 響きが恐ろしい。ノウシって、脳死?


「知らないみたいね。あたしも昨日上に言われて知ったんだけど。簡単に言ったら、人為的に脳死状態を作り出す薬ね。もっと長ったらしい名称だったけど一般的にはそう呼ばれているみたい。生かしているのはそれなりに意図があるんだろうから、中身に支障が無いように丁寧に扱いなさいよ」

「…了解です。でも、何でまたそんな薬を投与するんですかね。普通は停止処理されているものなんですよね?」


 素朴な疑問を投げかけると、網野さんは憐みのこもった目で僕を見た。何かまずいことでも聞いたのだろうか。


「……さあねー。でも、使えなくなったアンドロイドでもが正常なら、それだけで価値があると思わない? 臓器培養の手間とコストも省けるしねぇ」

 回答を聞き、今更ながらに自分の質問の愚かさを痛感した。それが表情に出ていたらしく、「玖円君は早死にしそうね」と、追い打ちをかけられた。……真顔でさらっと呟かれると冗談に聞こえないのでやめてほしい。僕が押し黙っていると、網野さんは思い出したように言った。


「ああ。これ、焼却室じゃなくて十一倉庫と十二倉庫に分けて運ぶからね」

「―――はい」


 これ以上質問を重ねると、知らなくていいことをどんどん脳にインプットしてしまいそうだったので、僕はほとんど口を開かずに残業に没頭した。


「残業終了。もう帰っていいわよ」

 網野さんがそう言って脚立をたたみ始めたのは作業開始からちょうど二時間たった時だった。僕の返事を待たずに倉庫の入口へと向かった彼女の背中に、「お疲れ様です」と言って、僕は放置された脚立と二つのカートを用具倉庫に片付けに行った。


 ようやく仕事から解放された僕は男子従業員用のコインロッカーに行き、自分のロッカーに手をかざす。今では古いタイプの指紋認証システムが作動し、正方形のロッカーがカパリと口を開けた。


「お、玖円じゃん? 珍しいな。残業?」

そろそろ着替え終わるという頃に、立ち並ぶロッカーの間から軽い調子で声をかけられた。


「硝も今日は遅いんじゃないか?」

 僕と同い年の青年――しょうが僕の隣にやってきた。彼は灰色の作業服の上に着用していた、よれよれのパーカーを脱いだ。フードの下にあった炎のような赤毛がさらされる。海外の血が混ざっているのか、彼の髪は幼いころからずっとこの色だ。


「いや、それがさ。なんか先輩休んじゃって、ソイツが行くはずだったワンコインロボットの回収してたらオレの仕事遅れちゃってさ。ノルマ達成しないと給料から引かれるじゃん? おっさんにこれ以上迷惑かけられないしヤベーなーとか思って今まで残業」


 ああ、あのアンドロイドは硝が運んできたのか。普段残業の少ない運送課の彼の理由に納得した。


「お前は?」

「ああ、それが……」

 言いかけて止める。これは、口外していいのだろうか。

「あとで話すよ」

「そか」


 そこで残業トークは終了し、僕らは仕事場を出た。施設内ではそこまでだったが、外に出た瞬間、生ぬるい外気が肌を撫で、今が夏だということを実感した。


 もとの仕事が早くで終わっていたので、残業をしたといってもまだ七時ごろである。空はまだ完全な暗闇へと落ちてはおらず、青と紺の中間みたいな空に、白く巨大な墓石のシルエットがそびえていた。従業員専用の小さな出入口から僕らはその仕事場を後にした。出入口には、申し訳程度に[サニー社アンドロイド総合処理場]という文字が楷書体で彫られている。


 サニー社アンドロイド総合処理場。

 通称、白墓しろはか


 純白の墓石を模したその巨大な焼却施設こそ、この辺一帯の僕ら貧困層の、唯一にして最大仕事場である。

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