第2話 世界経済との出会い

 僕とエコの出会い。それは、様々な偶然が重なった結果であった。

 いまからほんの一週間ほど前。

 僕の高校二年の春。やっと、冬の寒さも抜けきって、これから春も本格的になる。そんな暖かく、風薫る季節が始まった頃のことだった。

 桜の時期は終わったが、様々な花が咲き乱れ、若葉が陽光に光る。

 鳥や虫も元気よく空を舞う。

 生きとし生けるものたちが元気よく動き出す。

 人もまた、なんとなく楽しげで心浮き立つ。

 そんな心弾む、気も緩む季節。

 みんな、なんとなく、新しい季節——新しい世界の訪れに、新しい経験を、出会いを求めているように見えるそんな時期なのであった。

 ならば……

 ——もしかして?

 僕は、帰りのホームルームも終わり、ゴールデンウィークを間近にして休み中の予定などを話し始めるクラスのみんなを見ながら思うのだった。

 ——この春こそ……


「オッス! 童貞!」

「ぷっ……!」


 この春こそは、可愛い彼女をと、心の中で誓っていたのを見透かしたかのように、僕の背中を叩きながら話しかけるのはクラスの女委員長のマルコ。

 慌てて振り返った僕の困った顔を見て、楽しそうにその姿を見て、ちょっとムッとする僕であった。

 いきなり、うら若き乙女より、童貞呼ばわりされることに……いや、その通りなのだが……

「ケイくん。またまた、随分しけた顔ですね。これはゴールデンウィークもまるで予定がないと見たがどうですかな?」

「そんなの、おまえも良く知っているだろ」

 マルコは、家が近所で、小さい頃から兄妹同様に育った——いわゆる幼馴染だ。

 それは、二人とも高校生になったこんな時期まで変わらずに、家族同士も仲が良く、子供の情報も頻繁にやりとりしているらしく、

『まったく、うちのケイったら高校生になっても彼女もできないで、このゴールデンウィークは家に引きこもっているみたいですのよ。まったく、彼女はともかくとして、何か秀でるものがあって、打ち込めたらのんべんだらりとした連休なんかにならなかったんでしょうけど。ともかく平々凡々とした子で』

 とマルコのママに話しておいたわよ、と母親に言われたのが昨日の晩。

 この情報はマルコの耳に当然入っているだろう。

「へへへ……」

 もちろん、この幼馴染はそれを知ってて、俺をからかいに来たのだった。

 しかしだ、

『いえいえ、うちのマルコなんかも、二年になってクラス委員長になったとか言って鼻高々になってるのはいいのですが……調子に乗って皆様に迷惑かけてるみたいで。そんなきつい女には、彼氏ができないどころか、女友達もこの頃少し引き気味なようで……あの調子にのる癖は直して欲しいとおもうのだけど』

 こっちもマルコのママの話した情報は仕入れている。

「へへへ……」

 俺の薄笑いを見て、マルコもそのこと——俺もそっちの情報を知っている——に気づいたようで、一気に顔から笑みが消える。

「ママの話したこと……聞いたの?」

 首肯。

「うっ……それじゃそのあとの……」

 首肯。


『まったく、うちのここんなんじゃこのあと結婚できないんじゃないかと心配になるわ』

『うちも、あんなんじゃ嫁の貰い手が……』

『じゃあ、やっぱり……』

『ええ、その時は二人をくっつけちゃいましょうか』


 もちろん、母親たちは本気でそんなことを考えているのではないと思うが……

 どうしようもない時はこいつも?

 そんな思いが脳裏をちょっとかすめないでもない。

 いや、見た目は結構良いんだ。

 誰もが振り返る美女って訳ではもちろんないが、結構可愛げのある顔立ちで、実はそれなりに校内にファンも多いって聞く。

 ……性格を知るまでは。

 でも、そのきつい性格だって、底意地が悪いってわけじゃなくて……なんでも一生懸命やり過ぎることの結果だし。

 その機微がわかってくれば——というか一緒にずっと育ってその機微を知る僕からすれば……


「「いやいや、だめだめ」」


 どうやら、同じことを考えていたと思わしき、僕とマルコは同時に首を振る。

 そして僕らは無言で目と目で語って、同時に首肯する。

 そう、こいつに悪い感情はないが——ああ、それじゃ安易すぎるだろ僕の人生。

 やりたいことも、なりたいものも見つからないまま、流されるように幼い時から一緒だったこいつと結婚……


 まあ、少なくとも、今、この高校二年の春で決めることじゃないよな。

 そう思った僕は、我にかえり、そしてこの痴話めいたやりとりを見つめていた視線に気づく。

 僕とマルコは、クラスのみんなから。いつもどおり、いつもの二人と生暖かい目でクラスのみんなに見守られている。


「……まあ今日はこのくらいにしといたげる」

「……そうしてくれ」


 二人とも、恥ずかしくなって、赤くなった顔を隠すように下を向いてボソリと呟くと、僕らは逃げるように教室から出て行くのだったが……


「あなたが、ケイくんね」

「はい?」


 僕は、入り口を出たとたん、その場に待ち構えるように立っている、なんだか少し怖い感じのスーツにメガネのお姉さんに呼び止められる。

 その人こそが経済産業省のキョウコさん。僕と世界経済グローバル・エコノミー——エコとの出会いを作り出したその人なのであった。

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