彼女は、世界経済

時野マモ

第1話 彼女は、世界経済(グローバルエコノミー)

 日曜日の原宿。

 かつては日本の若者が憧れ、集まったその街は、今では世界的なファッションの発信地、カワイイの首都とも呼ばれることもある。様々な人々の集まるグローバルな観光地と化したと言っても良いだろう。

 歴史ある神宮、代々木公園とあわせて、都内屈指の緑地に向かう参道のケヤキ並木の緑も鮮やかに、その周りには大手不動産デベロッパーの開発した綺麗なビルが立ち並ぶ華やかなこの街。その姿を見て、古いアパートに個性的なショップの立ち並ぶかつての姿を知る者からは、味気ないという意見も出るかもしれないが……

 でも、その時代にはその時代のやり方がある。

 ——その時代の正解がある。

 各時代、それぞれに、それぞれの文化と、経済がある。

 誰かが、過去が良かったとか思うのは勝手だし、この二十年の日本の不景気を経て、そんな思いを抱く大人の人が多いのも知っているが……

 僕らは、過去には戻れない。人間は、過去に向き合うことはできても——それは大いにするべきであると思うが——未来に向かってしか進めない。

 一度失われた時は、戻ってこない。

 ——それは、文化や経済でも同じなのではないかと僕は思うのだった。


 やはり、今、この時代にはこの時代としてのやりかたがある。

 どれだけ、過去がよく見えても、少なくともそのまま過去を再現することはできないだろう。

 今、この時の、この時こその、——この街を、この時代の人として、僕は、曇りなきまなこ、色眼鏡をかけないそのままで見るべきだ。

 明治神宮への参道沿いの歩道には人が溢れんばかり。

 ましてや、その明治通りとの交差点ともなれば、今や世界的にも有名な渋谷駅前交差点の合戦のごとき人々の交差には及ばないが、青信号の度に中々の喧騒が巻き起こる。

 しかし、それは穏やかで、華やかな騒乱。

 それを包み込む、穏やか、華やかな街。

 日本という国が、この時代までに積み上げた歴史の作った街。

 現在という歴史の中に作り上げられた今。

 僕は、そんな、この時代の、この街を、この時代の人間の一人として、僕は、今、——好ましく眺めていた。

 雑多な人々の笑顔の中、とびきりに可愛い彼女と一緒に、僕はこの街を歩いデートしている……


『は?』

『デートかよ……』

『リア充死ねばいいのに……』


 ちょと——

 まって、まって!

 ——わかるよ。

 物憂げに、達観したような調子で時代だ、歴史だと語りかけておいて。なんだ、お前は単に原宿で彼女と仲良くしているだけなんじゃないかって……

 という声が心の中に聞こえてくる。

 いや、いや……

 ——僕だって、そう思うよ。

 経済だ歴史だなんて、余計なこと思いたくもないよ。

 ただ原宿を女の子と歩きたいよ。

 この瞬間を楽しみたいよ。

 でも……


「あれ、どうしたの? 考え事?」

「いや、なんでもなくて」 

「ほんと? 何か心配事があるんじゃないの?」

「そんなことはなくて……」

「本当? 何か私に隠しているんじゃない?」

「いや、大丈夫だよ」

「……そうかな。なんかちょっと不安になるな……」

「不安?」

「ああ、なんかケイくんが、私になんか隠しているのかなって思うと——この後の私たちのことが心配になって……」

「えっ——」


 これは……まずい!

 

「あれ、どうしたの?」


 僕は慌てて、ポケットからスマホを出すと、そのまま、手慣れた、流れるような操作で株価のアプリを立ち上げる。


「げげ!」

「……?」


 やばいよ。世界同時株価安。アナリストは、『将来の経済に対する不安が消費者の購買を鈍らせる』と分析。

 と、見ていると、手に持ったスマホがブルっと震える。


『何をやってるんだケイ。お前は世界を破滅させる気か』


 すかさずSNSで連絡を入れてきたのはキョウコさん、経産省の役人で、なんというか……僕と彼女——エコ——を引き合わせてくれた人だ。


『でもどうすれば……」

『何を、ぐずぐずしている、とにかくエコには甘いものでも食わせてやれ。甘いものはいいぞ。一瞬なにもかも悩みを忘れさせる。例えばだ、私も上司に資料をダメ出しされた時には汁粉を食べるようにしている。すると、あの陰険野郎の顔も一瞬わすれて、心がぱっとなる。あと、この間同期のおべっか野郎が花形部署に栄転になってな。私はこんな風に高校生の相手をしていてこの後の宮仕え人生は大丈夫なんだおろうかと不安になったのだが、とりあえずたい焼きを食べることにして……ちゃんとしっぽまで餡子あんこの入ったたい焼きだぞ——』


 どうも、長くなりそうなキョウコさんのSMSを読むのを途中でやめた僕は、慌てて周りを見渡して見る。

 甘いもの……

 原宿といえば。


「ああ、エコ。そうだ。クレープ食べない?」

「えっ……食べるけど」


 僕の唐突な申し出にキョトンとしてしまっている感じであるが、まんざらでもなさそうなエコであった。

 青山のカフェで一緒に昼ごはんをたべてからもう二時間以上たって、そろそろ小腹もすく頃合いだ。甘いものと聞くとついつい

 僕は、あたりを見渡して、ちょっと先に見えるクレープ屋を見つけるとエコの手をひいて小走りに店頭に並ぶ。


「何がいい?」

「ううん……色々あって迷うな……ケイくんは?」

「そうだね……」

 なんだか、キョウコさんのSMS見てたら餡子がたべたくなってきて——


「「小倉クレープアイス!」」


 僕らは同時に注文をすると、向かいあいながら、ニッコリと微笑み合う。

 そして、その瞬間、株価は世界中の市場で持ち直す。

 なんでも、『経済の動向は不透明ながら、緊迫した世界情勢の小休止もあり、消費者の将来に対する希望が世界的に高まっているものと思われる』とアナリストは分析したそうだが——こいつら、いつも後付けで適当にもっともらしいこと言っているだけじゃないのか、という僕の心に浮かんだ疑念はおいておいて——それは、結果としては正しくも、一つ見落としていることがある。

 それは、その経済がみんなが思っているのとは別の側面——姿があるということ。

 その姿とは——今僕の目の前にいるこの少女。エコ。彼女こそが世界経済グロ^バル・エコノミー、そのうつし身であり、彼女の気分により、世界は右往左往してしまうそんなとてつもない存在であるということを。

 そう、彼女は世界経済、そのものであるのだった。

 

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