適当に異世界生きてたら幻の情報屋なんて言われてた
匍匐葡萄
第1話 噂
「『幻の情報屋』って知ってるか?」
髪も髭も短く切りそろえ大剣を背負った冒険者らしき男が酒場のマスターに何か面白い話はないか、と聞きかえってきたのがこの言葉だ。
「幻の情報屋?なんだいそりゃあ?」
「この世界のことなら何でも知ってるっていう情報屋のことだよ。」
「何でも?へぇ、そりゃまた…胡散臭いな。」
男は半目でマスターを胡散臭そうに見つめるが特に気にした様子もなく続ける
「アルカトル帝国からの急襲、魔物の
つらつらと並べられたものは最近起きた大きな事件で街を歩けば噂話で耳に入ってくるくらい大きな出来事だった。
「あん?それがどうした?」
「気が付かなかったのか?この3つの事件の共通点を。」
一見何も関係ない3つの出来事。だが、確かな共通点があった。それも神の奇跡とも言えるほどの大きな共通点が。
「なっ…!おいおい、本気で言ってんのか?」
男は驚愕のあまり手に持っていたグラスをカウンターに叩き付けてしまう。中入っていたエールが多少こぼれ男の手を濡らすがそれすらも気にならないほど驚いているようだった。
「ああ、本気だ。その反応なら知っているようだが。
そう、この3件は阻止されている。それも被害もなく事前に。まるで…」
「まるで最初からすべて知っていたかのように…。」
男がマスターの言葉を引き継ぐようにつぶやく。
「で、でもよ!そんなことできるのか?他国の急襲と王家暗殺計画は事前に分かったとしても自然発生で何の兆候もないスタンピードを知るなんてこと…。」
「違うな。重要なのはそこじゃない。」
男の言葉を遮るようにマスターが言い切る。
「は?何が違うって言うんだよ?」
「一番重要なのは何の手がかりもないことを事前に情報をつかんだことじゃない。一切被害がないっていう点だ。」
「…!!」
マスターに言われ、その意味をようやく理解したのか男は目を点にして驚く。
先ほどよりも衝撃がでかいのか目を見張りマスターを見つめることしかできないようだった。
「…は、ははは。そこまでくりゃ笑うしかねぇわ。教会が言ってた神の奇跡とやらのやらのほうが説得力があるな」
「ふっ、確かにな。実際『幻の情報屋』はどんな姿してるのかはわからないっていうことだし、もしかしたら本当に神様なのかもしれないな。」
種族は、性別は、年齢は、二人で様々な憶測を交わし噂でしか聞かない『幻の情報屋』の話で盛り上がっていた。
そのカウンターの一番奥、ドアから入った右手側の壁際の席で二人の会話を耳を傍立てて聞いている男がいた。
その男は青年といってもいいほど年若くこんな酒場に出入りしていたら酔っ払いに絡まれること必至だろう。
だが誰もその青年を見ない。誰も感知しない。まるで透明人間のようにいないものとして扱われている。
その青年は冒険者らしき男とマスターの会話をひとしきり聞き終えると薄く笑いながら店を出る。
店から出ると大きく伸びをすると先ほどと同じように薄く笑い…いや、にやけながらつぶやく。
「神の奇跡?『幻の情報屋』は神様?笑っちゃうな」
そう、この青年こそ件の『幻の情報屋』、グレイ・ジャスティールである。
グレイは闇夜に溶けるような黒いコートの裾を翻しながら夜の街を歩いていく。
3度も国を救い多くの人から神様とも言われるほどの情報屋。
その正体は―――
「うわぁ!犬のうんこ踏んだ!」
―――少し残念な人間の青年だった。
適当に異世界生きてたら幻の情報屋なんて言われてた 匍匐葡萄 @saign1111
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