第9話 Jさんと俺との出会い


 Jさんの息子さんの話をしようとして、Jさんとの出会いを言ってなかったことに気づいたので、書きます。文体はアテナイのままですいません。


〜〜


 最初、Jさんと奥さんが俺に近づいてきた理由。


 実は、俺、外国人である俺を上手に利用して何らかの情報を引き出すとか、存在を利用されることがあるかも、と警戒して、ずっと距離を取ってたんだ。俺はちっちゃいウサギみたいに、臆病だから。出会ったその日に、Jさんは普通の人とは違う、とすぐに気づいた。Jさんは自分の身分をその場で明かさなかった。次に会った時、軍警察の身分証明を見せてくれた。やはりな。思った通りだった。


 その時期、俺は2年は警戒して付き合った。その時々に得た情報で、Jさんの身辺を勝手に調べさせてもらい、Jさんの息子さんや親戚、エトセトラの情報も全部引っ張ってきた。俺、用心深いだろ。いくらJさんと仲良くしていても、俺は名前や生年月日、住んでる場所など明かさない。申し訳ないけど、そうしていた。


 Jさんが、何度も家に招待してくれたが、俺は申し訳ないな、と思いながらそれを貫いていた。俺は勘がいい人間。せめてJさんの本当のリタイヤの年齢が来るまでは。Jさんのリタイヤは早く、それは人身事故の後遺症のせいもあった。でも関係者に実はリタイヤなどない。やめた後もずっと、密接に繋がっている。なんでも報告がいく、自分の見聞きする近辺のちょっとおかしなことについて。OBはそういう立場だった。


 実はこの国だけでない。もともと、この国で軍警察にいたといえば、アメリカでも通用するよ。実際Jさんは、昨年、アメリカに旅行で行った時に、なんだかつまらない交通違反で切符を切られそうになり、こっちの軍警察の証明書見せたら、見逃してもらえたと笑ってた。そんなものなんだよ、世界っていうのは。


 Jさんは適度なタイミングでかなり若くに天下りし、国営企業のよく似た職についた。Jさん的には、国への奉公が終わり、楽な職場への転職。最初に出会った時、Jさんが口にした会社名。まあ嘘じゃないことになる。俺は、「そんなわけないだろ」と直感して、もっと話が聞きたいんですよ、と自分の連絡先を教えた。すぐ翌日、携帯メールが来て、俺たちは一週間後、同じ場所で会うことを約束した。


 実は俺とJさんが出会った時のこと、ここでは全く、書いてなかった気がするが、書けば長いから、ここまででまあ、ざっくり割愛したいと思う。それが本当のところ。


 俺は訝しい思いをしながら、警戒しながらJさんに話を聞く。本当の話なのかどうか。ずっと取材みたいに聞き取り続けた。他の人が尋ねないような詳細。最初、Jさんは俺がメモを取るのに難色を示したが、奥さんは逆だった。


 奥さんは俺が確認しようとすると、メモを出してきて、日付や年代を年表のように書き込んでいった。奥さんの方が上手。


 Jさんが俺に近づいて来たのは、何か理由があるだろう。こんな時間にこんな場所をうろつくアジア人。俺って怪しい。そう思われたか。


 さすがに観光客はこんな場所に来ない。辺鄙すぎるからな。Jさん自体が、住んでる場所も違うのに、こんなところをうろつくのは怪しかった。散歩にしては遠すぎる。パトロールなんじゃないか。Jさんを見てると、だんだんわかってくる。普通の生活がパトロールなんだよな。野山を歩いてて、不審な柵の壊れなんかあったら、ちゃんと報告しているぞ。仕事でもないのにな。


 なんかおかしい、どうなってるんだ、ここの所有者は?管轄はどこ?


 Jさんを見ていると、OBってそういう感じなんだとわかってくる。俺に、家族だと言えば入れてもらえるから、OBのリユニオンの食事会に俺の代わりに行くか?と招待状をくれた。俺、行きたいけど、Bが連れてってくれない限り無理ですよ、と答えた。俺じゃ怪しすぎる。Jさん、連れてってくださいよ。


 Jさんは、俺はダメなんだよね、と言った。奥さん連れて行かないとダメだし、と。あ、そんなものなんスか?


 そうだよ、とJさんは言った。さすがにこの国だ。なんでもカップル行動でないとダメなわけで。やはり男が二人、しかも片方が、アジア人だと変だよな。養子じゃあるまいし。


 俺は、こんな時間にここを歩いたことはないな、と思いながら、眩しい日差しの中を理由があって歩いていたんだが、その理由も、大した理由じゃない。すごいタイミングだった。俺、こんな場所をこんな時間に歩いたのは初めてに近かった。最初で最後。それは、神様がいるんなら、Jさんと出会うためにお膳立てしたようなタイミングで。


 Jさんはその時、パイロットみたいなサングラスをかけてて、あまりに渋いから、この辺の人じゃないんじゃないか、と思った。遠くから見ても浮いていた。


 なんだよ、軍のパイロットみたいな渋いおっさんがいるな。


 俺の直感は当たってて、後でゾッとした。

 

 俺が当たり障りない会話の中で、Jさんが只者じゃないと思ったのは、Jさんが日本人の女の子を電車内で訪ねた武勇伝を聞いてからだった。


 プロだろ、その動き。


 俺はとっさに、普通の人にはそんな機敏な行動は無理、と、絶対プロだと思った。そうしたら、ポケットに護身用の武器を持っていて、俺に見せてくれた。


 何も知らずに見たら、そうだな、プラスティック製の懐中電灯くらいにしか見えないか。俺も実物を見たのは初めてだ。日本の通販なんかにあるやつは、形が違うから。実のところ、そんなものを所持していて、職質にあったら、まずい。多分、アメリカ製だな。そんなもの、この国で買えますか?


 実は買える。でもJさんは通販で買った、と言った。


 Jさんが言うには、見つかるとまずいけどね、まあ大丈夫なんだよ、たとえ見つかってもね、とお茶を濁した。俺はそれを見て、食い下がった。そんなことないですよね?まずいですよね、それ。アウトですよね。持ってるのバレたら。なんて言い訳するんですか?逮捕されちゃいますよね?


 まあねえ、とJさんは言って、その時に俺は、もっと詳しく話を聞きたいと、自分の連絡先を手渡した。


 カツアゲを怖がる中学生じゃあるまいし、日本じゃ正直、そんなもの要らない。ただ、海外だと何があるかわからない。俺はそんな物騒なものは持ち歩かないが、殺傷力はない。


 単なる目潰し、唐辛子のような刺激で、まともに受けると目が見えなくなる。相手がびっくりしている間に逃げる。


 すた:::なんかだと、相手に近づかないといけない。だから、こっちの方が距離が取れる分、安全だ。アメリカにいた時に、ギャングの抗争が激しく、ギャングと言っても、若者の抗争だけれど、被害、殺人と、家の近所がいつも物騒で、隣に住んでいたカップルが襲われたと言って、彼らはすた@@@を購入して武装した、と言っていた。


 俺の場合は、財布をひったくられたくらいで済んだ。拉致とかされてもおかしくない状況だったが、ひったくりくらいなら。まるで相手も遊びだったんじゃないかと思うほどに緊迫感に欠けていた。掴んだ俺の財布を掴みきれず、落としたから、俺はことなきを得た。警察を呼んだが、被害なしということで、何もなし。日本みたいに、パトロールを強化してくれるとか、そんな親切はない。どこでも物騒だから。よかったな。まるでサイコロみたいに馬鹿でかい財布で。俺は当時、アメリカのアウトレットでまとめて買った馬鹿みたいでかい財布を使ってて、10個か、もっとか、まとめてお土産用に買ったから、カリフォルニア州にいた従兄弟が「車のトランクに一個落ちてたけど、俺もらっといたよ」と言っていた。


 そんなことはどうでもいいか。とにかく、俺とJさんは、まるで仕事のように、週に一度、必ず会っていた。Jさんの奥さんはまだ働いていたし、Jさんは暇だったんだろう。俺は、すでに体を壊していて、リハビリの老人みたいな生活をしていた。本当に良く考えたら、Jさんと俺って、逆転するくらい体力の感じが真逆だな。


 俺はいくら仲良くなっても、Jさんに自分の身元を明かしていなかった。名前、住所、家の場所、年齢、生年月日。今もほとんど内緒のままだ。Jさんは性格なのか、自分が疑われていると思い、書類を持ってきて、ほら、な、嘘じゃないだろ、これで信用したか?と、パスポートや事故証明や、軍警察の身分証明書、昔のアルバムなどを見せてくれたが、俺は、偽造するのは簡単すぎると思い、全く信じていなかった。むしろそんなもの全て見せてくれる人の方が怪しい。普通はそんなもの、人に見せないからな。俺にも俺の書類を同じように見せて欲しいということなら、余計に怪しいぞ。俺のちゃんとした身元が知りたいのか?なぜ?


 俺は用心深いから、たとえJさんが見せてくれたって、俺のは見せませんよ、と笑った。不公平だぞ、とJさんは言った。


 俺は用心深いんです。Jさんだって、本当は用心深くないとダメなこと、知ってるくせに。


 実のところ、某国の任務の時、Jさんがもらったパスポートというのは、本物じゃなく「かりそめの情報」だったそうだ。


 それ、もったいないな。返納しちゃったんですか?


 任務が終わった時に、返してしまったそうだ。もったいない。すごいレアなアイテム。だって、「正式に発行された偽のパスポート」なんて、普通は目にしないでしょ?偽名が書かれてた、と言っていた。すごいね。


 Jさんは、ここまで自分のことを人に話したことはなかった、と言っていた。ここまで興味を持って、自分のことを根掘り葉掘り聞いてくる人などいなかったし、奥さんにも話していない、と。


 俺はせっせとメモをとったんだけど、そういえばあのノート、引越しでどこやった?


 俺はJさんを疑っていたから、日付まできっちり聞いて、個人年表ヒストリーにし、その後、Jさんの奥さんと別々に会い、その話が辻褄が合うのか、裏を取った。奥さんは相当切れる人で、Jさんに輪をかけて頭が良かった。


 話していると、理路整然と、まるで俺は、2人がセットでそういう仕事をしていたのではないか、と推測してしまうほどだった。Jさんは某国での任務の後、5年近くはこの国に帰っても監視下にあったと言っていたが、当然、奥さんもそうだ。すごい精神力だな。うっかり勤務先で現地の友達も作れないな。この話はまた書こうと思う。


 Jさんから聞く、プロが監視してる状態というのは、俺が「ストーカーに遭うから気持ち悪いんですぅ」なんていうような、そんな生易しいレベルじゃなかった。敵国で敵側から尾けられ、それが終わると本国で、国を裏切らないか、毎日チェックされるって、映画みたいだぞ。精神力がすごい。


 もう終わったことのせいか、Jさんも奥さんもケロッとしていた。奥さんは鬱になり、ものすごく太った時期がある、と言っていた。そりゃあそうだな。いつ拉致されてもおかしくない立場、しかも、じっと監視下に置かれているというのは、気分いいもんじゃない、どころか、俺だったら耐えられなくて発狂しそう。


 まあ、それにしても、俺たちの出会いはすごい出会いだった。俺はその当時、必死で調べ物をしていて、その件についてもJさんのアドバイスで多少、救われた気がする。緊急事態で助けられる人数が限られている時、どうするかという話。


 この話ってどこかでした気がする。Jさんは言った。まず自分が死ぬな。できるところまでで撤退しろ。後ろを振り返るな。


 残される人には申し訳ないが、自分が死んだら元も子もない。諦める時は、あっさり諦めるんだ。悔しいだろうが、自分さえ生きて戻ったら、また同じ状況で自分がもっと多くの人を救える時も来る。そう思って撤退しろ。


 Jさんは味方を信じろ、と言った。自分がダメでも、後続部隊がなんとかしてくれるかもしれないし、自分たちでなんとか生き延びてくれるかもしれない。


 たとえダメでも、それが運命なんだ。運命には逆らえない。


 Jさんみたいに乾いた感じで割り切れないと俺は思ったが、Jさんみたいに人情に厚い人にそう言われると、そうするしかないんだ、と俺は思えた。


 俺はJさんといたら、Jさんはきっとなんとかしてくれる、と思える。そんな気がした。少なくとも、俺はちょっと救われた。


 「まず何をおいても、自分自身が生き残れ」


 Jさんにそう言われたこと。命を賭けて、その場にいる人を助けろなんて、俺たちはそんなこと言える立場じゃない。最後の最後は自分を守れ、それで解散だ。


 俺は本当に救われた。自分勝手じゃないと、最後、自分が死ぬ羽目になる。


 Jさんのような人から、そんなふうに言われたことは、他の誰から言われるよりも重みがあった。誰も責めることなんてできない。


 岬、悪いことは言わない。もうやめておけ。お前のために忠告する。


 Jさんがそう言った。俺は、そのためにJさんは俺の前に現れたんじゃないかと思った。半ば本気に。


 本当にダメだ。今は良くてもな、何かの時にお前は利用される。絶対に関わるな。


 Jさんはそう言った。


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