第2話 高野くんとの接し方
「しーおーーんっ!おはよう!」
「ゥヲゥッ!もー
「なになに、なんだかいつにも増して不機嫌じゃん?」
「誰のせいだょっ」
いつもの道を、いつものように笑いながら歩いていた。
そこへ、
「おぅ紫音、おはよう」
肩をヌメッと撫でられるように、触られた。誰だ、と思いつつ120パーセントの笑顔で振り返る。ある程度の検討はついている。彼だろう…。
ーーやはり、であった。
美術部同級生の'高野くん'が距離を詰めて一緒に歩いているのだ。
笑実にも挨拶を交わし、三人で登校する図に。
気がきく彼は車道側を歩き、どちらとも顔見知り以上の私が、自然と真ん中になる配置だ。
「ねぇねぇ高野くんってさ、どうして美術部に入ったの?」
笑実が気を利かせて、バスタブにこれでもかとお湯がはれるような会話を投げる。
そして私達は、どんな熱湯が来ようと闘い抜く覚悟を持って、ヤジ?…いや…リアクションの準備をしていた。
「ああ、僕はね、単純なものなんだ。」
「「と、言うと?」」
興味津々、かのように二人して相槌。
「幼い頃、叔母に連れられて行った、ピカソ展で衝撃を受けたんだ。芸術ってなんでもいいんだ!ってね。そこから、僕は絵を描くようになった。まだ、クレヨンとクーピーの区別のつかなかった頃からさ。描く絵は親戚中に高く評価されるようになった。ピカソが僕を、画家として生きる好青年にしてくれたと言っても過言ではないんだ。絵画の世界が僕を呼んでいるって言うんだ、だから入部は必然だったとも言えるかな。」
滝のような入部動機の切れ目を狙って私達は、
「なんでもいいわけねぇだろゥッ」
「クレヨンは手が汚れる方だよっ」
「親戚どんだけいるだょっ、規模感曖昧だな」
「好青年ね、ウン、うん。……ん?」
「君が絵画の世界に呼ばれているか、君が絵画の世界を呼んでいるかは紙一重だね」
手裏剣のように言葉を投げていった。
ーーーー
その日の授業が終わり、笑実と教室を出て、別々の部活へ向かう。
運動部のアップの声を聞きながら、美術室へ。足取りはいつもより軽く、スキップしていた。
今日から本格的に、デッサンを始めるからだ。
ーーコンコン
「失礼します!」
滑りの悪い扉を開ける。少ない同級生がチラホラ。先輩たちも何人か来ているようだ。
キャンバスの配置が二人一組になってることに気づいた私は、空いているキャンバスが高野くんの隣だけと言うことを受け入れるしかなかった。
「紫音ちゃん、よろしくね」
買い揃えたばかりの鉛筆たちを準備していると、声をかけられた。目の前に座っていたのはすみれ先輩だった。
「え?、なんで先輩がそこに座るんですか?」
私は、嬉しいです!と書いた笑顔で聞いた。高野くんが間を入れずに答えてくれる。
「僕たちが、お互いをモデルにしてデッサンをしつつ、すみれ先輩にアドバイスを貰うんだよ。すみれ先輩は二年生の中でも群を抜いて絵の才があると僕は思っているんだ。だからとても嬉しいな。紫音もよろこべ」
「なるほど、、、。私は初心者で高野くんは小さい頃からずっと絵を描いて来た人だから不安だなぁ。上手い人に見て貰うのもなんだか恥ずかしいし…」
「高野くんは買いかぶりすぎだよ。紫音ちゃん、大丈夫。私も高校から美術部に入ったの。だから、紫音ちゃんの気持ちわかる。ゆっくり完成させていこう。あ、でももしかしたら、高野くんの方が頼りになるかもね」
嫌味のない口調とばかにしない態度で後輩の私たちに接してくれる。人として当然かもしれないが、中々綺麗にそれができる人は少ないと思う。
高野くんはきっと、
人よりも少し自分の話が多くて、
人よりも少しパーソナルスペースが近くて、
人よりも少し遠慮がなくて、
人よりも少し目線が高いだけ。
そんな高野くんと、こんなにしっかりと距離を保って、会話を成立させられるすみれ先輩はすごい。
変に変わっている認定をするような言葉遣いや態度はせず、むしろ敬意を払って接している。
私自身、避けたり、陰口を言ったり、ばかにしたりするような古典的な態度は嫌いだ。
だから、朝だって変にずっと会話を聞き流すのではなく、単純に話を聞いた結果、心から出て来たリアクションを笑実としたのだ。
すみれ先輩は先輩としてあるべき姿をキチンと見せてくれている。
その時点で、絵が上手いなんて関係なく、人として、'指導者すみれ先輩'が完成していたと思う。
少し猫背で、光に当たると茶色く反射するセミロングの髪、少し垂れた目と、小さい口の先輩は見ればみるほど、感じれば感じるほど、その時の私にとって、猛烈に興味の沸く相手になった。
春に恋して、夏に焦がれた私たち 落合 咲香 @senri_puthi
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