魔法少女ミルキィ☆シナモン

 日曜日の朝。華麗なミュージックとともにはじまるめくるめく夢のスペクタクルハートフルロマンチックファンタジー。その名も『魔法少女☆ミルキィシナモン』。世の中の女児たちはその夢と愛と勇気の物語に心躍らせ、自分もいずれはミルキィシナモンのような美少女戦士になるのだ、と。儚い夢を胸に抱くものだ。私も例外ではなく、思っていた。ミルキィシナモンのようになるのだ、と。

 そして、一七歳だった私は、ミルキィシナモンの遺志を継いで、現実に生きるミルキィシナモンとして生きていた。

うんうん、わかってる。とんだ電波ゆんゆん女が現れたもんだと思っているんでしょう? そんなことないの。これは、私がほんとに体験して、しかもミルキィシナモンをやってたっていう、真実の記録なの。


あれは、私が中学二年生の時の話だった。

お昼休み、友達のカオリと一緒に屋上にでもいってだべろうと、階段を上っていた時のこと。

「オーライオーライ!」

「……え?」

「きゃああああああ!!!」

ずだだだだだだだんっ!

後ろから何かが降ってきて、私は階段を転がり落ち、そのまま意識を失った。最後に聞こえたのは男の子の声と、カオリの叫び声だった。

目を開けるとそこは、ピンク色の天井、壁、床。全ての面をピンク色に囲まれた不思議な空間だった。

「やだ、なに、ここ……」

ずん、と頭に謎の鈍痛が走った。そして、声が聞こえた。

「アナタハマダ、ココデ死ヌ運命デハナイ」

「……え? 私、死んじゃうの? ここは、天国なの?」

「イイエ、チガイマス」

「じゃあ、何?」

頭の中に直接語りかけてくるような、謎の声。――どういうことなの。

「ココハ、魔法ノ世界。アナタハ、みるきぃしなもんノ継承者ニ選バレマシタ」

「みるき……はぁ!? ミルキィシナモンですって!?」

「魔法使イ、嘘ツカナイ。サア、現実ニ戻ルノデス」

「げ、現実、って……きゃっ!」

突然の風。私を吹き飛ばそうと正面から――駄目、こらえられない。

「きゃあああああっ!!」

私は、それはそれはみごとな放物線を描くように吹き飛ばされた。


再び目を開けるとそこはまったくもって現実で、私は保健室のベッドの上にいた。

私がミルキィシナモン? そんなわけないじゃない。だって、それは子どもしか持ちえない夢なんだから。

だけど、その日から私の現実は変わってしまった。シナモンスティック一振りで私はなんでもできるスーパー魔法少女、ミルキィシナモン☆ミユキに変身できるようになってしまったのだ。これまでに倒してきた大人は数知れず。たとえば、悪どい商法でぼろもうけしてた成金趣味のオヤジとか、イヤミでインケンで生徒をいじめることを生きがいにしてたヒステリックな女教師。はたまた「昔は良かった」なんて郷愁感じるふりをして自分の過去に蓋をしたさえない大人なんかまで、とにかくいろんな人をこらしめてきた。

おかげでカバンの中はいつもシナモンのいい香り。友達からは割と評判いいけど、ちょっとフクザツ。大体の子が

「懐かしいねー。ミルキィシナモンだっけ? あれの真似でしょ」

なんて言ってくるんだから。失礼しちゃう、私、ミルキィシナモンそのものなのよ!


それから月日は流れ、私、ついに一七歳。スウィートセブンティーン、なんつって。あと一年もすれば魔法「少女」も卒業な年なのよね。ああ、年取りたくないなぁ。

「ミユキ、本当にすまないと思っている。不甲斐ない父さんを許してくれ」

それは私の誕生日の次の日のことだった。父さんの突然の転勤が決まった。そして私、流されるままに転校。子どもの力って弱いなぁ。ミルキィシナモンに変身すればひとひねりなのにな、なんてすごく自分勝手なことを考えたりもした。……ああ、なんと幼い私の頭よ!


「ひゃーっ、ひほふひほふぅ!(訳:きゃーっ、遅刻遅刻ぅ!)」

 食パン一切れを口にくわえ、六階建てマンションの最上階から一気に階段を飛ばす。エレベーターを待っている悠長な時間なんて私には残されていなかった。

転校初日。こんな大事な日に朝寝坊するなんて、私はなんてお馬鹿さんなのだろう。マンションのエントランスからは外に出ず、駐車場を横切ってショートカット。昨日、転校のあいさつで学校に行った時に発見したちょっとした抜け道だ。幸い駐車場を出る車はいなかったためにすんなりと車道に出ることができた。あとは口にくわえたパンをどうにか処理しながら学校までダッシュするだけ――

「ひゃーっ!」

「うわっ!」

どんがらがっしゃーん!

目の前に何か黒い物体が現れて、私は盛大にぶつかった。嘘、こんな障害物昨日はなかったのに……。

「いたたたた……」

口にくわえたパンだって無残にも地面に落下。あーあ。

「あっぶねェな! 前見て走れよ!」

「な、なによォ! そっちがぶつかったんでしょ――あ、あなた……」

私に非はないはずなのにこうどなられてしまってはどなりかえさないわけにもいかない。でも、私の目の前にいたのは……

「た、タケルくん!?」

「なぜオレの名を……って、その額の星型のほくろ……信濃川ミユキか!?」

目の前にいたのは、小学五年生で私が転校するまで同じ小学校で同じクラスで、私がひそかに想いを寄せていた竹山タケルくん、その人だった。

「うん、信濃川ミユキだよ! タケルくん、やっぱりまだこのへんに住んでたんだね!」

「ま、まあな……って、やっべ、俺遅刻しそうなんだった。じゃ、もう行くわ」

「う、うん……。じゃあね、また逢えたらいいね!」

そんな私の言葉を背中に浴びながら、タケルくんは走り去って行った。小さいころと変わらない独特の走法。どうして足の速い男の子って時々ものすごい勢いで首を左右に振りながら走るのかしら。


学校のチャイムの音。前にいた学校のとは微妙に違うけれど、聞きなれた音で少しだけ安心する、転校初日。私はガッチガチに緊張した状態で、教室のドアをくぐった。

「あーっ!」

二つの声が同時に、同じ声をあげた。

嘘、信じらんない……だって、タケル、くんが、同じクラスだなんて!

「えーと、信濃川の席は……お、竹山の隣が空いてるじゃないか。そこに座りなさい」

神のような先生のお言葉! そういえばこの先生、頭のてっぺんがちょっと涼しそうでなんとなくザビエルに似てる……気がする。言葉が神々しくて当然よね。

休み時間、私はさっそくクラスの女子たちの質問攻めにあった。

「どこから来たんだっけ?」

「信濃川って変わった名字よね」

「そういえば、竹山くんとどういう関係なのよッ?」

「彼、素敵よね」

「あんなカレシが欲しいなぁ」

「噂によれば、彼に告白したって無駄らしいよ。みーんな断っちゃうんだって」

「えー、ほんとにぃ?」

「アタシ狙ってたのにちょっと怖気づいちゃうなぁ」

「でもそれって逆に可能性がないわけじゃないんじゃない?」

「きゃーっ! ワタシだったらどーしよーっ!」

結局、話題はすべてタケルくんのことに。そっか、高校生になってもこんなに人気者なんだね、タケルくん。離れていた時期が少しだけ恨めしくなっちゃうな。

「そうだ、ミユキぃ。折角だから、休み時間、学校の中案内してあげるよ!」

「ほんとに? ありがとう!」

私は喜んでお誘いを受けることにした。私、このクラスでならうまくやっていけそう!本当に、そう思ったの。思ったのに――

ブゥン、と頭の奥で不穏な音がした。

これは、ミルキィシナモン変身の合図。不埒な大人が近くに現れたときの合図で、私の仕事は不埒な大人たちをこらしめること。これまた面倒なタイミングで現れてくれたもんだ。ふぅ、とため息をついて、

「と、言いたいところだけど……なんか、頭痛くて。ごめんね、保健室行って薬もらってくるよ」

私は教室を出ようとした。

「えー、大丈夫?」

「付き添いしようか?」

そんな心づかいが本当に苦しい気持ちにさせる。私だって、普通に友達と遊びたい。けれど、これが魔法少女の仕事なんだって思うと、そうそう遊んでなんていられない。

「いいよいいよ。ごめんね、余計な心配かけさせちゃって……」

そそくさと教室を飛び出した。


不穏な音の発信源は、どうやら保健室らしかった。ドアを開ける前に、深呼吸。ドアの前から本当に異常なオーラが湧きあがっている。

「失礼します。ちょっと貧血気味で……あの、ベッドで休んでいってもいいですか?」

「ああ、いいよ。……おや、初めてみる顔だな。転校生かい?」

保健の先生は珍しく男の人だった。……この人が、オーラの原因? 柔和そうな笑顔が素敵ななんてことはない男性だ。こんな良い人オーラを振りまいている人が私がこらしめるべき相手だなんて、あまり信じられない。

優しい手つきでベッドまで連れられ、私はゆっくり布団をかぶった。胸ポケットに忍ばせておいたシナモンスティックにはいつでも手を伸ばせるように万全の態勢で。昼休みも終わり、5時間目のチャイムがなってから少し経ってから。ガラリと保健室のドアが開いた。誰かが入ってきたらしい。

「竹山くん……」

たけやま……ってことは、この声、もしかして、タケル?

「ま、また君はそんな格好で……」

先生の声が、心なしか震えている。頭に響く不穏な音も一段と高なって――ま、まさか。

「香田先生、僕、もう、だめなんです……っ!」

悲痛なタケルくんの叫びをかわ切りに、繰り広げられるめくるめく官能の世界。男のバラ園! もうやだこの国! 頭真っ白になったまま、私は右手に握りしめていたシナモンスティックをへし折った。

「ミルキィシナモンなんてやめてやるよぉぉっ!」


保健室を飛び出し、私は走った。当てもないままに。私の初恋も。転校のときめきも。すべて吹き飛んだ。そして行きついた先は――


その日を境に、この街では半年に一度くらい、女の子が一日だけ行方不明になっては帰ってくるという怪現象が起こるようになった。

彼女たちはみな一様にシナモンの香りを漂わせ、うつろな目でこう呟くのだという。

「ミラクル・クルクル・シナモンスティック☆みぃんな女の子になぁれ!」



夢見る少女はシナモンの香り

みんな大好きミルキィシナモン

魔法を夢見る女の子なら

誰だって大かんげい!

さぁさ、一緒に夢みましょ?

スウィートスウィートセブンティーン

穢れを知らぬ永遠の少女の夢を――

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