第14話  悪事の代償

倉庫に侵入したジェシカは呆れ果てていた。

およそ10畳ほどのスペースに何列もラックが置かれていたが、そこに備蓄されていた品々の多さに、である。


包帯に傷薬、内服薬に栄養ドリンク。

松葉杖やマウスピース、他にも用途の分からない薬剤が多数。

まるで薬局のバックヤードや、診療所の倉庫のように充実したラインナップ。

更に箱詰めされたミネラルウォーターやドライフードも、数人で消費するには多すぎるほどにあった。


そして、壁に並ぶ数々の銃。

ハンドガン、マシンガン、ショットガン。

そしてグレネードランチャーやライフルまで揃っている。

さながら銃砲店のようであるが、ジェシカには性能の違いなどは理解できない。

嘲笑混じりのため息をつくばかりである。



「あんの野郎。こんだけ抱え込んでるくせに、死ぬほどドケチだったな」



これら全てがマークの所有品であり、他の生存者が利用するには『お願い』する必要がある。


SCに乗り込んだ初日に、薬品と武器をいち早く押さえたのはマークだった。

彼はそれらの貴重品を独占することで、生存者たちをコントロールし、コミュニティの王として君臨することを目論んだのだ。


ジェシカもある日、些細な怪我から薬を分けて貰おうとした。

マークの出した条件は、男たちの慰みものになる、というものだった。

毎晩彼の相手をするならば、薬を分け与えてやる、と。


もちろんジェシカはこれを拒否。

忍び込んで盗もうとしたところ、すぐにマークの取り巻きに見つかり、捕縛された。

その後はすぐにマークへ引き渡されず、寝具店に連れ込まれ、乱暴されかけ……。

それ以降の話は、ご存じの通りである。



「こんなにお薬抱えてどうすんだか。何百年生きる気だっての」



ここにあるのは粗暴な男の、雑に生み出された夢の残骸でしかなかった。

人々を支配するにしても、その手口は余りにもお粗末。

結局マークに従ったのは、気の合いそうな外道の2人だけであった。


そのうちの1人は原初のゾンビに食われ、残った方も今まさに主を裏切ろうとしていた。



『へへっ。あのバカがジョンソンとやりあってる内に……』



部屋の隅から勝ち誇ったような声が聞こえてくる。

ジェシカはラックの端から顔を覗かせた。

すると、そこには取り巻きの1人であるディビッドがおり、棚から手当たり次第に薬品を手にしていた。


足元には膨らんだボストンバッグ。

それが二つ。

片方は箱状の物を詰め込んだのか角張っているし、もう一方はファスナーが締め切れずに銃の砲身が飛び出していた。


ジェシカはもはや全てがどうでも良くなり、自分の責務を半分捨てた。

なので忍び足をやめ、逆にアピールするかのように足音を立てた。


ーーカツリ、カツリ、カッ。


それには荷造り中の男も気づく。

そして過剰に身を強張らせた。

その動きは空き巣そのものと言える。



「そんなに荷物詰め込んで、ピクニックにでも行きたいの?」


『だ、誰だ!?』


「ディビッド。マークと一緒にお遊びしないの? 一蓮托生(いちれんたくしょう)ってヤツじゃないの」


『お、お前! もしかして、ジェシカなのか!?』



ディビッドは変わり果てた知人の名を呼んだ。

だが理性が残されていたのもそこまで。

すっかり恐慌状態に陥ってしまい、まともな会話すら成り立たなくなる。



「だっさい男だと思ってたけどさ。どこまでも小物なんだね」


『く、来るなッ!』



ディビッドは腰を抜かして床に転がるが、どうにか胸元のハンドガンを取り出す事ができた。

銃口をジェシカへと向ける。

だが、悪寒でと走ったかのように、その腕は震え続ける。

空いた手で押さえようとするものの、一向に狙いは定まらなかった。



ーーダァン、ダァン!

ーーパリンッ。パキィン!



弾丸はあらぬ方へと飛び、無関係なガラス瓶を割った。

ジェシカには傷どころか、掠りすらしていない。

諦めずにディビッドはそれからも引き金を引く……が。


ーーカチッ。カチッ。


返ってくるのは無情の音。

死刑宣告とほぼ同義のものである。

ディビッドは何度も何度も引き金を弾くが、奇跡の一打は起こらなかった。



「そんな、そんな! 弾がぁぁ!」


「別にアンタは見逃してもいいけどさ、うっかり生き残られても困るんだよね。他の生存者に迷惑かけちまうだろ」


『あぁ、アァァァ!』


「だからまぁ、死んじゃおっか。第2のマークになられても腹立つしね。それに……ゾンビ暮らしも悪くないよ、たぶんね」


『アアァァァーーッ!』



右腕、肩、首と順に歯が突き立てられていく。

ディビッドは苦痛のあまり卒倒。

泡を吹きつつ気絶して、そのまま変容していった。

ゾンビ化させるなら一噛みで十分だが、彼女は都合3度噛みついた。



『いけない、やりすぎちゃったか。……でもまぁ、コイツらも悪さしてたし。オッケーっしょ』



彼女のなかでは懲罰の意味合いもあったらしい。

閉鎖的な環境で恨みを買うというのは、こんな結果をもたらすリスクがある。

だから苦しい時こそ、人は助け合わねばならないのだ。

その重要性は、鼻唄まじりにディビッドを縛り上げる姿が、何よりも雄弁に語っている。



『さてと。こんな所かしらね』



人間大のイモムシが一匹。

弾薬の棚は全てを空にし、戸棚の方に移し換えた。

その戸棚も簡単な錠を降ろし、すぐには見つけられないようにした。


冷静になって探せば見つかるが、例えばゾンビに追われるなどの緊急事態であれば、確実に見過ごす。

あとはマークの弾が尽きた頃に、カプリとやってしまえば良いのだ。

ジェシカが自分の仕事ぶりに満足していると、入り口のドアが揺れた。



「し、失礼しまぁす」



入ってきたのはフィアンセも同然の、ユウキであった。

お腹を片手で押さえつつ入室する様は、学校の校庭で怪我をした子供そのものだった。



「あらユウキ。どうしたの。向こうは終わった?」


「終わった、と言えばそうかな。こっちは?」


「ついさっき終わったわよ。完璧な仕事が出来たと思うわ」


「ふぅん。その後ろの人は?」


「フゴー! フゴゴォーー!」


「彼は新人よ。落ち着いた頃に構ってあげて」


「うんわかった。それよりも、湿布ある?」


「あるけど、何に使うの?」


「ちょっと怪我をしちゃってね。痛むから貼りたいんだ」



ゾンビが湿布を要求。

ジェシカは不条理なものを感じたが、口には出さなかった。

彼女もまだ新米なのだ。

先輩が必要だというのだから、渡すべきなのだと思った。



「はいどうぞ。やっぱりジョンソンは強かったのね」


「強いなんてもんじゃないよ。両手を縛られてるのに、僕なんか近づきも出来なかった」


「私ね、彼とはそれなりに付き合いがあるんだけど……漫画の世界の人みたいなのよ」


「どういうこと?」


「人間離れしてるというか、創作物の主人公ぽいと言うか」


「わかる! なにか武勇伝とかあるの?」


「そうねぇ。娘を助けるために、火の付いたガソリンスタンドに特攻したり」


「そんなの危なすぎるよ。爆発はしたの?」


「ええ、もちろん。彼が娘を抱いて、三階の窓から川に飛び込んだ瞬間にね」


「主人公じゃん!」


「他には娘を背負ったまま、外壁の雨どいを伝って6階まで昇ったり」


「主人公じゃん!」


「何度も何度もゾンビに襲撃されてきたけど、彼らは一度として噛まれてないし」


「主人公じゃん、何それぇ強すぎるよー!」



ユウキがペシリと自分の額を叩く。

泣き笑いの顔を浮かべながらだ。

ジェシカはその時静かに思う。


ーー彼は定番や王道が好きなのだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る