第13話 ライバル関係
安全地帯を手に入れた僕たちだけど、骨休めするほどの時間は無さそうだ。
デイジィーと呼ばれた女の子が悪いヤツに連れ去られてしまった。
ゾンビにされるくらいなら問題ないけど、もしかすると酷い目に遭わされるかもしれない。
だから僕たちは手短に打ち合わせをした。
「まず、拐われた女の子を助けなきゃいけないよね。どこへ連れていかれたのかな」
「マークはあのとき、ゾンビの中に放ってやるとか言ってたわね」
「そうかい。別にオレらが止める意味はねぇな。手間が省ける」
「でも、マークはやらないと思うわ」
「どうして? 嘘をついたってこと?」
「違うわ。父親であるジョンソンを困らせるためよ」
困らせるため……僕は全くピンとこない。
それは九三郎も同じようで、強めのため息を吐いた。
当のジェシカは冗談を言ったつもりはないようで、真剣そのものだ。
「マークはジョンソンが気に入らないのよ。この狭いコミュニティを支配したがるマークと、そんなものを気にも留めないジョンソンとでは、衝突するのも当然よね」
「どうして? 支配権を奪い合う方がよっぽど仲悪くなりそうだけど」
「そうね。程度によるかしら。ジョンソンは驚くほどに無関心だった。自分と娘の事以外はね。その態度から、バカにされたと考えたマークは、事ある毎につっかかるようになるの」
「何だいそりゃ。そんなの人の勝手じゃないか」
「オレは少しだけ、マークってやつの気持ちがわかるぞ。自分の理想を笑われたと考えたんだろ。無関心なところも腹が立ったんじゃないか。相手にされていないと見なしてな」
「へぇ、九三郎。まるで体験したかのような言葉だね。リアリティがあるよ」
「そうか。オレはテメェを殴り殺したくなった」
それはさておき。
無意味な敵意を向ける九三郎はほっといて今後の作戦会議だ。
僕の目的は生存者の力を削ぎつつ、ここから追い出すこと。
九三郎は全員をゾンビ化させること。
ジェシカは僕の見張りと、マークに一泡ふかせること。
なんだか、まとまるんだか怪しい目的だなぁ。
「とりあえず、生存者の力を弱める所までは一致してるよね。一泡吹かせるにも、ゾンビ化にしてもさ」
「ユウキ。どうしてオレとお前の目的にズレがあるんだ、おかしくねぇか?」
「そうかな? まぁ些細な事だよね」
「このクソガキ。一度くらい痛い目みるかオイ?」
「ケンカは後にしてね。横暴に振る舞うだけがジョックさんのお仕事かしら?」
「……連中の武器がやっかいだ。銃を奪えないにしても、弾丸を隠すなり奪うなりしてぇ」
「それだったら、すぐ傍の倉庫ね。弾も薬品もたくさんあるわ」
「ジョンソンさんだっけ。彼を解放すれば力になってくれないかな?」
「ニンゲンと共闘する気か? 不可能だろ。勝手に暴れまわるのを利用はできそうだが……」
「じゃあそれで」
「マークを見失ったら面倒ね。誰か一人くらい付けた方がいいかも」
「じゃあそれで」
こうして役割が決まり、3手に別れることとなった。
僕はジョンソンさんの救出。
ジェシカは倉庫で破壊工作。
九三郎はマークの追跡だ。
「じゃあよろしくね。終わり次第近くの作業を手伝うことにしようか」
「手伝う……ねぇ。マークとかいう野郎はオレがやっちまっても良いんだろ?」
「まぁ。一人で片付くなら、それに越したことは無いよ」
頭の中で何度目かの声がする。
ーーあ、コイツ死んだぞ。
もちろんこの場合の『死』は呆気なく撃退されることを指すんだろうけども。
九三郎はセオリーの波を押し返す事ができるのか。
まぁ彼は強いらしいから、お手並み拝見といこうか。
僕たちはそれから通路で別れた。
足早に各人が散っていく。
僕は隣の部屋に向かい、目的の部屋のドアノブに手をかける。
ジェシカも隣の倉庫に入っていく。
こちらにはジョンソンさんが居るはずだから、静かに入らないといけない。
慎重に、物音を立てないように、少しずつ入り口を開く。
『クソッ! 誰か! 誰か居ないか!?』
ジョンソンさんは先程と同じように椅子に縛り付けられてるけど、床に倒れ込んでいた。
幸い体ごと反対側を向いてるから、僕に気付いてはいない。
室内にはクシャクシャの寝袋。
酒瓶や食べ残しが散乱するテーブル。
散らかし物の中のひとつに塊肉があり、ナイフが突き立てられていた。
あれは使えそうだ。
僕はドアを半分だけ開けて、足音を立てないよう侵入。
第一歩、二歩と、空き巣でもするかのように進む。
それから丁寧にドアノブを離したけど、微かに音を出してしまった。
ーーカキリ。
日常だったなら埋もれるほどに小さな音。
でも今ばかりは、ドキリとしてしまうほどの騒音だった。
ジョンソンさんももがく事を止めた。
気づかれてしまったようだ。
『誰だ、マクスウェルか?』
僕はもちろん答えることができない。
そもそも英語は話せない。
『……ジェシカ?』
ふたたび問われる。
その声が固くなっていく。
『デイジィー……?』
肩越しにジョンソンさんが振り向く。
視線が重なる。
そして、相手の眼がみるみる恐怖に染まっていった。
『うわぁ! ゾンビだ!』
「バレちゃった、どうしよう……」
彼は脚力だけで椅子を振り回し、その反動で180度回転。
そして壁に背を向けつつ、僕と向き合った。
すごい、映画のワンシーンみたいだ。
……なんて褒めてる場合じゃないか。
「ちょっとごめんなさい。結び目だけ解かせて……」
『来るな! 化け物め!』
「イタッ。やめて、暴れないで」
『あっちいけ、この野郎!』
「ゲフッ!」
強烈な脚力、そして精密な蹴り。
鳩尾(みぞおち)に突き刺さった足により、僕は吹っ飛ばされてしまう。
ーーガシャアーン!
そのまま体はテーブルに。
コップや皿だけでなく、酒瓶やら塊肉も辺りに散らばった。
そして、ナイフが床に落ちる。
ジョンソンさんは縛られてるのに滅法強い。
書家不良気味だけど、もういいや。
僕はここらで退散させてもらおう。
「ひぃぃ、強すぎる!」
『消えろ! 二度と戻ってくるな!』
「助けてぇ!」
『あっ。あそこにナイフが。これさえあれば……!』
部屋から出る瞬間、チラリと後ろを見た。
ジョンソンさんはナイフを目指して這いずっている。
両手を縛られた状態で、縄なんて切れるんだろうか。
でもきっと上手くやるはずだ。
何というか、彼は凄く主人公っぽいのだから。
それにしても、蹴られたお腹が痛い。
隣で湿布でももらおうかな。
僕は隣のドアに手をかけた。
さながら保健室にでも行くような気軽さで。
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